宮本輝著「流転の海」の風景(その3)

当時の大阪の風景

タイヤ販売のルート

中古タイヤの販売を再開した熊吾。ここでは柳田元雄に200本のタイヤを届けたときの記述から当時の大阪の風景を追ってみます。熊吾は下の地図で出入橋(右上)付近にある運送店に行きタイヤの配送を依頼。一緒に車に乗り込みタイヤ倉庫に向かいます。松坂商会の倉庫は地図の下にある端建蔵橋(はたてくらばし)の川沿いにあって戦災を免れた貴重なものでした。

上の地図には現在の車でのルートが示されています。運送屋の「古ぼけたトラック」は亀甲町(下の地図の左にある大阪市福島区吉野の付近)に入ったところででこぼこ道に入ったとあります。大阪の中心部でも舗装されていない道が多かったことが伺われる部分。悪路で車が揺れあちこちに体をぶつけながら進みます。地図の下方にある船津橋や端建蔵橋(はたてくらばし)を渡る時には潮の匂いがしたとのこと。現在の景色をストリートビューで見ると下のような風景です。堂島川や土佐堀川の2つの川は合流してすぐに海に流れ込みます。

今の端建蔵橋

下の写真は端建蔵橋からの川の景色。今では夕景が美しいスポットとても人気です。当時は土佐堀川の両岸には戦災でバラック一軒も建っていなかったとの記述。ビルが立ち並ぶ現代の姿からは当時の様子はイメージしにくくなっています。熊吾がトラックの窓から感じた潮の匂いは今でも同じかもしれません。

出入橋

小説で運送屋があった「出入橋」付近の現在の写真です。この名前は大阪への「出入りをする橋」の意味。明治時代には堂島川の船着場であるとともに初代大阪駅があり交通の要所として栄えました。その後大阪駅は梅田方面に移動。もう一つの交通手段であった川も埋め立てられ現在はその石畳などから往時を偲ぶことができます。

新しい出会い

丸尾千代麿(ちよまろ)

取引先の運送屋の名前は丸尾千代麿なる珍しい名前。公家のような名前とその顔立ちのギャップに熊吾は笑いを抑えられません。ひょうきんなキャラクターですが彼も5年間の苦しい軍隊体験を経てきた人。井草が去った後(ネタバレになるので子細は略します)、熊吾の周りには千代麿や辻堂など個性的な仲間が集まってきます。

辻堂の入社祝い

上にも述べたように土地を取り返すのに一役買った辻堂忠が戻ってきて松坂商会の社員になります。タイヤ販売の後に熊吾は辻堂を自宅で入社祝いをしようと誘います。辻堂が土産として持ってきたのは「干し鰈(かれい)」。彼の郷里である山口の漁村の名物として紹介されています。下の写真のように肉がプリプリした味が凝縮された干物だったでしょうか?熊吾宅では千代麿も加わって3人で入社祝いをすることに。ぼのぼのとした雰囲気が感じられる場面になっています。

熊吾には千代麿や辻堂などの仲間もでき仕事もルーティン化してきました。次回は大阪を少し離れて物語が進行します。こちらもお楽しみに!

旅行の情報

「泥の河」文学碑

宮本輝氏のデビュー作「泥の河」の記念碑。宮本氏が育った土佐堀川の近くに建てられています。ご紹介した「船津橋」や「端建蔵橋」なども徒歩圏内。「泥の河」だけでなく「流転の海」がイメージできるスポットにもなっています。下のインスタグラムの投稿からも独特の雰囲気が伝わってきますね。水都としても有名な大阪。川の周辺を散策するのもここならではの過ごし方です。
[住所] 大阪市西区土佐堀3丁目5
[アクセス] 地下鉄・阿波座駅より徒歩で約10分
[参考サイト]https://www.city.osaka.lg.jp/nishi/

出入橋きんつば屋

出入橋エリアを散策するなら「出入橋きんつば屋 」にもお立ち寄りください。 創業は昭和5年ですから熊吾や千代麿なども利用したかもしれませんね。 こちらの「きんつば」は甘いものが苦手という人にも好評。小ぶりですが皮がもちもちしてスッキリとした粒あんが魅力です。大阪旅行のお土産にもどうぞ。
[住所] 大阪府大阪市北区堂島3-4-10
[電話] 06-6451-3819
[アクセス] 西梅田駅から徒歩約5分