内田百閒「第一阿房列車」の風景(その6)

奥羽本線阿房列車(前章)

今回は浅虫温泉着で終了した東北本線阿房列車の続編です。浅虫温泉では温泉を満喫し、青森までいって奥羽本線で秋田方面へ向かいます。青森で電車の待ち時間に散髪したり、秋田の宿では酔った勢いで軍歌を熱唱したりと今回もさまざまな体験をします。今回の終点は秋田県・横手駅です。早速出発しましょう。

浅虫温泉にて

浅虫温泉では先生と山系君は温泉に入り、お酒を楽しみます。次の日の朝は「陸奥湾の空が晴れて、翼の長い海鳥が飛んでいる」という爽やかな光景です。海に浮かぶ「散髪に行かない頭のような樹が生い繁り」と表現した「湯の島」が気になる先生は「女中」さんに色々と質問を投げかけます。

「『無人島か』、『そうの様です』、『しかしお鳥居が見えるぜ』、『お宮があるのです』、『だれもいないのにかい』・・・・・・」などの応答が続きます。最後に冗談で(おそらくにやっと笑って)「あの島は動くかい」とききますが答えはありませんでした。

下にはその「湯の島」の美しい写真を引用させていただきました。

青森駅で散髪

青森駅で乗り換え街時間が2時間もあったため先生一行は駅の外をぶらぶらします。青森駅周辺は戦災のひどかった場所で、先生が立ち寄った昭和26年は復興の途中だったと思われます。

散髪屋で髭剃りをしようと考えますが、なかなか空いているお店がなく、やっと青森駅近の横丁でバラック営業する床屋に入ることができました。「バラックだが、きたなくはない。・・・・・・すぐにやってくれて、さっぱりした」とあります。

ここでは先生が訪問したから10年後、昭和35年の青森駅前の写真を引用させていただきました。先生が見た「犬が日向にいて、鶏が馳(か)け出して、子供がはなを垂らしていて、歩きにくい所」といった光景は既になくなっていたかもしれません。

弘前駅周辺で

青森駅から乗った奥羽本線は西に向かい、前駅の手前では円錐形の綺麗な山が見えてきます。山系君に聞くと津軽富士として有名な岩木山とのことです。「もっとはっきり、その美しい姿を見たいと思ったけれど、当たりの低い山を圧していると云う事が解るだけで、光線の具合か、見えない雲が懸かっているのか、目を据えて見ても、どうも判然としない」とあります。

ここでは、先生が見たかった岩木山がはっきりと見える写真を引用させていただきました。

出典:MaedaAkihiko, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ou-Line_SeriesE751.jpg

お腹が減って・・・

大館駅についたころお腹が減りだした2人は軽食をとることにします。ところが駅売りでは販売していたのは餡麺麭(あんパン)のみのため、あんこが嫌いな山系君は食べられません。

そこで先生は「僕が腹わたの所のあんこを食うから、貴君は皮を食いたまえ」と提案します。ところが山系君が入手できたのは臍麺麭(へそパン)のねじれたような食べ物でした。

下には一般的なへそパンの写真を引用させていただきます(美味しそうですね)。こちらにねじりを入れた複雑な形状をしていたとすると、確かにあんこだけを取り出すのは難しそうです。ここでは山系君の目の前で一人で食べた先生が「東北本線沼宮内(ぬまくない)だ」といって食べるのを止めるシーンを想像してみましょう。

秋田で一泊

秋田には夜(午後七時四十九分)に到着します。青森駅と違いこちらは戦争の被害が少なかったため、駅からの道の両側には整然と家が並んでいました。下にはなかでも威容を誇った「秋田銀行本店」とその周辺の写真を引用させていただきました(大正6年ごろ)。

ここでは、雨の降る中、このような立派な通りを百閒先生を乗せた車が通りぬけるところをイメージしてみます。

出典:秋田県写真交換会 編『秋田県写真録』,秋田県写真交換会,大正6. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1087219 (参照 2023-11-22、一部加工)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1087219/1/17

なお、下に引用させていただいたように、旧秋田銀行本店は「赤れんが郷土館」として残っていて、一般公開もされています。

出典:掬茶, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Akarenga-kan_Museum_in_Akita_20160811a.jpg

飲めや歌えやの大騒ぎ

立派な玄関の大きな宿に到着した先生たちは山系君の(鉄道局の)仕事仲間とともに早速お酒を始めます。ここでは昔ながらの重厚な建物の2階に宿泊した先生が気持ち良く酔っぱらい、「昔昔の日清戦争の軍歌」を「苦しき声を張り上げて、かすれる節に無理をして」歌う姿を想像してみましょう。

「歌っていると女中が這入って来て、手をついてお辞儀をした」ことにより、先生は「近くの部屋の相客が迷惑するから、やめてくれと云うに違いない」と察知し、「切りまで歌って、止めて、あやまった」とあります。ちなみに、先生の歌声については下に引用させていただいたような貴重な音源がアップされています。

また、百閒先生が宿泊した旅館については情報を得られませんでしたが、「町の真ん中辺り」には石橋旅館という秋田有数の高級旅館がありました(~昭和時代)。

ここではその石橋旅館の写真をお借りして、寝起きの悪い先生が「翌くる日は朝から時雨れて、二階の手すりから見下ろす庭も鬱陶しい」といっている姿をイメージしておきましょう。

出典:秋田県写真交換会 編『秋田県写真録』,秋田県写真交換会,大正6. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1087219 (参照 2023-11-22、一部加工)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1087219/1/17

朝ごはんのはたはた

先生はいつものように朝飯は食べません。一方の「黙って、お茶碗を手に持って、浮かぬ顔をしている」山系君のお膳には秋田名物の「はたはた」が用意されています。下には、はたはたの一夜干しの写真を引用させていただきました。

ちなみに「はたはた」は雷魚(かみなりうお)とも書き、雷の日に産卵のため海岸近くにやってくるのが名前の由来です。味が気になった先生は山系君に「うまいかまずいか?」と質問しますが「どうもありません」と例によってはっきりしない回答をします。ここでは山系君の回答のあと「いきなり雷が鳴りだした」というシーンを想像してみましょう。

出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/3274306&title=%E3%83%8F%E3%82%BF%E3%83%8F%E3%82%BF%E3%81%AE%E4%B8%80%E5%A4%9C%E5%B9%B2%E3%81%97

午後2時過ぎに横手駅に到着し、立ち食いそばで腹ごしらえをした一行は引き続き奥羽本線の旅を続けます(最終回に続く)。

旅行の情報

湯の島

浅虫温泉の海上にあり、先生が気になった島として登場してもらいました。こちらの島へは4月の「カタクリ祭り」の期間中に限り「海の駅あさむしマリーナ」から船で渡ることが可能です。往復で1時間程度かかりますが、下に引用させていただいた写真のような可憐な花を鑑賞できます。

基本情報

【住所】青森県青森市大字浅虫螢谷352
【アクセス】JR浅虫温泉駅から徒歩3分
【参考URL】https://www.asamushi.com/sightseeing/21/

秋田市立赤れんが郷土館

秋田銀行本店として明治45年に完成した建物で、旅館の往復の途中で先生たちの目に入ったかもしれません。外観のレンガ造りやバロック様式のインテリアは当時の姿を保っていて、昭和の時代へとタイムトリップができます。

下に引用させていただいたように2階は吹き抜けになっていて、天井からはシャンデリアがつるされた豪華なつくりです。また、約20畳ほどのスペースに大型金庫が並んだ金庫室は壮観で、金運アップのために金庫を撫でていく人も多いそうです。

基本情報


【住所】秋田県秋田市大町3-3-21
【アクセス】JR秋田駅から徒歩で15分
【参考URL】https://www.city.akita.lg.jp/kanko/kanrenshisetsu/1003617/1009785/1002315.html

内田百閒「第一阿房列車」の風景(その6)” に対して1件のコメントがあります。

コメントは受け付けていません。