井上靖著「夏草冬濤」の風景(その3)

洪作の夢は?

写生の授業にて

カバン紛失事件も一段落つき通常の生活に戻ります。そんなある日、図画の時間に外に出て写生をすることになります。洪作は増田、小林とともに校門を出ます。写生場所を探して周辺をうろうろしていると引率の眉田先生から黒瀬橋付近の風景を描いてみてはと提案されます。下に引用させていただいたのは現在の黒瀬橋付近の写真です。小説では「ゆるやかにカーブを描いている狩野川の流れ」や「白い河原」、「その向こうの堤」、「堤に沿って走っている東海道の松並木」などが重なった素晴らしい眺めとあり、今でもその面影があります。絵が苦手な洪作は複雑で手に負えないと考え別の場所を探します。

上級生たち

この景色の中で前回登場した上級生の仲間たちに出会います。授業をさぼって昼寝をしていた彼らは眉田先生から「・・・君たちのやったことは、僕はあまり好きじゃない。どこか甘ったれているよ。どこかいい気になっている・・・」などと叱られます。驚いたことに上級生の一人・餅田は先生の言葉を正確にまねをしてみせます。他にも木部や藤尾という上級生は自己嫌悪のため狂ったように「うわあっ!」と叫び続けます。同級性にはない頭の良さや感受性に洪作は魅力を感じます。下に引用させていただいたのは旧福島尋常中学校(現安積歴史博物館)に展示された旧制中学校の方たちの写真です。自信にあふれた表情と強い意志が感じられます。藤尾や木部、餅田や(海で助けてもらった)金枝などもこのような面構えをしていたかもしれません。

御成橋

沼津の中学校から海岸はすぐですが1時間以上もかけて通学しているので通常は遊びにいけません。ある土曜日に小林や増田と海を観光しにいくことになりました。ネットの情報などから推測すると下のような経路になるのではないかと思います。市民文化センター(沼津中学跡地)から御成橋を通過していく約2kmのコースです。

下に引用させていただいたのは大正時代の御成橋の貴重な写真です。明治45年に竣工した静岡県東部で最初の鉄橋だったそうです。ここに学生服を着た洪作たちの姿を重ねてみることにします。

御成橋から千本浜の風景

御成橋を渡りきると沼津駅から続いている繁華街にでます。沼津でも有名な紐問屋で藤尾の家でもある「浪速屋」があり、雑誌を立ち読みするしゃれた人たちがいる本屋を通り過ぎます。千本浜が近くなると「片肌を脱いで、弓をひいて」いる初老の男性がいる「矢場」などがあるのも大正時代ならではの風景です。下に引用させていただいたのはちょうどこの小説の時代の沼津駅付近の貴重な写真です。御成橋は写真の手前方向になるでしょうか。木造の家や特徴的な電信柱、路面電車。このような景色の中を洪作たちは歩いていました。

千本浜

洪作たちは千本浜には実際何本の松があるかなどというたわいもない話をしながら海の見えるところまでたどりつきます。「石のごろごろしている地帯までいくと、そこに腰を降ろした」とあります。下に引用させていただいた写真では左側の部分にあたるでしょうか。海を見ながらサンフランシスコにある伯父の農園を譲り受ける予定との話を披露する小林に対し、増田は弁護士になると夢を語ります。広大な海を見ながら2人とも明確な夢を持っていることに驚き、引け目を感じる洪作の姿を想像してみます。

旅行の情報

千本浜公園

洪作が増田や小林と海を見に行く場面で登場しました。今は公園として整備され井上靖氏や若山牧水氏の文学碑や記念碑が立っています。市民の憩いの場となっていて、松並木での森林浴や海辺での富士山の絶景鑑賞を楽しむことができます。
【住所】静岡県沼津市千本1910-1
【電話】055-934-4795
【アクセス】JR沼津駅からバスを利用。千本浜公園で下車
【参考サイト】https://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/sumai/park/kouen/kobetu/senbonhama.htm

沼津市民文化センター

洪作の通う沼津中学(現・沼津東高校)のあったところです。現在は下のような記念碑などから当時を偲ぶことができます。センターの近隣にある香貫山は当時は中学生の手軽な遊び場でした。現在もハイキングスポットとして人気で展望台からは狩野川や御成橋、千本浜公園などの小説の舞台を一望できます。
【住所】静岡県沼津市御幸町15番1号
【電話】055-932-6111
【アクセス】JR沼津駅から徒歩約20分
【参考サイト】https://www.city.numazu.shizuoka.jp/s_yoyaku/htm/01_10.htm