内田百閒「第二阿房列車」の風景(その1)

雪中新潟阿房列車

昭和28年の冬、「あっち(新潟)の方は雪が降って、積もっているというので・・・それを一寸見て見たいと思う」と「阿房列車(「第一阿房列車」の風景1・参照)」の第二段を運行します。「本当の雪と云うもの」を眺めて、日本一長い清水隧道を通過するなどして新潟へ。新潟の宿では「一歩も外へ出ない」でお酒を飲んだり将棋を指したりして過ごすのも先生らしいところです。

新潟に雪を見に行く予定が・・・

知り合いから新潟は「道ばたに三尺(1m弱)の雪が積もりっ放し」と聞き、「上野を立ってどの辺りから急に天地が冬に戻り、車窓の外に雪を見る様になるのかと云う事が・・・随分楽しみだった」先生ですが家の前でも雪を見ることに・・・・・・。出発の2日前に東京では「思い掛けもない雪が朝から降り出した」とあります。

残念に思いながらも「出発を延ばすのも面臭い」と考えそのまま出かけます。下には昭和28年の雪の日の風景画を引用させていただきました(川瀬巴水・作)。先生もこのような東京の雪景色を見ていたかもしれません。

急行越路にて

先生たちは「上野発十二時三十分」発の「急行越路」に乗り込みます。下には長岡駅100周年記念で運行した「レトロトレイン越路号」の貴重な写真を引用させていただきました。こちらの写真のなかに先生たちの乗った急行越路が上野駅を出発するシーンを想像してみましょう。

先生は「三四人に見送られ」、客車の窓から面倒くさそうに受け答えをしています。また、見送り人から「七味唐辛子と小瓶入りの味の素と親指より少し太い位の小さなサントリを四本」などを貰った山系君は「あっちこっちのポケットに手を突っ込み、いろんな物を取り出してもそもそしている」という姿がありました。

最新の冷凍機関車

なお、先生が乗った越路をけん引する「EF58は最新式の電気機関車だそうで、別の暖房車を一車つけないでも、電気機関車の中でその操作が出来る」ものでした。ただ「それが余り新しいので、しょっちゅう故障を起こすと云う話を聞いた。現に私の乗った日も故障だったらしい」とのこと、「冷凍機関車」という不名誉な呼び名もあったそうです。

結局上野では修理ができず「高崎までその儘走ってから、機関車を取り換える」との車内アナウンスが入ります。「当日は雪上がりの暖かい日ざしが窓から刺し込んで、それ程寒くなかった」とありますが、下に引用させていただいたEF58の写真をお借りして、少し不安そうに出発を迎える先生たちをイメージしておきましょう。

走りは快調

暖房の問題はあったものの「その出足の速い事、走れば揺れる揺れ方が律動的(リズミカル)で、線路の切れ目を刻む音も韻律に従って響いて来る様に思われた」とあります。下には「EF58 61」が牽引する列車の音を引用させていただきました。こちらで、しばしの電車旅行気分を味わってみてください。

また、先生はさらに「大きな、飛んでもない大きなソナタを、この急行列車が走りながら演奏している。線路が東京から新潟まで跨る巨大な楽器の弦である。清水隧道のある清水峠はその弦を支えた駒である」ともいっています。

窓の曇り対策をするも

渋川を過ぎ、雪の降りが激しくなってきます。「清水隧道の前後にかけて、ルウプ線が二つ」あり、その景色が見たかった先生は窓ガラスの曇りを抑えるため「ガーゼの布巾と小さな罎に入れたアルコールを持っている」とあります。

それほど準備万端でしたが「進行する列車の行く先の線路の曲がり工合などを、窓から首を出さずに眺めるには、いつも斜めに前方を見ていなければならない」「それに必要な見当の窓は、人の座席にある」ことに気付き、残念に思う先生でした。

下には先生が見たかったループ線の写真を引用させていただきました。湯檜曽(ゆびそ)駅の上り線ホームから撮影したもので、写真中央部を横切るようにループ線が続いています。

出典:Nkensei, CC BY-SA 3.0 http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Yubiso-sta_12-IMG_6083.jpg

清水隧道

この列車旅の楽しみの一つは日本一長い「清水隧道」を通過することでした。「これから清水隧道を通れば、日本の三大隧道を三つ共経験する事になる」、「凡そ長さのある物は、長い程えらい。それはそうだが隧道の本質は長さになく、暗さにあるだろう」ともいっています。

下に引用させていただいたは現在の「清水隧道」付近の写真です。隧道に入るとすぐに窓の景色は真っ暗になり「清水隧道だろうと気が付いてからでも、十分間近く暗闇の中を走り続けて、やっと明るみに出た」とあります。ここでは時計を見ながらトンネルの長さを実感している先生の姿を想像してみます。

出典:Nihongarden, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Shimizu_Tunnel.JPG

初めてみるスキーヤー

清水隧道を出ると「左に見える山の斜面で、スキイをしていた。本当に辷(すべ)っているのを見たのは初めてである」とあります。下に引用させていただいたのは昭和30年ごろの最先端のスキーファッションの写真です。

遠目で見た百閒先生たちはファッションまで確認できなかったかもしれませんが、山の斜面でこのような姿をしたスキーヤーが颯爽と滑る姿をイメージしておきましょう。

長岡にて蒸気機関車に変更

長岡まで行くと電気機関車を外してC57形という蒸気機関車に変更します。「豪壮な汽笛の音が、暮れかけた雪原にこだまして、汽車は行く手の暗い闇の中へ走り込んだ」とあります。下に引用させていただいたのは同型(C57)の蒸気機関車の写真です。

ここでは客車のどこかに、昼から夕方まで列車に乗り続けてやや疲れた表情の先生と山系君の姿を置いてみます。

出典:Toshimasa TANABE, CC BY 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by/2.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:C57_38_Muroran_Honsen.jpg

新潟に到着

夜になって目的地の新潟についた先生は教え子の状阡(じょうせん)君に旅館に送ってもらいます。途中、昭和初期に完成した萬代橋を通りました。「萬代橋はコンクリートの長橋である。・・・・・・何十年昔に来た時、駅から人力車に乗ってこの橋を渡ったが、その時は木橋であった」とあります。

下に引用させていただいたのは木橋とコンクリート橋が共存する架け替え時の貴重な写真です。ここでは昔の風景を思い出しながら、雪が降る萬代橋を自動車から眺める先生の姿を想像してみましょう。

盃洗(はいせん)

新潟についた先生一行はいつものごとく旅館で宴会を始めます。下に引用させていただいたのは新潟での宴会でたびたび出て来る盃洗なる酒器の写真です。もともと杯を回す際に自分の杯を洗うためなどに用いるものですが、この旅館では各人の杯の他に盃洗にもいくつかの杯がつけてあります。

先生は「つまり自分の前を空にすることなく、別に人に杯を差す事が出来ると云う、行き届いた様な無意味な思いつきらしい」といい「こちらでは矢張り宴席の献酬が盛んなのだろう」と想像します。

特に二日目は「歌を歌い、起き上って踊り、山系も果たして曖昧節を張り上げる」とある賑やかな風景がありました。

帰りの風景

「新潟へお酒を飲みに来たわけではない。しかしその他に何かしに来たわけでもない。雪は途中で堪能したし、着て見れば道端一米(メートル)と云う程の事もない」とあります。2日間外出もせず思う存分お酒を楽しんだ先生一行は、再び「急行越路」に乗って帰途につきました。

途中「小出駅の手前に、等身よりも大きな雪人形が、線路い沿って幾体も立っていた。いい手際だけれども、何となく変なところがあって、気味がよくはない」とあります。

雪人形を見て、中学生の時「アントニオ・カノヴァがチーズだかバタだかで、塑像を彫った」ことを真似て友人がつくった蝋の半身像を思い出したとのこと。ここでは下に引用したアントニオ・カノヴァの像が「目鼻立ちがわからないのっぺらぼう」になった姿をイメージしてみます。

出典:Antonio Canova, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Antonio_Canova_Parisstatue_1816_Neue_Pinakothek-5.jpg

旅行などの情報

清水トンネル

群馬と新潟の山中を結ぶトンネルで昭和6年に竣工し、当時は日本一長いトンネルとして有名でした。現在はメインのダイヤを新設の新清水トンネルや新幹線用の大清水トンネルなどに譲っていますが「近代化産業遺産」にも指定される重要な建築物です。

最寄り駅の土合駅は地上の駅舎に出るまでの標高差80mを約10分かけて上る「もぐら駅」としても有名(下に引用させていただいたような雰囲気になります)。ユニークな見どころがたくさんある旅行スポットです。

基本情報

【住所】新潟県南魚沼郡湯沢町-群馬県利根郡みなかみ町
【アクセス】土合駅から徒歩約5分
【参考サイト】https://www.jsce.or.jp/branch/kanto/04_isan/h29/h29_6.html

萬代橋

百閒先生が駅から旅館に向けての車中から眺めた橋として登場してもらいました。現在のコンクリート橋は昭和4年に竣工したもので、アーチが連続した美しい姿が特徴です。下に引用させていただいたようなきれいなライトアップや花火などのイベントも開催され、周辺の桜や紅葉樹とコラボも楽しめます。

また、下を流れる信濃川には水上バスも運行しているので、異なる角度からの景色を楽しんでみてはいかがでしょうか。

基本情報

【住所】新潟県新潟市中央区万代~下大川前通・川端町
【アクセス】JR新潟駅から徒歩15分
【参考サイト】https://niigata-kankou.or.jp/spot/15353