内田百閒著「第二阿房列車」の風景(その5最終回)

九州への旅(後編)

松浜軒にて

先生の八代の常宿では天気は小康状態。先生たちは梅雨晴れの景色を眺めています。池には「二尺に足りない位の小さな蛇が、水の上に鎌首を立てて泳いでいる」とあります。更に「睡蓮が咲いている浅いところにお歯黒蜻蛉(はぐろとんぼ)が飛んできた。声柄の悪い鴉(からす)が、又があがあ鳴きだす」とも。下に引用させていただいたのは6月頃の松浜軒の写真です。この池の上に蛇や蜻蛉たちがいるにぎやかな風景をイメージし「澄んで綺麗になった」空の色を見る先生の姿を想像してみます。

覆盆の雨

松浜軒で宿泊した次の日(6月25日)は朝から「雷が轟(とどろ)き、覆盆の大雨が黒い庭に降り注いだ」とあります。後で友人からの手紙で知りますが、先生が立った後の熊本は大雨で大変な被害にあったとのこと。「26日の夜9時、白川の氾濫で忽ち床上四尺(1m以上)の浸水となり・・・」というひどい状況でした。下に引用させていただいたのは熊本周辺の当時の写真です。街中の大通りが川のようになっています。少し出発するの遅くなれば先生たちもこのような目にあっていたかもしれません。

観光もそこそこに

宿を出発した先生たちは車で熊本駅方面に向かう途中、熊本城の観光に立ち寄ります。「熊本城址(じょうし)の入口まで行ったが、烈しいしぶきの為、車から降りることは勿論、窓も開けられなかった。だから、石垣と門を見ただけで熊本城の見物は終わった」とあります。下に引用させていただいたのは天守閣が再建された昭和34年よりも前の熊本城跡の写真です。大きな建物がないだけに石垣の見事さが目立ちます。

荒城の月

観光もそこそこに熊本から電車に乗り込んだ先生一行は一路大分を目指します。阿蘇の山裾を走る電車なので普通なら窓から阿蘇山観光ができますが「雨男ヒマラヤ山系君」が一緒にいるので「そんな事を念ずるだけが時間の無駄である」といいます。途中で豊後高田なる駅にしばらく停車する場面があります。こちらは作曲家・滝廉太郎の生まれ故郷で、近くの「岡城」は名曲・荒城の月のモチーフになったとされています。下に引用させていただいたのは現在の豊後竹田駅の写真。先生の時代からは改築されていますが今でも落ち着いた佇まいはです。ホームに「荒城の月」が流れるのも当時のまま。「車内の向こうの隅に、五つか六つの男の子を連れた、洋装の若いお母さんがいる。小さな声だが、(荒城の月を)立派な声で歌っている」という風景をイメージしてみます。

別府で宿泊

先生たちは別府でも有数の老舗旅館・杉乃井ホテルに宿泊。「通された座敷は十四畳敷の広間で、次の間もあるし、控えの間もあるし、玄関もあって、専用の風呂場がついている」とあります。下に引用させていただいたの昭和47年の杉乃井ホテルの一室の写真です。先生たちの宿泊した豪華客室とは違いますが別府湾を望む風景は同様だったのではないでしょうか?この写真に雨の景色を見ながら旅の疲れを癒す先生と山系君の姿を置いてみます。

https://twitter.com/showaspotmegri/status/1186975428071682049

名人戦の部屋

実は先生が宿泊したホテルは直前まで、有名棋士の升田幸三氏と大山康晴氏が名人戦を行った舞台でした。先生たちは次の日そのお座敷があくので移ってはどうかと女中たちにすすめられます。「山系君、そっちへ移って、一番指そうか」とその気になる先生。山系君も「やりましょう。君(女中さんに対して)、その時の盤や駒があるかい」とのってきます。下に引用させていただいたのは昭和32年の対局で升田氏が大山氏を破った場面です。ちなみに先生が到着する数日前の名人戦の結果は逆(大山氏の勝利)だったようです。

猿どころではない!

到着すると周辺は猿の話で持ち切り。高崎山は当時、別府観光で売り出し中の人気スポットだったようです。スタッフなどからも見に行くことを勧められますが次の日になると事態は一変。「お午(ひる)になり、午後になり、いつまでたっても雨ばかり降って、そうして雷が鳴り、時時大きいのが轟いて心胆を寒からしめる。高崎山の猿なんぞにかまってはいられない」というほどの荒れ具合です。下に引用されていただいたのは高崎山のお猿さんの絵葉書の写真です。とうとう高崎山へは行けずじまいで帰ることになった先生はこのような絵葉書を眺めて猿たちの様子を想像していたかもしれません。

洪水のため旅館の温泉に入れないなどの不具合もありましたが、先生の帰りの列車はなんとか運行。門司発の寝台列車に乗り込んだ先生たちは、早速食堂車にいってお酒を始めます。

旅行の情報

熊本城

先生が門と石垣しか見ることができなかった熊本有数の観光地です。現在は2016年の地震からの復旧中。2020年4月時点で2割程度が再建されているようです。天守閣の立ち入りは来年以降となりますが、もう一つの天守閣ともいわれる宇土櫓(うとやぐら)は戦国時代のままの美しい姿を残しています。下に引用させていただいたように石垣は積みなおしが完了し、先生当時の姿をイメージすることができます。
【住所】熊本県熊本市中央区本丸1-1
【電話】096-352-5900
【アクセス】熊本駅前電停から市電を利用。熊本城・市役所前電停で下車
【参考サイト】http://castle.kumamoto-guide.jp/

高崎山自然動物園

百閒先生が豪雨のため行けなかった観光地です。先生が別府を訪ねた昭和28年の3月に開館したばかりでした。小説にあるように野生の猿が野菜などを食い荒らす被害を減らすために、一箇所に集め観光資源にしようと考えたのが始まりだそうです。開園当時はひと群れ220頭程度でしたが現在はふた群れ1200頭になっています。他にも、簡易モノレールの「さるっこレール」や隣接の水族館「うみたまご」などの観光地もあり一日中レジャーを楽しむことができます。
【住所】大分県大分市神崎ウト3098-1
【電話】097-532-5010
【アクセス】別府駅からバスを利用。高崎山自然動物園前で下車
【参考サイト】https://www.takasakiyama.jp/