村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」の風景(その1)

新しい冒険の始まり

「ダンス・ダンス・ダンス」は村上春樹氏の羊シリーズの完結編とされています。前作「羊をめぐる冒険(・・・の風景その1・参照)」から四年半たちますが、主人公の「僕」は親友の「鼠」や「耳専門のモデル」などを失った喪失感から立ち直れずにいました。1983年の冬、「僕」は「羊をめぐる冒険」の舞台となった「いるかホテル」に戻り、再出発をしようと決意します。

プロローグ

「ダンス・ダンス・ダンス」の冒頭部分から「僕」の心理描写の一部を抜粋してみます。

「よくいるかホテルの夢を見る。夢の中で僕はそこに含まれている。・・・・・・」

「僕がいるかホテルの夢を見るようになった時に、まず思い浮かべたのは彼女のことだった。彼女が僕をまた求めているのだ、と僕は思った。そうでなければ、どうしてこんなに何度も同じ夢を見るのだ?」

「そして僕はいるかホテルにもう一度含まれることによってのみ、彼女ともう一度巡り合えるのだ」

「僕は四年のあいだ、その冷ややかでうす暗い影を捨て去ることに全力を傾けていたのだ。そしてそのいるかホテルに戻るということは、僕がこの四年間静かにこつこつとためこんできた全てをあらいざらい放棄して捨て去ることなのだ」

「あきらめろ、何を考えても無駄だ。それはお前の力を越えたものなんだ。お前が何を考えたところでそこからしか始まらないんだよ。決まってるんだ、ちゃんと。」

物語が始まる1983年はバブル景気に向けて経済が上向きになり始めた時期で、4月15日には東京ディズニーランドがオープンするという明るい話題もありました。下にはオープン時の新聞の写真を引用させていただきました。

1979年1月~6月の「僕」

以下は「羊をめぐる冒険(1978年9月~10月)」の後を回想する部分の抜粋です。

「恐ろしいほどの濃密な不在感が僕の部屋の中に漂っていた。僕はその部屋の中に半年間じっと閉じこもっていた。生存に必要な最低限の買い物をすることを除けば、昼間は殆ど外に出なかった。人気のない明け方の時間に僕は街をあてもなく散歩した。人々が街に姿を見せ始めることになると部屋に戻って眠った。そして夕方前に目を覚まして簡単な食事を作って食べ、猫にもキャット・フードをやった。・・・・・・」

「僕は半年間それを毎日続けた。そう、一九七九年の一月から六月まで。僕は一冊の本も読まなかった。新聞さえ開かなかった。音楽も聞かなかった。TVも見なければ、ラジオも聞かなかった。誰とも会わなかったし、誰とも話もしなかった・・・・・・世の中で何が起こっているのか、誰が有名になって誰が死んだのか、僕は何ひとつ知らなかった。・・・・・・」

ちなみに、この年にはマーガレット・サッチャー氏が女性初のイギリス首相に就任しています(5月4日)。新聞を開いていたら下に引用させていただいたような写真が一面を飾っていたかもしれません。

出典:時事通信社公式サイト,今日は何の日?,1979年5月4日,英国でサッチャー氏が首相就任
https://www.jiji.com/jc/daily?d=0504

また、国内ではソニーがヘッドホンステレオ・ウォークマンを発売します(7月1日)。好きな音楽を気軽に楽しめる当時としては画期的なものでした。ですが、音楽を聞かなかったこの時期の「僕」の興味を引くことはなかったと思われます。

出典:Sailko, CC BY 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by/3.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sony,_walkman,_1979.jpg

回想「夕暮れのロスト・ボール拾い」

回想は続きます。
「僕は双子のことを思い出した。僕は彼女たちと三人でしばらく暮らした。一九七三年のことだ」と、「僕」は「1973のピンボール(・・・の風景その1・参照)」の頃を回想します。

「そのころ僕はゴルフ場のわきに住んでいた。日が暮れると、僕らは金網を乗り越えてゴルフ場の中に入り、あてもなく散歩し、ロスト・ボールを拾った。春の夕暮れは僕にそんな情景を思い起こさせた」とのこと

上にはゴルフ場のきれいな夕暮れの写真を引用させていただきました。こちらのような風景を思い出しながら「僕」は「みんな何処にいってしまったんだろう?」とつぶやきます。

回想「ジェイズ・バー」

「僕」は更に過去(1970年頃)の出来事を回想します。
「死んでしまった友達と二人で通った小さなスナック・バーのことも思い出した」

下には村上春樹氏のデビュー作で、映画になった「風の歌を聴け」のロケ地・ハーフタイムの写真を引用させていただきました。

こちらに親友の鼠と二人、ピーナッツを食べながら、まったりとビールを飲んでいるシーンを置いてみましょう。
「僕らはそこでとりとめもなく時を過ごしたものだった。でも今となってみれば、それがこれまでの人生でいちばん実体のある時間であったような気がする」
とあります。

「いわし」の死

そして「五月の終わりに猫が死んだ」とのこと。
「いわし」という名前は前作「羊をめぐる冒険(・・・の風景その5・参照)」のなかで先生付きの運転手が付けてくれたものでした。

「適当に山深くなったところで僕は高速道路を降り、適当な林をみつけてそこに猫を埋めた。林の奥の方にシャベルで一メートルほどの深さの穴を掘り、西友ストアの紙袋でくるんだままの「いわし」を放り込み、その上に土をかけた」とあります。

「僕」は高速道路にもどり、ラジオを聴きながら車を走らせました。アナウンサーが「ここでオールディーズを一曲」といい、上に引用させていただいたレイ・チャールズの「ボーン・トゥー・ルーズ」が流れます。

こちらの曲を聴きながら以下のような情景をイメージしてみましょう。
「『僕は生まれてからずっと失い続けてきたよ』とレイ・チャールズが歌っていた。『そして僕は今君を失おうとしている』。その唄を聴いていて、僕は本当に哀しくなった。涙が出そうなほどだった」

唯一の同居人(猫)だった「いわし」の死は、「僕」が「社会に戻るべき時」であることを気づかせてくれました。

「僕」は月世界人?

「羊をめぐる冒険(・・・の風景その1・参照)」は妻などと別れるところから物語が始まりますが、「ダンス・ダンス・ダンス」の冒頭にも電話局に勤める女性との別れが描かれています。

夜明け前、彼女と話をしていると「ラジオからは単調なヒューマン・リーグの唄が聞こえている」。下に引用させていただいたような曲(ヒューマン)だったでしょうか?

彼女「私はあなたとふたりでこうしているのって大好きなんだけど、毎日朝から晩までずっと一緒にいたいとは思えないのよ。どういうわけか」
僕「うん」
彼女「あなたといると気づまりだとかそういうんじゃないのよ。ただ一緒にいるとね、時々空気がすうっと薄くなってくるような感じがするのよ。まるで月にいるみたいに」

出典:Neil A. Armstrong, Public domain, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Aldrin_Apollo_11.jpg

ある日、「僕」の家には上のような「宇宙飛行士が宇宙服を着て月面を歩いている写真」の絵はがきが届きます。裏面には以下のように書かれていました。

「もう私たちは会わない方がいいだろうと思います。・・・・・・私はたぶん近いうちに地球人と結婚することになると思うから」

函館から札幌へ

「ある女性誌のために函館の美味い食べ物屋を紹介するという企画」のため、「函館に行く事になった」とのこと。なお、「僕」は「PR誌や企業パンフレットの穴埋め記事」を請け負っていて、このような仕事のことを「文化的雪かき」と呼んでいました。

函館に到着すると「僕はタクシーを二日間借りきって、カメラマンと二人で雪の降り積もった函館の食べ物屋を片っ端からまわっていった」とあります。下に引用したのは函館駅の旧駅舎(四代目駅舎)の写真です。ここでは、どちらかのタクシーに乗り込む「僕」とカメラマンの姿をイメージしておきます。

出典:京浜にけ, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Hakodate_Station_4th_1.JPG

「ダンス・ダンス・ダンス」の時代には「食べログ」のようなグルメ情報サイトはありませんでした。そのため、雑誌に載せるような美味しい店を選ぶには会費制の「調査をしてくれる組織」に依頼し、「大型のコンピューターを使って情報の迷宮の中から効果的に必要な物をかきあつめてくる」ことが必要だったとのこと。

ただ、調査方法は違っても当時から人気のレストランであった西洋洋食店「五島軒(明治12年創業)」は、「僕」たちのリストにも入っていたと思われます。ここでは雪が積もるなか、下に引用した五島軒本店(旧館)の入り口に入って行く「僕」たちの姿を想像してみましょう。

出典:Iso10970, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Gotoken_honten_kyukan.jpg

本当にいるかホテル?

「いるかホテル」に戻って再始動することに決めた「僕」は、函館での取材の仕事の後、一ヵ月の休暇をとり、札幌に行く計画を立てていました。札幌の番号案内で「いるかホテル」の電話番号を教えてもらい、連絡してみると

「ドルフィン・ホテルでございます」
とはきはきした明るい女性の声が返ってきます。また、予約をしたいと伝えると
「お待たせいたしました。予約係でございます」
と、今度はてきぱきとした愛想のいい男の声が聞こえます。

「哀しげな目をした中年の男(=支配人)」が受付を一人でやっているのが「僕」の知っている「いるかホテル」でしたが・・・・・・

「それから僕はルーム・サービスの係に電話をかけて、ウィスキーのハーフ・ボトルと水を持ってきてもらい、それを飲みながらTVの深夜映画を見た。クリント・イーストウッドの出てくる西部劇だった。クリント・イーストウッドはただの一度も笑わなかった。微笑みさえしなかった。苦笑さえしなかった。僕が何度か笑いかけてみても、彼は動じなかった」

映画のタイトルは不明ですが、上に引用させていただいた「夕陽のガンマン」の予告編から、僕が見た西部劇をイメージしてみます。

旅行などの情報

函館朝市・山三道下商店

「僕」は函館グルメの取材で30軒以上のお店をめぐります。上で紹介した「五島軒」のほか、函館駅近にある「函館朝市」にも立ち寄ったのではないでしょうか。特に「どんぶり横丁市場」は海鮮丼や寿司店、ラーメン店などが15店舗以上も軒を連ねています。

下には「どんぶり横町市場」でも歴史のある「道下商店(昭和30年創業)」の海鮮丼の写真を引用させていただきました。3種・4種・5種のお好み丼のネタは、うにやいくら、ほたてなどから選べます。ほかにも「活いか刺し」や「活あわび刺し」といった単品メニューも豊富にあり、函館の海鮮を満喫できるでしょう。

基本情報

【住所】北海道函館市若松町9-19
【アクセス】JR函館駅から徒歩約1分
【関連URL】http://www.hakodate-asaichi.com/

大沼公園

3日で取材や執筆が完了したため、予備日の4日目はカメラマンとともにゆっくりと過ごすことになりました。「僕」たちはレンタカーを利用して「一日クロスカントリー・スキーをした」とあります。

場所についての記載はありませんが、函館市街地から車で30分ほどの大沼公園では夏場の散策ルートをクロスカントリー場として開放していたとのことです。大沼公園は、初夏の新緑や秋の紅葉の絶景でも有名なスポットです。ここでは、以下に引用させていただいたような広大なエリアで、駒ヶ岳を見ながらスキーに興じる2人の姿を想像してみましょう。

基本情報

【住所】北海道亀田郡七飯町大沼
【アクセス】JR函館駅から車で約40分
【関連URL】http://onumakouen.com/