宮本輝著「地の星」の風景(その1)

うわじま闘牛

地の星の舞台

「地の星」は「流転の海」シリーズの2作目です。前作は大戦で全てを失った熊吾が大阪で会社を再建するところが描かれています。50歳になって初めて授かった伸仁や妻・房江の静養などのために会社を畳んで故郷の愛媛に戻るところで終わっています。「地の星」では実家のある愛媛・南宇和を舞台に移し過去のしがらみに影響を受けながらも信仁の成長を見守っていきます。

バスから降りると

前作の「流転の海」から2年近くたった昭和26年がこの小説の開始時期です。一本松(現・愛南町一本松)の停留所で木炭バスから降りる際に運転手が「この風呂釜みたいなバスに苦労させられましたなァし。戦争中からずっとよう頑張ってくれちょりましたけんど・・・」と愛媛弁でいうところから始まります。活躍した木炭バスも次週からはディーゼルバスに置き換わる予定と運転手はうれしそうに続けます。下の写真は石油不足の戦中・戦後に活躍した木炭バスの写真です。バスから美しい田園風景の中に降りる熊吾と息子・信仁の姿をこの小説の最初の風景にしてみます。

増田伊佐男(いさお)

父の墓参りをしようと信仁とともに商店街を歩く熊吾の前に「いなかやくざといった風体の男たち」が近づいてきます。中心にいる人物は「足が悪く、太い杖をついて、左足をひきずっていた」という特徴。向こうから「おおかた40年前に、お前にこの左足をこわされた増田の伊佐男よ」と名乗ります。熊吾は上大道(わうどう)地区に住んでいたすばしっこい悪ガキを思い出します。近くの日枝神社の境内にて熊吾と相撲をした際の怪我がもとで体が不自由になったとのこと。下に引用したのは現在も残る日枝神社周辺のストリートビューです。写真の上の方に見える境内で相撲をとる少年時代の熊吾と押し出されて「三尺(1m)下の石の上」に転落する少年・伊佐男の姿をイメージしてみます。

田んぼ一面れんげの花

伊佐男から昔の恨み言をいわれ少し暗い気分になる熊吾でしたが「田園一面にれんげの花が咲いて紅一色に染まり、紋白蝶やアゲハ蝶が、熊吾と信仁の頭上にあった」という美しい景色に目を奪われます。下に引用させていただいたのも美しいれんげ畑の写真です。この写真の中に虫取り網を片手に畑を走り回る伸仁の姿をイメージしてみます。

法眼寺などの景色

さらに歩いていくと「右手の山裾に方眼寺の山門がみえ、そこから何ほども離れていないところに日枝神社の石の鳥居が見えた」とあります。下に引用したストリートビューの右側のお墓の上が方眼寺、左の方に日枝神社があります。小説で熊吾が見た風景はこのような感じだったでしょうか?日枝神社の石の鳥居を見ながら伊佐男が落ちた場面を思い起こしていたかもしれません。

突き合い駄馬

のどか風景が続きましたがここで、突然物騒な噂が町内に広がります。家と田畑を賭けて闘牛が行われるという話です。勢子(せこ)といわれる闘いを補助する役を務めるのは熊吾の妹の愛人・野沢政男。賭博に敗れて無理やり引き受けることになります。下に引用させていただいた写真の中央にいるのがその勢子で興奮した牛の近くで戦いを見守る危険な役です。知り合いが危険な目にあうのが見逃せない熊吾は闘いを止めようと闘牛場(突き合い駄馬)に向かいます。

ここにも伊佐男が

さらにこの闘牛は(広島でやくざをしている)増田伊佐男が一儲けするための企てと感じ取ります。闘牛をやめさせるために熊吾が取った秘策とは?序盤ですが見どころの一つとなりますので詳細は控えさせていただきます。

下に引用させていただいたのはこれから闘牛に向かう(?)気合の入った牛の写真です。ここでは「激しい突き合いの戦歴で平らになった額に幾つもの固い瘤を盛り上がらせている二頭の牛は、人々のざわめきによってさらに興奮し、前脚で土をかいて唸り声をあげた」という緊迫したムードをイメージしてみます。

伸仁をつれて

突き合い駄馬の一件の後、熊吾が伸仁を連れて夜の田園を歩く印象的なところがあります。その日は下に引用させていただいたような「闇よりも星の光のほうが多い」という美しい空でした。この空の下に伸仁を肩車しながら「目鼻立ちも体質も母親にそっくりな子は、精神のどこかに、父と相通じるものを蔵している」と思う熊吾の姿を置いてみます。

旅行の情報

うわじま闘牛

宇和島の闘牛は江戸時代に始まった歴史のあるものです。今でも正月や春場所、お盆場所、秋場所など年に5回開催。この小説にも出て来る勢子の活躍や牛たちの迫力のある角の付き合いを鑑賞できます。「押し」や「横掛け」のような基本技があり、逃げると負けという分かりやすいルールも人気のポイントです。
【住所】宇和島市弁天町1丁目318-16
【電話】0895-22-3934(宇和島市観光物産協会)
【アクセス】JR宇和島駅からバスを利用
【参考サイト】https://www.tougyu.com/