内田百閒「贋作吾輩は猫である」の風景(その2)
増える訪問者
「贋作猫」の第二(今回)では「吾輩(アビシニア)」は甕から出て久しぶりの正月の雰囲気を味わいます。原典「猫」の第二では苦沙弥の教え子や友人から「吾輩」について触れた年賀状をもらい「新年来多少有名になった」と気をよくしていた吾輩ですが、五沙弥家ではまだ知り合いは多くありません。
前回の風船画伯に続き2人の客が訪問し、それぞれが好きなことをいって自由な行動をするシーンを追っていきましょう。
正月の午後
昭和25年の正月の午後、「今日は珍しく大入道が昼寝をして」います。「茶の間の柱の前に横になって、足許に毛布を掛けているから、吾輩はその裾の所に乗って、香箱をつくっていた」とあります。
下に引用させていただいたような姿でまどろんでいると、「不意に大入道が変な声をし出し」ました。この後「吾輩」はちょっとしたとばっちりを受けることになりますが・・・・・・。
出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/25274318&title=%E8%96%84%E7%9C%BC%E3%81%A7%E3%81%93%E3%81%A3%E3%81%A1%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%82%8B%E7%8C%AB
鰐果蘭哉の母の訪問
そんな午後にやってきたのは五沙弥先生の教え子・鰐果(わにはか)蘭哉のお母さんでした。「見附の傍の教会に集まりが御座いましてね、その帰りにご近所を通ったものですから」といいます。
下に引用させていただいたのは百閒先生の家の近く、四谷見附にあったイグナチオ教会の写真です。こちらの教会の入り口に「脊の高い」「馬の様な長い顔をして」「年寄りの癖に金歯を光らしている」を置き、これから先生の家に向かうシーンを想像してみましょう。
出典:大久保幸次 著『世界の宗教』,三省堂出版,昭和25. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1168206 (参照 2023-11-16、一部加工)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1168206/1/6
お酒のことで説教される先生
五沙弥先生の顔がむくんでいる原因がお酒の飲みすぎと知った鰐果(わにはか)蘭哉のお母さんは「まあ、お酒ですか。いけませんねえ。本当に何と云う情無い事でしょう。あなたの様な御立派な方が・・・・・・」と責めます。
また、どの位飲むのかという質問に対し「一本というのは小出しの壜で、四合瓶です」と先生は正直に答えました。ちなみに内田百閒「御馳走帖・百鬼園日暦」には「酒は月桂冠の瓶詰、麦酒は恵比寿麦酒」が好みとあります。
下に引用させいていただいたのは、その月桂冠のレトロなポスターです。ここでは御馳走帖にのっている「蒲鉾」などをつまみにこちらの日本酒をいただく先生の姿を想像してみましょう。
あくびをして怒られる「吾輩」
鰐果くんのお母さんの説教はまだ続きます。「一日に一回しか飲まない、つまり晩だけです。・・・・・・だらだらとお酒を飲むと、晩の一盞がまずくなるのです」という先生に対し「それではしかし、晩に美味しく召し上がる為の御行儀ではありませんか」と納得しない様子。
「吾輩」が「辛抱が出来なくなって起ち上がり、背中を高くして大入道の顰(ひそ)みに効(なら)い猫の欠伸を発散」すると、お神さんが「驚いた様に吾輩の頭をたたいて」「これアビや、お話の途中に欠伸なぞして、何て失礼なんでしょう」といいます。下にはそのようなシーンをイメージできる写真を引用させていただきました。
出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/24258836&title=%E3%81%82%E3%81%8F%E3%81%B3%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E7%8C%AB
岡山の作久さん
次に「げえさりませえ(岡山の方言。おじゃましますの意)」とやってきたのは岡山(百閒先生の故郷)からやってきた作久(さくきゅう)という人でした。彼のいうことには「東京はあんた、こないだの颱風で大水じゃ云うもんじゃから、びっくりしましてなあ、・・・・・・お見舞いに行て来う云う事になって参じましたがな」とのこと。先生は「記憶にないね」、お神さんは「でも、随分前の去年の話でしょう」と要領を得ない様子です。
作久さんがいっていたのは昭和24年のキティ台風のことでしょうか。下に引用させていただいた写真のように東京の海沿いは広範囲にわたって高潮による浸水被害にあいますが、先生の住む四ツ谷周辺は無事だったのでしょう。
作久さんは「御無事な所を見てほんまに安心しましたから、一寸二三日逗留させて貰いましてなあ、銀座や浅草云うとこを・・・・・・見物さして貰うて行こう思うて」と勝手なことをいいます。先生は「僕の家は人を泊める余裕はありませんよ」と断ろうとしますが・・・・・・
下に引用させていただいたのは当時の銀座の写真です。この風景の中にきょろきょろと辺りを見回しながら歩く背広姿の作久さんの姿を置いてみましょう。
旅行などの情報
聖イグナチオ教会
鰐果くんのお母さんが通う教会として登場してもらったスポットです。こちらが本当のモデルかどうかは不明ですが、昭和24年には立派な聖堂が完成していました。上智大学内にあるカトリック・イエズス会の教会で1999年に改築により丸屋根のモダンな建物に変わっています。
広い聖堂内は大きめの天窓を備え、明るさが感じられます。また、下に引用させていただいたような美しいステンドグラスも見どころです。定期的にミサが開かれ、スケジュールの入っていない昼の時間帯は自由に出入りができます。百閒先生の住居跡巡りと合わせて、こちらで静かな時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。
基本情報
住所:東京都千代田区麹町6-5-1
アクセス:JR中央線・四ツ谷駅から徒歩約1分
関連URL:https://www.ignatius.gr.jp/
和光の時計塔
作久さんが観光しようとしていた銀座のシンボル的な建物です。1894年(明治27年)に初代の時計塔が完成し、1932(昭和7)年に現在の二代目時計塔への建て替えを経て現在に至ります。時計塔は戦災を逃れているので、作久さんの時代(昭和25年)にも眺めることができたと思われます。
なお、今年(2023年)の10月5日から11月18日までの期間は、ディズニー創立100周年記念として下に引用させていただいたようなミッキーマウスデザインの文字盤を見ることができます。ライトアップもされていますのでぜひ立ち寄ってみてください。
基本情報
住所:東京都中央区銀座4-5-11
アクセス:東京メトロ銀座駅から徒歩すぐ
関連URL:https://www.ignatius.gr.jp/