種田山頭火「行乞記」の風景(その11・炭鉱に関する句作・誕生祝や猫に癒されるシーンも!)

炭鉱に関連する句作・誕生祝いや猫に癒されるシーンも!

前回(行乞記の風景その10・参照)から引き続き、山頭火は炭鉱の街・田川周辺を行乞しています。緑平居での句会では「ボタ山」に着想を得た句を数多くつくりました。次郎居で48歳の誕生日を迎えた山頭火は酒と鰯で祝ってもらったり、猫と遊んだりして四連泊も!笹栗町の宿では「ひとりは好きだけれど、ひとりになるとやつぱりさみしい」とつぶやくのでした。

主な出典:青空文庫、行乞記(ぎょうこつき)、底本:山頭火全集 第三巻、出版社: 春陽堂書店、入力:「さくらんぼ」氏、校正:小林繁雄氏、門田裕志氏
https://www.aozora.gr.jp/cards/000146/card44913.html

岩の上には仏さま・香春町

 「十一月廿八日 晴、近郊探勝、行程三里、香春町(二五・中)

昨日もうらゝかな日和であつたが、今日はもつとほがらかなお天気である、歩いてゐて、しみじみ歩くことの幸福を感じさせられた、明夜は句会、それまで近郊を歩くつもりで、八時緑平居を出る、どうも近来、停滞し勝ちで、あんまり安易に狎れたやうである、一日歩かなければ一日の堕落だ、などゝ考へながら河に沿うて伊田の方へのぼる、とても行乞なんか出来るものぢやない(緑平さんが、ちやんとドヤ銭とキス代とを下さつた、下さつたといへば星城子さんからも草鞋銭をいたゞいた)、このあたりの眺望は好きだ、山も水も草もよい、平凡で、そして何ともいへないものを蔵してゐる、朝霧にほんのりと浮びあがる香春、一ノ岳二ノ岳三ノ岳の姿にもひきつけられた、ボタ山が鋭角を空へつきだしてゐる形もおもしろい(この記事も亦、別に書かう、秋ところどころの一節として書くに足るものだ)、」
下には昭和14年に朝日新聞社が企画した「御神火九州継走」中の記念写真を引用いたしました。後ろには鋭角のボタ山が写されていて、下でも記しているように「ピラミツド」にも見えます。香春町周辺ではこちらのような炭鉱町の風景をモチーフにした句が数多くつくられました。

出典:朝日新聞九州支社 [編]『御神火九州継走記念写真帖』,朝日新聞社,昭和14. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/14117889 (参照 2026-03-12、一部抜粋)、ボタ山の埋高き炭田をひた走る
https://dl.ndl.go.jp/pid/14117889/1/12

「ぶらりぶらり歩く、一歩は一歩のうらゝかさやすらかさである、句を拾つて来なさいといつて下さつた緑平さんの友情を思ひながら、――いつのまにか伊田まで来たが、展覧会があつた後で、何だかごたごたしてゐる、おちついて寝られるやうな宿がありさうにもないので、橋を渡つて香春へ向いてゆく、この道も悪くない、平凡のうれしさを十分に味ふ、香春岳はやつぱりいゝ、しかし私には少し奇峭に過ぎないでもない、それに対してなだらかな山なみが、より親しまれる、そのところどころの雑木紅葉がうつくしい(香春岳は遠くからか、或は近くから眺めるべき山だ、緑平居あたりからの遠山がよい、また、こゝまできて見あげてもよい)、十一時にはもう香春の町へ着いた、寂れた街である、久振に蕎麦を食べる、宿をとるにはまだ早すぎるので、街を出はづれて、高座寺へ詣る、石寺とよばれてゐるだけに、附近には岩石が多い、梅も多い、清閑を楽しむには持つてこいの場所だ、散り残つてゐる楓の一樹二樹の風情も捨てがたいものだつた(この辺は今春、暮れてから緑平さんにひつぱりまはされたところだ、また、因に書いておく、香春岳全山は禁猟地で、猿が数百匹野生して残存してゐる、見物に登らうかとも思つたが、あまり気乗りがしないので、やめた、二三十匹乃至二三百匹の野生猿が群がり遊んでゐる話を宿の主人から聞かされた)。」
香春岳の麓にある清瀬橋では下のストリートビューのように橋の4隅でお猿さんがお出迎えしてくれます。

「此宿は外観はよいが内部はよくない、たゞ広くて遠慮のないのが気に入つた、裏の川で洗濯をする、流れに垢をそゝぐ気分は悪くなかつた。
一浴一杯、それで沢山だつた、顔面頭部の皮膚病が、孤独の憂欝を濃くすることはするけれど。
 すくひあげられて小魚かゞやく
 はぎとられた芝土の日だまり
・菊作る家の食客してゐる
 そこもこゝも岩の上には仏さま(高座石寺)
 谺谺するほがらか
 鳴きかはしてはよりそふ家鴨
 枯木かこんで津波蕗の花
 つめたからう水底から粉炭(ビフン)拾ふ女
 火のない火鉢があるだけ
 落葉ふんでおりて別れる(緑平君に)
・みすぼらしい影とおもふに木の葉ふる(自嘲)」

上には高座石寺(こうぞうじ)の入り口付近のストリートビューを掲載いたしました。画面中央の岩の上には複数の仏さまが鎮座し、お参りにきた人たちを出迎えてくれます。
山頭火の頭には「そこもこゝも岩の上には仏さま(高座石寺)」が浮かんでいたでしょうか。

象のからだへ日がさす・糸田町(緑平居)

 「十一月廿九日 晴、霜、伊田行乞、緑平居、句会。

大霜だつた、かなり冷たかつた、それだけうらゝかな日だつた、うらゝかすぎる一日だつた、ゆつくり伊田まで歩いてゆく、そして三時間ばかり行乞、一週間ぶりの行乞だ、行乞しなくてはならない自分だから、やつぱり毎日かゝさず行乞するのが本当だ。
行乞は雲のゆく如く、水の流れるやうでなければならない、ちよつとでも滞つたら、すぐ紊れてしまふ、与へられるまゝで生きる、木の葉の散るやうに、風の吹くやうに、縁があればとゞまり縁がなければ去る、そこまで到達しなければ何の行乞ぞやである、やつぱり歩々到着だ。
伊田で、八百屋の店頭に松茸が少しばかり並べてあつた、それを見たばかりで私はうれしかつた、松茸を見なかつた食べなかつた物足りなさが紛らされた(その松茸は貧弱なものだつたけれど)。
糒川の草原にすわつて、笠の手入れをしたり法衣のほころびを縫ふたりする、ついでに虱狩もした、香春三山がしつとりと水に映つてゐる、朝の香春もよかつたが、夕の香春もよい。
河岸には(伊田の街はづれの)サアカスが興業してゐた、若い踊子や象や馬がサアカス気分を十分に発散させてゐた、バカボンド、ルンペン、君たちも私も同じ道を辿るのだね。」

出典:東京市役所, Public domain, via Wikimedia Commons、上野動物園のゾウ 動物園グラフ 昭和12年3月20日初版。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E4%B8%8A%E9%87%8E%E5%8B%95%E7%89%A9%E5%9C%92%E3%81%AE%E3%82%BE%E3%82%A6_%E5%8B%95%E7%89%A9%E5%9C%92%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95_%E6%98%AD%E5%92%8C12%E5%B9%B43%E6%9C%8820%E6%97%A5%E5%88%9D%E7%89%88.jpg

このとき、象は上に引用した写真のような曲芸をしていたかもしれません。山頭火は動物まで含めたサーカス団のメンバーに自分と同じ「漂泊者」という共通点を見出し、彼らから目を離せませんでした。

「枯草の上で、老遍路さんとしみじみ話し合つた、何と人なつかしい彼だつたらう、彼は人情に餓えてゐた、彼は老眼をしばたゝいてお天気のよいこと、人の恋しいこと、生きてゐることのうれしさとくるしさとを話しつゞけた(果して私はよい聞手だつたらうか)。
夜は緑平居で句会、門司から源三郎さん、後藤寺から次郎さん(注=近藤次良を指す)、四人の心はしつくり融け合つた、句を評し生活を語り自然を説いた。
真面目すぎる次郎さん、温情の持主ともいひたい源三郎さん、主人公緑平さんは今更いふまでもない人格者である。
源三郎さんと枕をならべて寝る、君のねむりはやすらかで、私の夢はまどかでない、しばしば眼ざめて読書した。
日が落ちるまへのボタ山のながめは、埃及風景のやうだつた、とでもいはうか、ボタ山かピラミツドか、ガラ炭のけむり、たそがれる空。
オコリ炭、ガラ炭、ボタ炭、ビフン炭(本当のタドン)、等、等、どれも私の創作慾をそゝる、句もだいぶ出来た、あまり自信はないけれど。
 けふは逢へる霜をふんで(源三郎さんに)
 落葉拾ふてはひとり遊んでゐる
 ボタ山もほがらかな飛行機がくる
 枯草に寝て物を思ふのか
 背中の夕日が物を思はせる
 たゞずめばおちてきた葉
 かうして土くれとなるまでの
・橋を渡つてから乞ひはじめる
 鶏が来て鉢のお米をついばもうとする
 いつも動いてゐる象のからだへ日がさす(サーカス所見)
 口あけてゐる象には藷の一きれ(  〃  )
 日向の餅が売り切れた
 何か食べつゝ急いでゐる
 枯草の日向で虱とらう
・乞ふことをやめて山を観る
 香春見あげては虱とつてゐる
・いつまでいきる蜻蛉かよ
 ボタ山の下で子のない夫婦で住んでゐる
・逢ひたいボタ山が見えだした
・法衣の草の実の払ひきれない
 枯草の牛は親子づれ
 ほゝけすゝきもそよいでゐる
 開きすぎるすゝきの方へ歩みよる
 落ちる陽のいろの香春をまとも
 鳴きやまない鶏を持てあましてる
・ボタ山のまうへの月となつた
 もう一度よびとめる落葉
 みんなで尿する蓮枯れてゐる
 夕空のアンテナをめあてにきた」

話してる間へきて猫がうづくまる・後藤寺町(次郎居)

 「十一月卅日 雨、歓談句作、後藤寺町、次郎居(なつかしさいつぱい)

果して雨だつた、あんなにうらゝかな日がつゞくものぢやない、主人公と源三郎さんと私と三人で一日話し合ひ笑ひ合つた、気障な言葉だけれど、恵まれた一日だつたことに間違はない。
夕方、わかれ/\になつて、私はこゝへきた、そして次郎さんのふところの中で寝せてもらつた、昨夜約束した通りに。
飲みつゞけ話しつゞけだ、坐敷へあがると、そこの大机には豆腐と春菊と密柑と煙草とが並べてあつた、酒の事はいふだけ野暮、殊に私は緑平さんからの一本を提げてきた、重かつたけれど苦にはならなかつた、飲むほどに話すほどに、二人の心は一つとなつた、酒は無論うまいが、湯豆腐はたいへんおいしかつた。
 あんな月が雨となつた音に眼ざめてゐる
 ほどよい雨の冬空であります
・ボタ山のたゞしぐれてゐる
 ふとんふか/″\とあんたの顔
・いくにち影つけた法衣ひつかける
 ふりかへれば香春があつた
 ボタ山もとう/\見えなくなつてしまつた
・冬雨の橋が長い
 びつしより濡れてる草の赤さよ
・音を出てまた音の中
 重いもの提げてきた冬の雨
 水にそうて下ればあんたの家がある
・笠も漏りだしたか(自嘲)
 おわかれの言葉いつまでも/\
 炭坑町はガラ焚くことの夕暮
 あの木がある家と教へられた戸をたゝく
 ひとりのあんたをひとり私が冬の雨
 逢うてまだ降つてゐる
次郎さんはほんたうに真面目すぎる、あまりつきつめて考へては生きてゐられない、もつとゆつたりと人間を観たい、自然を味はひたい、などゝ忠告したが、それは私自身への苦言ではなかつたか!

 十二月一日 曇、次郎居滞在、読書、句作、漫談、快飲、等々。

 朝酒したしう話しつゞけて
・落葉掃かない庭の持主である(次郎居)
・撫でゝやれば鳴いてくれる猫( 〃 )
 猫はいつもの坐布団の上で
・捨炭車(スキツプ)ひとりで上下する月の捨炭(ボタ)山(改作)
次郎さんは今日此頃たつた一人である、奥さんが子供みんな連れて、母さんのお見舞に行かれた留守宅である、私も一人だ、一人と一人とが飲みつゞけ話しつゞけたのだから愉快だ。
猫が一匹飼うてある、きいといふ、駆け込み猫で、おとなしい猫だ、あまりおとなしいので低脳かと思つたら、鼠を捕ることはなか/\うまいさうな、能ある猫は爪をかくす、なるほどさうかも知れない。

 十二月二日 曇、何をするでもなしに、次郎居滞在。

毎朝、朝酒だ、次郎さんの厚意をありがたく受けてゐる、次郎さんを無理に行商へ出す、私一人猫一匹、しづかなことである、夜は大根膾(なます)をこしらへて飲む、そして遅くまで話す。」

近藤次良は化粧品類の商人。

出典:木下信三 著『山頭火伝』,古川書房,1983.9. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12464824 (参照 2026-03-13)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12464824/1/50

「山頭火伝(木下信三、古川書房)」によると、次郎こと近藤次良は化粧品の行商を行っていたようです。下には、大根なますをつまみにお酒を酌み交わす二人の姿を描いてみました。

出典:ChatGPTにより生成された画像、『ちゃぶ台を囲んで飲む友人、間には猫がうずくまる』などのキーワードをベースに生成、生成日:2026年3月13日

  「次郎居即事
 朝の酒のあたゝかさが身ぬちをめぐる
 ひとりでゐて濃い茶をすゝる
 物思ふ膝の上で寝る猫
 寝てゐる猫の年とつてゐるかな
 猫も鳴いて主人の帰りを待つてゐる
 人声なつかしがる猫とをり
 猫もいつしよに欠伸するのか
 猫もさみしうて鳴いてからだすりよせる
 いつ戻つて来たか寝てゐる猫よ
 その樅の木したしう見あげては
・なつかしくもきたない顔で
 徹夜働らく響にさめて時雨
 家賃もまだ払つてない家の客となつて
・痒いところを掻く手があつた
 機械と共に働らく外なし
・機械まはれば私もまはる
・機械動かなくなり私も動かない
 人は動かない機械は動いてゐる
・今夜のカルモチンが動(マヽ)く
・投げ出された肉体があざわらつてゐる
寸鶏頭君、元寛君に、先日来方々から寄せ書をしたが、感情を害しやしなかつたか知ら、あまりに安易に、自己陶酔的に書き捨てゝ、先方の感情を無視してゐた、慙愧々々。
或る友に与へて、――
私はいつまでも、また、どこまでも歩きつゞけるつもりで旅に出たが、思ひかへして、熊本の近在に文字通りの草庵を結ぶことに心を定めた、私は今、痛切に生存の矛盾、行乞の矛盾、句作の矛盾を感じてゐる、……私は今度といふ今度は、過去一切――精神的にも、物質的にも――を清算したい、いや、清算せずにはおかない、すべては過去を清算してからである、そこまでいつて、歩々到着が実現せられるのである、……自分自身で結んだ草庵ならば、あまり世間的交渉に煩はされないで、本来の愚を守ることが出来ると思ふ、……私は歩くに労れたといふよりも、生きるに労れたのではあるまいか、一歩は強く、そして一歩は弱く、前歩後歩のみだれるのをどうすることも出来ない。……

 十二月三日 晴、一日対座懇談、次郎居滞在。

今日は第四十八回目の誕生日だつた、去年は別府附近で自祝したが、今年は次郎さんが鰯を買つて酒を出して下さつた、何と有難い因縁ではないか。
次郎さんは善良な、あまりに善良な人間だ、対座して話してゐるうちに、自分の不善良が恥づかしくなる、おのづから頭が下る――次郎さんに缺けたものは才と勇だ!
ポストへ行く途上、若い鮮人によびとめられた、きちんとした洋服姿でにこついてゐる、そしておもむろに、懐中時計を買はないかといふ、馬鹿な、今頃誰がそんな詐欺手段にのせられるものか、――しかし、彼が私を認めて、いかさま時計を買ふだけの金を持つてゐたと観破したのならば有難い、同時に、さういふイカサマにかへらる(マヽ)外ない男として、或は一も二もなくさういふものを買ふほどの(世間知らずの!)男と思つたのならば有難くない。
夜は無論飲む、次郎さん酔うて何も彼も打ち明ける、私は有難く聴いた、何といふ真摯だらう。
 雑巾がけしてる男の冬
 鰯さいても誕生日
・侮られて寒い日だ
 飛行機のうなりも寒い空
 話してる間へきて猫がうづくまる
 涙がこぼれさうな寒い顔で答へる」

曲つて旧道のしづけさをのぼる・笹栗町

 「十二月四日 晴、行程六里、汽車でも六里、笹栗町、新屋(三〇・下)

冷たいと思つたら、霜が真白だ、霜消し酒をひつかけて別れる、引き留められるまゝに次郎居四泊はなんぼなんでも長すぎた。
十一時の汽車に乗る、乗車券まで買つて貰つてほんたうにすまないと思ふ、そればかりぢやない、今日は行乞なんかしないで、のんきに歩いて泊りなさいといつて、ドヤ銭とキス代まで頂戴した、――かういふ場合、私は私自身の矛盾を考へずにはゐられない、次郎さんよ、幸福であつて下さい、あんたはどんなに幸福であつても幸福すぎることはない、それだのに実際はどうだ、次郎さんは商売の調子がよくないのである、日々の生活も豊かでないのである。
飯塚へ着いたらもう十二時近かつた、濁酒一杯の元気で八木山峠を越える、そして七曲りの紅葉谷へ下りる(笹栗新四国八十八ヶ所、第三十四番の薬師堂)、このあたりの山と水とは悪くない。」
以下には飯塚の繁華街・本町の写真を引用いたしました。こちらで濁酒を一杯ひっかけている山頭火の姿を想像してみます。

出典:『飯塚商工案内』,飯塚商工会議所,昭和13. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1023272 (参照 2026-03-14、一部抜粋)、本町
https://dl.ndl.go.jp/pid/1023272/1/9

また、以下は「八木山峠」の七曲がりの谷周辺にある「新吉野公園」内の旧道です。こちらの道を歩く山頭火の姿をイメージしてみましょう。なお、こちらの写真は8月(2021年)のものですが、山頭火が通ったのは12月4日、「紅葉谷」の名前のとおり、周辺は赤く染まっていたかもしれません。

「途中、村の老人連の放蕩話は面白かつた、博多柳町で、仕切一円、一円六十銭といつたやうな昔がたり、また途上の狂女は嫌だつた、若いだけ、すつかり調子外れでないだけ気味悪かつた。
此宿はよくない、お客さんは私一人だ、気儘に読んだり書いたりをすることが出来たのは勿怪の幸だつたが。
 別れの畳まで朝日さしこむ
 別れともない猫がもつれる
 また逢ふまでの霜をふみつゝ
 霜の消えないうちに立つ
・もういちど濃いお茶飲んで別れませう
 二三歩ついてきてさようなら
・ちつとも雲のない空仰ぎつゝ別れた
 廃坑の霜がぬくうとけてゆく
・みんな活きてゆく音たてゝゐる
・古い墓に新らしい墓のかゞやかさ
 朝日まぶしう枯山たかく
・いたづらに真昼の火が燃えてゐる
・曲つて旧道のしづけさをのぼる
 耕す下を掘つてるか
・これでも生活くらしのお経あげてゐるのか
 そこら音ある水をたづねる
 秋風の石を祀つて拝んでゐる(追加)
さみしいなあ――ひとりは好きだけれど、ひとりになるとやつぱりさみしい、わがまゝな人間、わがまゝな私であるわい。」

旅行などの情報

新吉野公園・宝山寺

次郎居を後にした山頭火が立ち寄った「八木山峠」・「七曲りの谷」の旧道沿いは「新吉野公園」として整備されています。「新吉野」の名前の由来は約1000本もあるソメイヨシノの風景が奈良の吉野に似ていること。また、山頭火が旅をした秋の時期になると約350本のカエデが真っ赤に染まるのも魅力です。

なお、「行乞記」のなかで「笹栗新四国八十八ヶ所、第三十四番の薬師堂」とあるのは「宝山寺」のことです。戦国時代、八木峠付近では盗賊に襲われて多くの方が亡くなりましたが、こちらのお寺はその人々を弔うために建てられました。

出典:写真AC、福岡 南蔵院 釈迦涅槃像3
https://www.photo-ac.com/main/detail/34061337&title=%E7%A6%8F%E5%B2%A1+%E5%8D%97%E8%94%B5%E9%99%A2+%E9%87%88%E8%BF%A6%E6%B6%85%E6%A7%83%E5%83%8F3

また、「新四国八十八ヶ所」には上に引用した一番札所(南蔵院)の世界最大級の釈迦涅槃像(全長41メートル・高さ11メートル)など、ほかにも見どころがあります。篠栗町内にコンパクトにまとまった「新四国八十八ヶ所」をめぐってみてはいかがでしょうか。

基本情報

【住所】福岡県糟屋郡篠栗町篠栗234-19
【アクセス】城戸南蔵院前駅から徒歩20分
【参考URL】https://www.crossroadfukuoka.jp/event/13951