夏目漱石「吾輩は猫である」の風景(その2)
ユニークな人が集まる主人の家
「吾輩」の主人(=漱石先生)は人がくると「高利貸にでも飛び込まれた様に不安な顔付をして玄関の方を見る」というほど人付き合いが苦手でです。ところが、前回の「金縁眼鏡の美学者(迷亭)」のように、家には教え子や友人が集まりサロンのような状態になっていきます。今回は、水島寒月や越智東風とのエピソードを交えてその風景を追っていきましょう。
水島寒月の訪問
「元朝早々」にとどいたはがきを主人が読んでいると「下女が寒月さんが御出でになりました」といいます。「主人の旧門下生であったそうだが、今では学校を卒業して、何でも主人より立派になっている」人物です。小説の注解には「物理学者寺田寅彦がモデルといわれる。寺田は漱石の五校教授時代の教え子で当時は東京帝国大学理科大学講師、のち教授」とあります。
寒月と散歩に出かけた主人は次の日の日記に「(寒月と)神田の某亭で晩餐を食う。久し振りで正宗を二三杯飲んだら、今朝は胃の具合が大変いい。胃弱には晩酌が一番だと思う。」と記します。
下に引用させていたいただいたのは寺田寅彦先生の若いころの写真です。こちらの写真を寒月君に重ね、主人と楽しそうに飲んでいる姿をイメージしてみましょう。
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」、寺田寅彦
https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/6078
朝はトーストに砂糖を
主人の朝食は明治としてはハイカラなパンでした。食べ方としては「毎朝主人の食う麺麭(パン)の幾分に、砂糖をつけて食うのが例であるが」とあります。当時のパンは今と比べて味気なく、まだバターなども出回っていない時期だったため、砂糖をかけて食べる人も多かったようです。
下には青森県のソールフードとして知られる「イギリストースト」の写真を引用させていただきました。食パンにバターとグラニュー糖をまぶした味わいの深い食べものでお土産としても人気があります。ここでは主人や子供たちが美味しそうにパンを食べるシーンを想像してみます。
雑煮を食べて踊る「吾輩」
翌日の朝、主人が口にしている雑煮を一度食べてみたいと思った吾輩は「主人の食い剰した雑煮」を狙って台所にしのび込みます。「からだ全体の重量を椀の底へ落とす様にして、あぐりと餅の角を一寸ばかり食い込んだ」吾輩。「大抵なら噛み切れる訳だが、驚いた!」と、餅が歯に絡みついて飲み込むことも吐き出すこともできなくなってしまいます。焦った吾輩は「ええ面倒だと両足を一度に使う。すると不思議な事にこの時だけは後足二本で立つことができた」と体全体で餅から逃れようとしますが・・・・・・
下に引用させていただいたのは猫が二本足立で食べているかわいい姿です。こちらの写真をもとに、子供たちが「あら猫が御雑煮を食べて踊りを踊っている」という「吾輩」ピンチの場面を想像してみましょう。
三毛子を訪問
雑煮のことで失敗した「吾輩」は気分を晴らすために「この近辺で有名な美貌家」である三毛子を訪ねます。「この異性の朋友の許を訪問して色々な話をする」と「今までの心配も苦労も何もかも忘れて、生まれ変わった様な心持になる」とのこと。飼い主は「二弦琴の御師匠」さんで障子の内からは琴の音とそれに合わせた歌が聞こえてきます。
下に引用させていただいたのは三毛猫が縁側でくつろぐ姿。ここでは「『あら先生、御目出度う』と尾を左へ振る」三毛子の姿を想像してみます。
車屋の黒とも遭遇
三毛子の家から帰る途中「この近辺で知らぬ者なき乱暴猫」の「車屋の黒」に出会います。「話しをされると面倒だから知らぬ顔をして行き過ぎよう」としますが、「おい、名なしの権兵衛、近頃じゃ乙う高く留まってるじゃねえか」と呼び止められ、さんざん嫌味を言われる「吾輩」。困っているところに車屋の「神さんの大声」が聞こえます。西川という当時有名だった食肉店に牛肉を注文しているところでした。
以下には、きりっとした顔つきの黒猫の写真を引用させていただきました。ここでは「今にくってやらあ」と牛肉を「自分のために誂えたものの如くいう」車屋の黒の姿をイメージしてみます。
賑やかな主人の家
車屋の黒とも別れて家に帰ってみると「座敷の中が、いつになく春めいて主人の笑い声さえ陽気に聞こえ」ます。「見馴れぬ客が来ている」とあり、客は水島寒月の紹介でやってきた「越智東風君」でした。
下に引用させていただいたように映画「吾輩は猫である」では篠田三郎さんが越智東風を演じていらっしゃいました。ここでは「頭を綺麗に分けて、木綿の羽織に小倉の袴を着て至極真面目そうな書生体の男」越智東風が、偏屈な主人を笑顔にさせているシーンを想像してみます。
トチメンボーとは
越智東風君が主人を笑わせていた話題の一つは金縁眼鏡の美学者・迷亭と西洋料理店にいったときのエピソードでした。「面白い趣向がある」と東風君を誘った迷亭は、ボーイに「どうも変わったものもない様だな」といった後に「トチメンボーを二人前持って来い」と注文。「トチメンボー」という料理に心あたりのないボーイは「メンチボーなら御二人前すぐに出来ます」と返答します(「トチメンボー」の正体は小説でお確かめください)。
ちなみに当時のメンチボー(メンチボール)は現在のハンバーグに似た料理で牛挽き肉をベースにしています。下には名古屋の人気店で提供されているメンチボールの写真を掲載させていただきました。
旅行などの情報
熊本大学五高記念館
寒月君のモデルとなった寺田寅彦と夏目漱石が初めて出会ったのは熊本第五高等学校(現・熊本大学)で、英語教師(漱石)とその生徒(寅彦)という関係でした。こちらで寅彦は漱石から英語だけでなく俳句も習うなど大きな影響を受けます。
五高記念館は旧制五高の校舎を利用して五高の歴史を紹介する無料施設です。下に引用させていただいたような当時を再現した教室などもあるのでタイムスリップを楽しんでみてはいかがでしょうか。
基本情報
住所:熊本市中央区黒髪2-40-1
アクセス:JR熊本駅からバスを利用。熊本大学前で下車
関連サイト:http://www.goko.kumamoto-u.ac.jp/index.html
浅野屋洋食店
迷亭が「トチメンボー」を注文してボーイを困らせる場面で登場してもらったお店です。牛肉100%のひき肉を使った「メンチボール」が看板メニューとなっています。濃厚なデミグラスソースと肉汁たっぷりのメンチボールの相性は抜群。ソースは甘めの優しい味付けのため、お好みに応じてトッピングされたマスタードで味を調整しましょう。
下に引用させてただいたようにプリプリの食感のエビフライやカキフライなど海鮮メニューも人気があります。また、赤出汁の味噌汁も美味しいと評判なので定食でいただくのがおすすめです。
基本情報
住所:愛知県名古屋市千種区内山2-2-4コーポ桂1階
アクセス:地下鉄東山線・今池駅から徒歩約7分
関連サイト:https://tabelog.com/aichi/A2301/A230106/23000944/
イギリストースト
食パンに砂糖をかける明治スタイルの食べ方を紹介する際に登場してもらった工藤パンのロングセラーです。昭和42年に販売が開始され、青森県では知らない人がいないともいわれるソウルフードになっています。イギリスパンにマーガリンとグラニュー糖をまぶした食べ物で昭和51年には2枚でサンドするスタイルになり、より食べやすくなりました。
プレーン以外にもグラニュー糖多めの「もっとジャリまし」や、コーヒークリームをサンドした「ブレンドコーヒー」、(下に引用させていただいた)青森県産りんごジャムとミルクホイップをサンドした「呪術廻戦コラボ」などラインナップが豊富です。