司馬遼太郎著「空海の風景」の景色(その6)

遣唐使船

日本は推古天皇の時代から隋へ2回、唐へ16回の公式使節を送りますが困難な航海でした。大きな原因の一つが造船技術の低さ。中国や朝鮮などと比べて100年以上も遅れていたともいわれます。たらいのように底が平たく箱が海に浮いているような頼りないものでした。4隻の船団のうち1、2隻程度が中国にたどり着ける程度の成功確率。遣唐大使に任命された「藤原葛野麻呂(かどのまろ)」が天皇が主催した壮行会にて涙を流したのもうなずけます。下の写真は奈良の平城宮跡に再現された遣唐使船。死を覚悟して乗り込む使節団たちの姿を想像していてみます。

最澄と空海の立場

最澄は「還学生(げんがくしょう)」なる短期留学生の扱いで遣唐使船に乗り込みます。国から「天台宗の体系を移入せよ」と委任されているため資金も潤沢に出たとのこと。現在の国立大学の教授よりも権威があったといいます。一方の空海は「留学生(るがくしょう)」という身分。20年間唐で学問をすることを義務付けられていました。国からの資金はあまり出なかったため生活費を自前で調達せざるを得ませんでした。司馬氏は実家の佐伯氏が四国の豪族たちから資金調達をしてくれたのではと推測。後に出世した空海が四国各地にお寺を建てたのはそのお礼とも推測できるといいます。下は四国霊場22番の平等寺。空海が創建したとされるお寺の一つです。ここでは故郷の人たちに感謝の気持ちを持ちながら船に乗り込む空海の姿を想像することにします。

最澄の姿

この小説で空海が初めて最澄を見るのは当時、那の津(なのつ)と呼ばれた現在の博多港です。そこで葛野麻呂たちの遣唐使船を出迎えていたという設定。最澄の姿は「想像していたよりも小柄」で「頭が大きく、足腰がかぼそげに見え、一本の槌が立っているように見える」とあります。また、宮廷での遊泳がうまい男だと思っていた最澄が遣唐大使の葛野麻呂にいささかも媚びる様子がないのが空海にとっては意外でした。下に引用させていただいたのは現在の博多ふ頭。 博多港 (那の津)発祥のモニュメントがある場所です。向こうに見える博多ポートタワーなどの人工物を除き遣唐使船が浮かぶ姿を想像してみます。陸地から離れた松林の広場では葛野麻呂や最澄などの高位の人たちが歓談をし、空海などの留学生たちは波打ち際で指示を待つという小説の景色をイメージしてみます。

橘逸勢(たちばなのはやなり)

この那の津にて劇的に登場するのが橘逸勢。儒教の留学生として唐に行く空海の同僚です。波打ち際にて空海の背後から「あれが内供奉十禅師(ないぐぶじゅうぜんじ)の最澄だ」とささやきます。さらに「くだらぬ男だろうよ」とも。空海のことを評価していることを暗にいいたかった逸勢の発言でしたが実際の最澄の姿を見た空海は反発。「そうではあるまい(儒者よりはましだ)」と返します。下の引用は後に嵯峨天皇や空海とともに三筆と言われる逸勢の書「伊都内親王願文」。「奇怪な雑書体」が特徴と言われますが正確も複雑だったようです。

観世音寺の参道

那の津には何十日か滞在。その間には客舎だった鴻臚館(こうろかん)に宿泊し周辺の寺などを巡ったであろうと司馬氏はいいます。特に観世音寺は80年もかけて造られた当時としたは最大級のお寺でした。下の写真は観世音寺の現在の参道。他の建物は焼失を繰り返しますがこの参道は昔からあったと推定されています。不安と希望を抱きながら逸勢らと歩く空海の姿を想像してはいかがでしょうか?

いよいよ次回は那の津を後にし唐に向かいます。空海・最澄を待ち受ける海の災難とは!次回もお楽しみになさってください。

旅行の情報

鴻臚館跡展示館

空海が那の津に滞在していた際に宿泊したと思われる鴻臚館の跡地です。7世紀後半から11世紀前半まで大陸の使節などをもてなす迎賓館として使用された重要な場所でした。建物は残っていませんがその遺構や焼物などの大量の出土品を展示。ガラスのコップやイスラムの焼物などもあり当時の交易範囲の広さを知ることができます。
【住所】福岡市中央区城内1
【電話】092-721-0282
【アクセス】 市営地下鉄・赤坂駅から徒歩約7分
【参考サイト】https://yokanavi.com/spot/27133/

観世音寺

空海が那の津の滞在中に訪ねたとされるお寺です。天智天皇の発願で80年の歳月をかけて建てられたもの。当時は西日本最大の寺院でした。創建当初の梵鐘が残り参道も昔の場所をそのまま引き継いでいるとされます。宝蔵では平安から鎌倉時代の重要文化財の仏像たちを拝観することができます。紅葉の名所としても人気の観光スポットです。
【住所】福岡県太宰府市観世音寺5-6-1
【電話】092-922-1811
【アクセス】西鉄西鉄五条駅から徒歩約13分
【参考サイト】https://www.dazaifu.org/map/tanbo/tourismmap/4.html