司馬遼太郎著「空海の風景」の景色(その12最終回)

兜率天(とそつてん)へ

高野山

空海はインドの霊鷲山(釈迦が説法をした所)や中国の五台山などの例を挙げ日本にも仏教の道場が欲しいと朝廷に上奏します。その山の候補としては当時まだ人跡の絶えた場所だった現在の高野山でした。若いころ修行をするために山林を歩き回っていた際にゆきあたったのかもしれないと司馬氏はいいます。空海が修行をした道は「高野大峰街道」と呼ばれ現在でも下の引用写真のような険しい道が続いています。ここではこの景色の中に若い空海の姿を置き、ひたすら修行に励む様子をイメージしてみます。

小説内では司馬氏自身が学生時代にこの周辺で徒歩旅行をしたエピソードが入ってます。熊野灘に抜けようとして道に迷い、一晩中けもの道を歩いていると「山上に都会が現出した」とあります。「悪いものにたぶらかされているようでもあり、夢の中にいるようでもあった。」とも。また、ここが高野山だと知った驚きがこの小説を書かせていると述べています。下に引用させていただいたのは高野山の正門・大門のライトアップの写真です。司馬氏が訪問したのは第二次大戦中だったためこれほど明るくはなかったと考えられますが、闇の中を登ってきた司馬氏一行にとっては宗教都市・高野山の大きさや美しさは格別だったのではないでしょうか?ここでは下の写真に若き司馬遼太郎氏の姿を重ねてみます。

東寺の立体曼荼羅

高野山に密教道場をつくることは許可されましたが朝廷からの支援金などは一切ない私寺であるため施設の建設はなかなか進みません。折よく京都にある朝廷管轄の東寺を密教道場として利用してはとの誘いがあります。空海は高野山で実現しようとしていた構想をこの東寺にて実現しようと決意。二十一の仏像を密教の法則に従って並べた立体曼荼羅はこうして完成します。立体曼荼羅は如来や菩薩、明王、天部に分かれて配置されますが下の写真は天部ゾーンに鎮座する帝釈天(たいしゃくてん)。象に乗った勇ましい姿が特徴です。立体曼荼羅の完成は839年。835年に亡くなった空海は完全形は見ることはできませんでした。ここでは進捗を確認しあれこれと指示を出す空海の姿をイメージしてみます。

空海の死

上で述べたように空海は835年に60歳で亡くなります。「しかし死んだのではなく入定(にゅうじょう)したのだという事実もしくは思想が、高野山にはある」と司馬氏はいいます。「奥の院の廟所の下の石室で定(じょう)にあることを続け、黙然とすわっていると信じられ」ていて維那(ゆいな)と呼ばれる僧が今でも空海廟所に配膳を続けています。死期がせまったある時、高弟たちをあつめ「兜率天(とそつてん)に往生して、弥勒慈尊の御前に侍(はべ)るべし」と遺言します。かつて、若かりし空海は「三教指帰」で自分自身をモデルとした仮名乞児(かめいこつじ)に「兜率天にゆく旅」をしていると宣言させています。司馬氏は「いかにも論理家らしく若年の時の言葉とみごとに照合している」といいます。下に引用させていただいたのは燈籠堂(とうろうどう)なる一般参拝客が入れる最も廟所に近い場所です。弥勒菩薩とともに弟子たちの行動を観察しているとも言ってこの世を去った空海。厳しくも優しい目で修行者や参拝者を見守ってくれているかもしれません。

旅行の情報

東寺

空海が管理を任された寺です。JR京都駅前に鎮座し新幹線からもその五重塔を見ることができます。こちらの一番の見どころは講堂には空海にある21体の仏像で構成する立体曼荼羅です。「言葉では表せないので図画を使って説明する必要がある」と空海自身が解説する曼荼羅の世界は実際に現地で見て感じてみないとわからないといわれています。
【住所】京都府京都市南区九条町1
【電話】075-691-3325
【アクセス】近鉄東寺駅から徒歩約10分
【参考サイト】https://toji.or.jp/

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高野山・金剛峰寺

空海が開山した真言宗の総本山です。「紀伊山地の霊場と参詣道」なる世界遺産の一部となっていて観光地としても人気です。空海の思想に基づきつくられた「根本大塔」は立体曼荼羅の一種で大日如来の像を柱に描かれた菩薩像などが守るように取り囲んでいます。霊宝館には国宝級の仏像や仏画などがたくさんあり空海の書なども所蔵。展示イベントなどで公開されることもあります。高野山はお寺が100以上も密集する広大なエリアです。空海が何度も歩いたであろう山内散策をお楽しみください。
【住所】和歌山県伊都郡高野町高野山132
【電話】0736-56-2011
【アクセス】高野山ケーブル高野山駅からバスを利用。金剛峯寺前で下車
【参考サイト】https://www.koyasan.or.jp/

高野山・奥の院

空海の廟所がある神聖な場所です。廟所の手前には燈籠堂(とうろうどう)があり一般の参拝客はここで廟所へのお参りをします。奥の院の入口からの2kmほどの参道沿いには織田信長や武田信玄・勝頼父子、石田三成や明智光秀など有名な戦国武将たちの墓が並ぶ高野山らしいエリアとなっています。
【住所】和歌山県伊都郡高野町高野山550
【電話】0736-56-2002(奥の院)
【アクセス】高野山ケーブル高野山駅からバスを利用。奥の院で下車