村上春樹「羊をめぐる冒険」の風景(その3)

冒険のはじまり

前回(羊をめぐる冒険の風景その2・参照)、共同経営者からの緊急の呼び出しを受けた「僕」は事務所に向かいます。共同経営者によると、右翼の大物の第一秘書がやってきたとのこと。彼の持ち込んだ用件は「僕」が羊の写真を掲載したPR誌の発行を停めることと「僕」に会うことの二つでした。そして、その日の午後、「巨大な車」が「僕」を迎えに来ます。

共同経営者のこと

僕と共同経営者は大学時代からの友人で1972年に、現在の事務所のもととなる翻訳事務所を立ち上げました(1973年のピンボールの風景その2・参照)。その後、事務所の業績は順調に伸びますが共同経営者の心身の状態は必ずしも順調ではありません。
「一九七三年には僕の共同経営者は楽しい酔っ払いだった。一九七六年には彼はほんの少し気むずかしい酔払いになり、そして一九七八年の夏には初期アルコール中毒に通ずるドアの把手に不器用に手をかけていた」とあります。

「僕が事務所に着いた時、彼は既にウィスキーを一杯飲んでいた」とのこと。以下に二人の会話を抜粋します。

共同経営者「離婚したんだって?」
僕「二ヵ月も前の話だぜ」
共同経営者「どうして離婚したんだ」
僕「個人的なことだよ」
共同経営者「知ってるよ・・・・・・個人的じゃない離婚なんて聞いたこともない」
共同経営者「余計な詮索をするつもりはないんだ・・・・・・でも彼女とは僕も友だちだったしさ、ちょっとしたショックだったんだよ。それに君たちはずっと仲良くやってると思ってたからね」
僕「ずっと仲良くやってたよ。それに喧嘩別れしたわけでもない」
共同経営者「我々と彼女が三人で働いてた頃のことを覚えているか?」
僕「よく覚えてるよ」
共同経営者「あの頃は楽しかったよ・・・・・・結局のところ、我々は少し手を広げすぎたんじゃないかって気がするんだ・・・・・・」

資金繰りが苦しかった昔(事務所立ち上げの頃)は、渋谷駅前でビラ配りをするなど苦労をしましたが、共同経営者の心身は健全でした。下に引用させていただいた1972年の渋谷駅前に、精力的にビラ配りをする彼らの姿を置いてみましょう。

なお、アルコール中毒になりかけてる共同経営者ですが、彼の身なりは「濃いブルーの新しいシャツに黒いネクタイをしめ、髪にはきちんとくしが入っていた」と、きっちりしていました。

一方の「僕」はといえば「スヌーピーがサーフボードを抱えた図柄のTシャツに、まっ白になるまで洗った古いリーヴァイスと泥だらけのテニス・シューズをはいていた」とあります。

上に引用させていただいたのは「僕」が着ていたものをイメージできるスヌーピーのTシャツです。このようなカジュアルな姿で会社に行った「僕」が、彼の服装と比べて「誰が見ても彼の方がまともだった」とつぶやく場面をイメージしてみましょう。

ある男の訪問

事務所で共同経営者から、「僕」を呼び出した用件をききます。
「その男が来たのは今朝の十一時だった」とのこと。その日、共同経営者は外出中で事務所には電話番の女の子が一人いるだけでした。暇をもてあました彼女は「女性誌の『秋のヘア・スタイル』というページを読んでいた」とあります。

下には昭和時代のものと思われる女性誌の写真を引用させていただきました。こちらの中に彼女が読んでいた本もあるかもしれません。

「男は音もなく事務所のドアを開け、音もなく閉めた」そして「責任者に取りついでいただきたい」といいました。「男は仕事の取り引き先にしては目つきが鋭すぎたし、税務署員にしては身なりが良すぎたし、警察官にしては知性的に過ぎた」とあります。

また、服装についても述べられています。
「9月の後半にしては異常なほどの外の暑さにもかかわらず、男は実にきちんとした身なりをしていた。仕立ての良いグレーのスーツからの袖からは白いシャツが正確に一.五センチ分のぞき、微妙な色調のストライプのネクタイはほんの僅かだけ左右不対象になるように注意深く整えられ、黒いコードヴァンの靴はぴかぴかに光っていた」。

「彼女が気づいた時には男は机の前に立って、彼女を見下ろしていた」とのことです。雑誌を読んでいた事務所の女の子が最初に見たのは、上に引用させていただいたようなコードヴァンの靴だったかもしれません。

奇妙な男

事務所の女の子「ただ今外出しております・・・・・・あと三十分ばかりで戻ると申しておりましたが」
男「待つよ」
「そんなことははじめからわかっているといった感じだった」とのこと。

応接間に通されると「ソファーに腰を下ろし、足を組み、正面の壁の電気時計に目をやったまま静止した」、そして「あとで麦茶を持って行った時も、彼はその姿勢のままぴくりとも動かなかった」とあります。

下に引用させていただいたのはある応接室の写真です。奥側に「奇妙な男」、手前の壁に電気時計を置いてこの奇妙な場面を想像することにします。

出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/23380358&title=%E5%BF%9C%E6%8E%A5%E5%AE%A4

なお、彼の容姿については、以下のような詳細に描写があります
「身長は百七十五センチあまり、しかも余分な肉は一グラムたりともついてはいない。・・・・・・端正な顔だちではあったが無表情で、平板だった。鼻筋もあとからカッター・ナイフでととのえたように直線的で、唇は細く乾いていた。男は全体的に日焼けしていたが・・・・・・」

ここでは吸血鬼ドラキュラ(1958年)を演ずるクリストファー・リー氏の写真を引用し、奇妙な男の姿をイメージしてみます。

出典:HD Retro Trailers, Public domain, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Dracula_(1958)_trailer_-_Christopher_Lee.png

男の用件とは

「黒服の男」はある右翼の大物の名刺を見せて「私はその方から全権を委任されて、ここに来ています」といいます。
用件は二つあり
一つ目「おたくで製作されたP生命のPR誌の発行を即刻中止していただきたい」、
二つ目「その担当者(「僕」のこと)と直接会って話がしたい」
とのこと。

下に引用させていただいたのは「羊をめぐる冒険」の舞台ともされる美深町仁宇布(びふかちょうにうぷ)にある松山農場の写真です。こちらのような「雲と山と羊と草原」を撮影したのどかな風景のどこに問題があったのでしょうか?

奇妙な男の情報

共同経営者は知り合いに電話で聞いた最新情報を教えてくれました。
「先生(右翼の大物)が脳卒中かなんかで倒れて再起不能になっている」こと、そしてやってきた「奇妙な男」は「先生の第一秘書で、組織の現実的な運営を任されているいわばナンバー・ツーだ。日系二世でスタンフォードを出て、十二年前から先生の下で働いている。わけのわからない男だけど、おそろしく頭は切れるらしい」

出典:Frank Schulenburg, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, ウィキメディア・コモンズ経由で
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Stanford_University_campus_in_2016.jpg

スタンフォードは80人以上のノーベル賞受賞者を輩出する世界でもトップクラスの大学です。上にはスタンフォード大学のキャンパスの写真を引用しました。奥には第31代アメリカ大統領を記念したフーバータワーがそびえています。ここでは、このような風景の中を歩く若き日の「先生の第一秘書」の姿を想像してみましょう。

お迎えの車

「四時に車をよこします」と「先生の第一秘書」がいったとおり、「鳩時計みたいに正確」に車が到着しました。
「その巨大な車はビルの玄関前の路上に潜水艦みたいに浮かんでいた。つつましい一家ならボンネットの中で暮らせそうなくらい巨大な車だった」とあります。そして「車のわきには白いシャツにオレンジ色のネクタイをしめた中年の運転手がしゃんとした姿勢で立っていた。本物の運転手だった」とも。

上に引用させていただいたのはトヨタの最高級車「センチュリー」のカタログになります。右下にある後部座席はクッションが効き座り心地が良さそうです。
また、「先生専用」の車らしく、更に改造が加えられています。
「広々とした後部座席の真ん中にはシックなデザインのプッシュホンが埋め込まれて、その隣には銀製のライターと灰皿とシガレット・ケースが揃いで並んでいた」という車内をイメージしてみましょう。

車の中で昼寝の続きを・・・

車の中で運転手から「何か音楽でもおかけしましょうか?」と質問された「僕」は、事務所での昼寝の続きがしたいと考え、「なるべく眠そうなのがいいな」と答えました。すると「どこかに巧妙に隠されたスピーカーから無伴奏チェロ・ソナタが静かに流れだした」とあります。

上に引用させていただいたのはバッハの「無伴奏チェロ組曲・第1番」の動画です。「申し分のない曲で、申し分のない音だった」という「僕」の満足そうな表情をイメージしながら、こちらの曲で仮眠をとってみてはいかがでしょうか。

旅行などの情報

日本自動車博物館

「僕」を迎えに来た豪勢な車の例としてトヨタ・センチュリーに登場してもらいました。石川県にある「日本自動車博物館」には1972年式と1977年式の2台のセンチュリーが展示されています。特に1972年式は防弾仕様となっていて、佐藤栄作元首相が自費で造ったという貴重な車です。

館内には見学路が張り巡らされ、さまざまな角度から車を眺めることができます。下に引用させていただいた写真(2枚目)のようにセンチュリーの後部座席側から乗り心地を想像してみてはいかがでしょうか。

基本情報

【住所】石川県小松市二ツ梨町一貫山40
【アクセス】北陸道加賀ICから車で約25分
【参考URL】http://mmj-car.com/

スヌーピーのコラボTシャツ(SNOOPY’S SURF SHOP)

「僕」が会社で着ていた「スヌーピーがサーフボードを抱えた図柄のTシャツ」の例として登場してもらったTシャツは、公式サイトなどからオンラインでも購入可能です。販売元はハワイ初のPEANUTS(ピーナッツ)オフィシャルショップ「SNOOPY’S SURF SHOP」で、2020年には沖縄にも支店を展開しています。

下に引用させていただいた投稿のように、Tシャツだけでなくかわいい小物からサーフボードなどのマリンアイテムまで品揃えも多彩です。那覇の繁華街・国際通りからも徒歩数分ほどなので、沖縄旅行の際はぜひ立ち寄ってみてください。

基本情報

【住所】沖縄県那覇市松尾2-3-13
【アクセス】沖縄自動車道・那覇ICから16分
【参考URL】https://snoopysurf.com/