宮本輝著「野の春」の風景(その5最終回)

昭和43年の春を迎えて

宮本輝氏の「流転の海」シリーズの風景は今回で最終回です。熊吾は自分の中古車店・ハゴロモの運営に注力するだけでなく、木俣の高級チョコとフランス料理店とのコラボを成功させ、森井博美の遺産相続に手を貸すなど精力的に活動しています。以下ではできるだけネタバレを避けながら印象的なシーンを可視化していきたいと思います。

伸仁は東京へお使い

伸仁は柳田元雄からゴルフ場に関する書類を届けるために、東京に行くことを依頼されます。「今夜の東京行きの寝台車に乗って、建設省のなんとかという課に行き、大森という担当者に書類を渡して、確かに受け取ったという証明書を貰うのだ」というスケジュールでした。

下に引用させていただいたのは昭和時代の新台急行・銀河の写真です。こちらの写真の上に「アルバイトで稼いだ金で買った濃紺の丸首セーターと同色のジャケットに、明るいグレーのズボン」という服装の伸仁の姿を置いてみましょう。

東京で辻堂忠を訪問

建設省(現・国土交通省)で用件を済ませた後に、伸仁は同栄証券へと向かいます。若くして社長となっていたのは昭和20年代に松坂商会で熊吾の片腕として働いていた辻堂忠でした。松坂商会を閉めるときに「わしが死んだら、伸仁を助けてやってくれ」と約束した人物。ちなみに「映画・流転の海(1990年公開)」では佐藤浩市さんが演じていました。

伸仁が東京に行く直前、熊吾は「辻堂忠さんは、赤ん坊のときのお前をよう知っちょるお方じゃ。二十歳の大学生になったお前が訪ねて来たら、喜んでくれるじゃろう」といって辻堂への手紙をしたためます。下に引用させていただいたのは建築中の霞が関ビルの写真です。ここでは日本初の超高層ビルを眺めながら辻堂のところへ向かう伸仁の姿を想像してみます。

カカシさん

ある日、西九条駅周辺で「大将、どこへ行きまんねん?どうぞ乗っておくれやす。どこへでもただで走りまっせ」とタクシー運転手が笑顔で声をかけてきます。「何年か前、シンエー・モータープールの事務所を使って商売をしていた中古車のエアー・ブローカー」でその容姿から「カカシさん」と呼ばれていた人でした。

カカシさんは食堂にて二十二年前のことを語ります。「フィリピンのマニラから米軍の輸送船の船底に五百人くらいの日本兵が詰め込まれて横須賀に着きました。その中に私も混じっていました。昭和二十一年の二月七日です」など。また、「エアー・ブローカーが食うていける時代は終わるから、さっさと別の仕事を探せ」という熊吾のアドバイスに従ってタクシー運転手に転向したことに感謝をしているともいいます。下に引用させていただいたのは1960年代末期(昭和40年代半ば)のタクシーの写真です。ここでは「大将」と声をかけるカカシさんの姿をイメージしてみましょう。

ラ・フィエットのポタージュ

入院した熊吾が所望したのは木俣製菓とコラボさせたラ・フィエットのポタージュでした。ラ・フィエットの経営者・小郷が「私は個人的にはニンジンのポタージュが得意です」といっていた自信作。歯が悪く硬いものを食べられない熊吾にぴったりの食べ物でした。

下に引用させていただいたのは美味しそうなニンジンポタージュの写真です。ここでは、房江がベッドに横たわる熊吾に対し「『ラ・フィエット』のポタージュスープをいれて、スプーンでそれを夫の口に運んだ」という風景を想像してみます。

桜に癒される

熊吾の病院通いをする房江に、同僚の藤木美代子が「大阪造幣局の桜の通り抜けにいけへん?」と声をかけます。「回復しない病人をかかえている私への思いやり」と考え、房江は承諾します。

下に引用させていただいたのは現在も続く桜の通り抜けの風景です。ここでは、引用させていただいた通り抜けの写真のなかに房江を置き、熊吾のことが気にかかりながらも桜に癒される様子をイメージしてみましょう。

タネのお気に入り番組

房江は一緒に働くタネのことも造幣局の花見に誘いますが「きょうは土曜日やで。あの連続ドラマだけはなにがあっても見逃されへんねん」と断られます。ちなみに、昭和43年の土曜の夜は「平四郎危機一発」(~3月、石坂浩二さんや宝田明さんなどが出演)や、「キーハンター」(4月~、丹波哲郎さんや野際陽子さん、千葉真一さんなどが出演)が話題になっていました。

タネが花見に誘われるのは昭和43年4月6日(土)の設定です。ここでは当日から放送が始まった「キイハンター」の放送を見るタネの姿をイメージしてみましょう。

エンディングの風景

熊吾の病状は悪化し、徐々に意識がなくなっていきます。途中、病院を移転するなどのひと悶着もありますが、詳細は「野の春」本文にてお確かめください。

エンディングでは熊吾に会うために友人たちが集まってくるシーンが印象的です。「近づいてくる隊列といってもいい十四人は・・・・・・懐かしい人に久闊を叙するというようなある種の歓びのようなものを表情の裡に隠しているかに見えた」「私は、これと似たような光景をどこかで見たことがあると房江は思った。新たな旅へと向かう人々がどこかの原野を楽しげに出発する光景だ」とあります。ここでは引用させていただいた写真の桜の木々の向こうから、熊吾を慕ってやってくる人たちの姿をイメージしてみましょう。

出典:写真AC

https://www.photo-ac.com/main/detail/4557912&title=%E6%96%B0%E7%B7%91%E3%81%A8%E6%BA%80%E9%96%8B%E3%81%AE%E6%A1%9C

旅行の情報

造幣局・桜の通り抜け

房江が藤木美代子とともに行った造幣局の「桜の通り抜け」は明治16年から続く歴史のあるイベントです。華やかな八重桜をメインとした300本以上の並木道があり、造幣局の南門から北門までのルートを一方通行で進みます。

周辺には出店も並び、下に引用させていただいたようなライトアップされた景色もきれいです。例年、開花状況などに応じて開催時期は変わりますので、詳細は公式サイトにてご確認ください。

住所:大阪市北区天満1-1-79
アクセス:谷町線・天満橋から徒歩で約15分
参考サイト:https://www.mint.go.jp/enjoy/toorinuke/sakura_osaka_news_r5.html

宮本輝ミュージアム

「流転の海」の風景その1』でも紹介した宮本輝ミュージアムでは、現在は「宮本輝文学 四季のいろどり」展を開催中です(2023年4月3日(月)~9月8日(火))。「野の春」の場面をイメージした桜並木のタペストリーなども展示され小説の雰囲気にひたることができます。宮本輝氏の全著作のほか、直筆原稿や愛用の万年筆などが展示される常設展もお楽しみください。

住所:大阪府茨木市西安威2-1-15
アクセス:JR茨木駅から無料直通バスや路線バスを利用
公式サイト:http://www.oullib.otemon.ac.jp/teru/index.html