宮本輝著「野の春」の風景(その4)

熊吾の体に異変が!

「野の春」の後半は昭和42年から43年が舞台となります。経済成長は続いていましたが、学生運動が激しくなっていく時期でした。熊吾は糖尿病などが悪化し体調がすぐれない状態のなか、他人の面倒をみるために奔走する毎日が続きます。

大阪駅前の開発で牛ちゃんが移転

熊吾は新しくできたフランス料理店に木俣製菓のチョコレートを売り込んだり、森井博美の生活費確保のために民生委員にかけあったりと忙しい生活を送っていました。そんなある日、ひさしぶりに大阪駅の近くにある「牛ちゃん」に立ち寄ります。牛ちゃんの主人によると「この店は十月半ばには立ち退かにゃいけんのです。三年後には桜橋の北東の角に第一号のビルが建ちます。しばらく遅れて、その東隣に第二号のビル、そのまた東に第三号のビルというふうに建設がつづくそうです。」とのこと。

下に引用させていただいたのは、まだビルが建っていない昭和38年の大阪駅前の風景です。ここでは写真の中に熊吾の姿をおき、糖尿病の悪化による喉の渇きを覚えながら歩いている姿をイメージしてみます。

テールスープのおじやを註文

「牛のしっぽのとこの肉で取ったスープもお勧めです。欧米でいうところのオックステールスープっちゅうやつやけん、大将の口に会いますでなァし」という「牛ちゃん」の主人に対し「我儘を言うようじゃが、そのスープでおじやを作ってくれるとありがたいのお」と注文します。

下に引用させてくれたのは美味しそうなテールスープのおじやの写真です。ここでは(体調が悪いため)苦く感じるウィスキーを飲むのを止め、優しい味のおじやをいただく熊吾の姿をイメージしてみましょう。

昭和42年11月ごろの社会情勢

昭和42年の10月から11月にかけては学生によるデモが頻繁に新聞に取り上げられます。ちなみに、朝日新聞校閲センターの「ことばマガジン」によると、当時の新聞の文字の大きさは今の2/3ほどで「新聞の文字は小さくて読みづらく、房江が老眼鏡を探」す必要がありました。

幅は1.34倍、高さは1.42倍http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/moji/2010090700043.html%3Fpage=2.html

引用:ことばマガジン 60年前、紙面の文字の大きさは

ちなみに『新聞の社会面には「三派全学連」とか「羽田闘争」とかの文字があった』また「十一月十二日の佐藤栄作首相の訪米を阻止するデモには三千三百人もの学生が参加して、三百人以上が検挙されたと記事には書かれていた」とも

下に引用させていただいたのは羽田闘争の時の写真です。房江が読んだ新聞にもこのような写真が掲載されていたかもしれません。

柳田元雄

「雪がちらつく寒い晩」に、柳田元雄社長は伸仁に(同級生の)アルバイトの斡旋を依頼するためにシンエー・モータープールに立ち寄ります。そして雪を見ながら考えていたことを語ります。「ここは日当たりが悪いから芝の種類を変えようとか、あそこのバンカーをもっと大きくしようとか、このグリーンにはもっと傾斜をつけようとか、あれこれ工夫しながら、お客の邪魔にならんようにボールを打って、もう金策のおとなんかに煩わされずに五年間を生きられたら、この柳田元雄は人生に勝ったと満足して目を閉じられる」。

房江は「柳田の色白で輪郭の鮮明な顔立ちを見て、この人はこんなに整ったきれいな容貌の持ち主だったのかと房江はいっとき見惚れた」とあります。そして「あと五年どころか十年は生きはります」と返します。昔、料亭で働いていたときに呼んだ「八卦見は、どんな骨相が長寿を示すのかお見せしようと言って、江戸初期に中国から来たという本を見せてくれた」とのこと。下に引用させていただいたのは、人相占いの本の写真です。柳田の顔は左のようだったかもしれません。

デコボココンビがつくる絶品料理

熊吾の妹・タネも多幸クラブの厨房になじみ、房江とともにデコボココンビと呼ばれるようになっていました。「松坂のおばちゃんは背が高いからデコで、タネさんは背が低うてコロンとしてるからボコということに決定したんです」とのこと。

中華丼用のスープを味見した副料理長は「うまい。さすがや」と褒めただけでなく「松坂さんの、蕗の葉とちりめんじゃこを炊いたやつは超一流やで」ともいいます。下に引用させていただいたのは社員食堂の中華丼の写真です。ここでは、多幸クラブの社員たちが美味しそうにほおばる姿をイメージしてみましょう。

旅行などの情報

マヅラ喫茶店(大阪駅前第一ビルBF1)

「大阪駅前第一ビル」は当時としては最先端の高層ビルで「牛ちゃん」の店主が立ち退きをした後の昭和45年(1970年)に完成します。その時「敗戦後の闇市の時代から・・・商売をつづけてきた」お店はビルの中に移転しますが、マヅラ喫茶店もその一つでした。

ジョニーウォーカーのレトロなマスコットが目印で、中に入ると下に引用させていただいたような宇宙船のような内装が非現実の世界にトリップさせてくれます。こんがり焼いたパンではさんだサンドイッチや銀色の皿にのった昔ながらのナポリタンなどの人気メニューをいただきながらゆったりとお過ごしください。

住所:大阪府大阪市北区梅田1-3-1 大阪駅前第1ビル B1F
アクセス:大阪駅から徒歩約7分
公式サイト:https://www.instagram.com/madura_umeda/

和牛炙り焼割烹せんりや

熊吾が「牛ちゃん」で食べたような「テールおじや」を味わいたくなったら大阪府豊中市にあるこちらのお店はいかがでしょうか。精肉店直営のためA4・A5ランクの本格的な肉を提供してくれます。おじやとは少し違いますが、コラーゲンたっぷりのスープに柔らかい肉が入った「テール雑炊」も人気のメニューです。飲んだ後の〆としても合いそうですね。

住所:大阪府豊中市新千里東町1-3せんちゅうパル1F
アクセス:千里中央駅から徒歩で約1分
公式サイト:https://kappo-senriya.gorp.jp/