宮本輝著「野の春」の風景(その3)

伸仁は二十歳に

昭和42年、熊吾が「この子が二十歳になるまでは絶対に死なん」と誓った伸仁が二十歳を迎えました。別居中の熊吾も一緒に家族3人でお祝いをし、昔話に花を咲かせます。また、熊吾と同じ地元(現・愛媛県愛南町)の中村音吉が訪ねてきたのもちょっとした出来事。彼のマイペースな所作は読者を和やかな気分にさせてくれます。

熊吾へのプレゼントは鳥打帽

伸仁の誕生祝いの場所は行きつけの梅田の洋食店です。「伸仁の誕生日は、同時に夫の大願成就の日でもある」と考えた房江は「上海で買ったという中折れ帽はもう古くなって、夫の頭の上でひしゃげている。新しい中折れ帽を買ってあげようか」と考えます。

「だがあればイタリア製だ。ボルサリーノという銘柄で、日本では手に入りにくいらしい」とも。下に引用させていただいたのはアランドロンなどが主演の映画「ボルサリーノ」の写真です。映画タイトルは若者たちがいつかは被ってみたい成功者の証を象徴しています。ちなみにボルサリーノの中折れ帽は「あまりにも高くて、品のいいイギリス製の鳥打帽にした」とあります。

春の野の風景

鳥打帽をもらった熊吾は「わしは己への誓いを果たしたことは一度もないが、これだけは果たし終えたのお」といいます。また、「大粒の涙を流している夫を見るのは初めてで、房江も涙を止められなく」なりました。

愛媛県の(旧)一本松町に住んでいた頃の伸仁の思い出を語っていると、房江のなかには熊吾のいう「巨大な土俵」のような田園が頭に浮かびます。それは「田に水を引く前の、春の野」、「春の訪れは、まだ水を引く前の田圃に夥しいれんげの花を咲かせる」風景。下に引用させていただいたような綺麗な景色だったかもしれません。

音吉の訪問

中村音吉がひとり娘の新居を見届けるために大阪にやってくることになり、都合がよければ熊吾たちにも会いたいという手紙が届きました。「三月十日の早朝に城辺を発ち、宇和島から今治経由で船に乗り換え、尾道から山陽本線で大阪へ」というルート。「大阪駅に着くのは翌日の朝だ」とあります。

下に引用させていただいたのは今治と尾道を結んでいた連絡船の写真です。水中翼を備えた観光船も走っていたとのことですが、音吉はのんびりと連絡船に乗っていたかもしれません。

本物のプロレスラー

房江は音吉のために自分の勤める多幸クラブを予約しますが、チェックインの時間になってもなかなかやってきません。後で聞いたところ「通天閣にのぼり、新世界という繁華街をぶらぶらしたあと、道頓堀界隈を見物して梅田へと来たが。地下街で迷ってしまった」とのことでした。

(音吉が)ホテルに到着したと連絡を受けた房江が厨房からフロントに向かうと「アメリカのプロレスラー」がチェックイン中。ボーイは「テレビでよう見るでしょう?リングではマスクを付けてますから素顔はわからへんのです」といいます。下に引用させていただいたのは当時悪役レスラーとして有名だったザ・デストロイヤー氏の写真です。ここでは「大阪にきてよかったけん。本物のプロレスラーがみられるんじゃけんのお」という音吉の姿をイメージしてみましょう。

旅行などの情報

ボルサリーノ

ボルサリーノは1857年にイタリアで創業した老舗帽子ブランド。昭和時代には沢田研二さんが「カサブランカダンディ」を歌う際に愛用されたことでも話題になりました。熊吾が被っていたような中折れ帽だけでなく鳥打帽や、下に引用させていただいたようなキャップのラインナップもあります。阪急メンズ東京店のほか大丸心斎橋店などで販売されているので立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

住所:東京都千代田区有楽町2-5-1阪急メンズ東京3Fボルサリーノ
アクセス:JR有楽町駅から徒歩約2分
参考サイト:https://japan.borsalino.com/pages/%E5%BA%97%E8%88%97%E6%83%85%E5%A0%B1

芸予汽船

昭和42年当時、愛媛から大阪に向かうには今治・尾道間を船で移動するのが近道でした。2023年8月現在は直通の船便はありませんが、今治から因島の土生港(はぶこう)への便を芸予汽船が運行しており、瀬戸内の島々に立ち寄ることができます。今治・尾道間にはサイクリストの聖地として有名な「しまなみ海道」が通っていて、船を併用すればお好みのルートのみを走ることも可能です。下に引用させていただいたような夕日の絶景にも出会えるかもしれません。

住所:愛媛県今治市片原町1丁目100番地3(今治港)
アクセス:今治駅から徒歩で約17分
関連サイト:https://geiyokisen.com/

プロレス・マスク・ミュージアム

東京水道橋にある覆面レスラーのマスク専門の博物館です。設立者はタイガーマスクの専属マスク職人としても有名な中村ユキヒロ氏。海外のマスクマンのコーナーもあり、上でも登場してもらったザ・デストロイヤー氏のマスクも展示されています。

もちろん初代タイガーマスクやザ・グレート・サスケなどの歴代の日本人マスクも見応え抜群です。ショップもありますので併せてご利用ください。

住所:東京都千代田区三崎町2-9-5水道橋TJビル5F・502号
アクセス:JR総武線水道橋駅西口1分
関連サイト:http://pwmw.jp/