夏目漱石「吾輩は猫である」の風景(その1)

吾輩、登場

「吾輩は猫である」は夏目漱石の処女作で「吾輩」と自称する名前のない猫の視点から人間社会を描いた長編小説です。親や兄弟たちと「薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた」吾輩は、(その家の)書生により家族から離され、笹原に捨てられました。腹が減った吾輩がなんとか「人間臭い所」にもぐりこむところから物語が始まります。

初版本

初版「吾輩は猫である」の表紙は上に引用させていただいたような猫面人(?)のシュールなデザインでした。現在の新潮文庫版は下に引用させていただいたようなゴージャスな白猫の表紙となっています。どちらの猫が物語に近いか、ストーリーを追いながら確認してみましょう。それではしばしお付き合いください。

映画やドラマでの夏目漱石の姿

おさん(炊事などをする下女)に何度もつまみだされようとした吾輩を「内においてやれ」といってくれたのは教師を職業とする主人・苦沙弥(くしゃみ)先生でした。主人は「胃弱で皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活発な兆候をあらわしている。その癖に大飯を食う」とあります。

下に引用させていいただいたのは1975年に公開された「吾輩は猫である」の映画の写真です。ここでは「出来る限り吾輩を入れてくれた主人の傍らに居る事をつとめ」、「朝主人が新聞を読むときは必ず彼の膝の上に乗る。彼が昼寐をするときは必ずその背中に乗る。」という風景をイメージしてみます。

苦沙弥の家とは

また、主人がいない時には「朝は飯櫃の上、夜は炬燵の上、天気のよい昼は椽側に寐ることとした」とあります。「然し一番心持の好いのは夜に入ってここのうちの小供の寐床へもぐり込んで一所にねる事である」とも。

下に引用させていただいたのは愛知県の明治村にある「森鴎外・夏目漱石住宅」の写真です。ここでは「吾輩」がこの家のあちらこちらで気持ちよさそうに寝ている姿をイメージしてみましょう。

タカヂアスターゼを常用

「大飯を食う」主人はその後で「タカジヤスターゼを飲む」とあります。小説の注解では「でんぷん分解酵素ジアスターゼに発明者高峰譲吉のタカをつけたもの」とのことです。下に引用させていただいたのは明治時代のタカジヤスターゼの広告です。

なお、高峰譲吉氏が創業した第一三共からはタカジヤスターゼを成分とする「新タカヂア錠(第一三共ヘルスケア)」という胃薬が現在も提供されています。

主人は写生に挑戦

「吾輩の住み込んでから一月ばかり後のある月の月給日に」主人は絵の道具を買って帰ってきます。友人の「金縁眼鏡の美学者」は「第一室内の想像ばかりで画がかける訳のものでもない。昔し伊太利の大家アンドレア・デル・サルトが言ったことがある。画をかくなら何でも自然そのものを写せ」とそそのかします。

下に引用させていただいたのはそのアンドレア・デル・サルト「聖家族と幼児洗礼者聖ヨハネ」という絵です。ここでは、友人の言葉を信じ「アンドレア・デル・サルトを決め込ん」だ主人が「吾輩」を一生懸命に写生している場面をイメージしてみましょう。

出典:Andrea del Sarto, CC BY 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by/3.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Andrea_del_sarto,_sacra_famiglia_borgherini,_con_san_giovannino,_1528-29_ca..JPG

吾輩の容姿

主人が写生をする場面で「吾輩」は自分の容姿について「吾輩は波斯(ペルシャ)産の猫の如く単灰色に漆の如き斑入りの皮膚を有している」と語ります。

下には2016年のNHKドラマ「漱石の妻」のワンシーンを引用させていただきました。ここでは熱心な主人の写生に付き合って動かずにいるのに疲れ、「あーあと大なる欠伸をした」シーンを想像してみます。

次回(「吾輩は猫である」の風景その2)からは主人の友人や教え子たちが続々とやってきて賑やかになります。近所に住む吾輩の猫友達も登場します。

旅行などの情報

夏目漱石旧居跡(猫の家)

夏目漱石がイギリスから帰国した明治36年から3年間住んでいた家があったところです。「我が輩は猫である」や「坊ちゃん」などを執筆した場所としても知られていて、今では案内版とともに下に引用させていただいたような猫の像が塀の上に立っています。

周辺には森鴎外や樋口一葉、石川啄木といった文学者のゆかりの地が点在していますので、併せて巡ってみてはいかがでしょうか。

基本情報

住所:東京都文京区向丘2-20-7
アクセス:東京メトロ本駒込駅から徒歩約8分
関連サイト:https://b-kanko.jp/spot/230

明治村・森鷗外・夏目漱石住宅

夏目漱石旧居跡(猫の家)にあった家を移築したものです。漱石だけでなく同じく明治の文豪・森鷗外も明治23年に住んでいた建物としても知られています。明治中期の中流の建物で、下に引用させていただいたように中廊下に沿って和室が連なる落ち着いた雰囲気です。家の中には猫の像もあり、写生している漱石先生の姿をイメージできるかもしれません。

ちなみに、明治村には「帝国ホテル中央玄関」や「西郷從道邸」などの貴重な文化財が数多く移築されていて一日では巡りきれないほどです。

基本情報

住所:犬山市内山1(明治村)
アクセス:名鉄犬山線・犬山駅からバスで約20分(明治村)
関連サイト:https://www.meijimura.com/sight/%E6%A3%AE%E9%B4%8E%E5%A4%96%E3%83%BB%E5%A4%8F%E7%9B%AE%E6%BC%B1%E7%9F%B3%E4%BD%8F%E5%AE%85/