夏目漱石「吾輩は猫である」の風景(その6)

新しいもの好きの迷亭&珍野家の日常風景

迷亭がやってきてパナマ帽や万能挟といった当時流行りのアイテムを(世間知らずの)主人や細君に対し自慢そうに披露します。また、「吾輩」は健康のためにさまざまな運動方法を試し、主人はひんぱんに銭湯通いをする日々です。盗難や吾輩の鼠退治など事件の多かった前回に比べ、変化の少ない平和な風景をゆったりと追っていきましょう。

昼寝の邪魔をされた主人

珍野家を突然訪れ「いや御目覚かね。鳳眠を驚かし奉って甚だ済まん」という迷亭。「主人は無言のまま座に着いて寄木細工の巻煙草入から『朝日』を一本出してすぱすぱ吸い始めた」とあります。

下に引用させていただいたのは明治時代に発売になった「朝日」や「敷島」など写真です。ここでは迷亭の新しいパナマ帽をみて「君帽子を買ったね」と少しうらやましそうにいう主人の姿をイメージしてみます。

ちなみに「敷島」の方は寒月君が愛飲していて、女性観を語りながら「敷島の煙をふうーと迷亭先生の顔の方へ吹き付けた」というシーンもあります。

迷亭の万能挟

パナマ帽に続いて舶来の万能挟を披露する迷亭、「この挟を御覧なさい。・・・・・・これで十四通りに使えるんです。・・・・・・」が得意気にいいます。使い方は「三日月形の欠け目」で「葉巻を入れてぷつりと口を切る」や「ヤスリがついてい」て「爪を磨」れるなど。そして極めつけは「蠅の眼玉位な大きさの球」の中には小さな写真が貼ってある面白い趣向です。

下に引用させていただいたのは明治時代の万能ハサミの写真です。こちらの商品では左側リングの付け根のところに女性の写真が取り付けてあります。ここでは細君が小さな玉を覗きながらで「少し仰向いて恐ろしい背の高い女だ事、然し美人ですね」といっている場面をイメージしてみます。

「吾輩」運動を始める

「吾輩」は体力維持のためにさまざまな運動を発明します。その一つが「垣巡り」で「主人の庭は竹垣をもって四角にしきられている」がその竹垣の上を一周するというものです。ある日、「垣巡り」をやっていると「隣の屋根から烏が三羽飛んで来て、一間ばかり向うに列を正してとまった」とあります。「人の運動の妨げをする」烏にむっとした「吾輩」は無理やり通ろうとしますが・・・・・・

下に引用させていただいたのは烏と猫が対峙している姿です。ここでは誤って垣から落ちてしまった「吾輩」を、(馬鹿にしたように)烏が見下ろしている風景を想像してみましょう。

主人は銭湯好き

「吾輩」は主人が「時々手拭と石鹸シャボンをもって」出かける「洗湯なるもの」に興味をもち、潜入します。「裏口から忍び込」み、松の薪や石炭が積んである場所を通り抜けると浴槽がありました。

「があがあ騒いでいる人間はことごとく裸体である」ことに驚いて観察していると、苦沙弥(くしゃみ)先生が「もっと下がれ、おれの小桶に湯が這入っていかん」と「取るにも足らぬ生意気書生を相手に大人気もない喧嘩を始め」る姿を目撃します。

下には漱石先生も通った愛媛・道後温泉本館の浴槽を引用させていただいただきました。ちなみに左の木札には「坊ちゃん泳ぐべからず」の文字が書いてあります。ここでは「何だ馬鹿野郎、人の桶へ汚ない水をぴちゃぴちゃ跳はねかす奴があるか」とさらに怒鳴る主人の声に耳を澄ませてみます。

出典:松山市役所, CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E3%80%90%E6%B5%B4%E5%AE%A4%E3%80%91%E7%A5%9E%E3%81%AE%E6%B9%AF%E7%94%B7%E6%9D%B1%E6%B5%B4%E5%AE%A4.jpg

銭湯から帰ると

銭湯で書生に対し奇声を発していた主人ですが「帰って見ると天下は太平なもので、主人は湯上がりの顔をテラテラ光らして晩餐ばんさんを食っている。」とあります。そして「膳の上を見ると、銭のない癖に二三品御菜おかずをならべている。そのうちに肴の焼いたのが一疋ある」とも。

また、主人は「おい、その猫の頭をちょっと撲って見ろ」と細君にいい、「吾輩」が「にゃーと注文通り鳴いて」やると、「にゃあと云う声ははは感投詞か、副詞か何だか知ってるか」と細君に唐突な質問をします。

下に引用させていただいたのは主人(=漱石先生)が好んだ「白牡丹」という日本酒と美味しそうな焼き鯖の写真です。ここでは「平生なら猪口ちょこに二杯ときめているのを、もう四杯飲んだ。二杯でも随分赤くなるところを倍飲んだのだから顔が焼火箸のようにほてって」いるという、主人の顔を想像してみましょう。

旅行などの情報

道後温泉本館

主人が銭湯に入る場面で登場してもらった温泉です。道後温泉は神話時代に開かれた国内有数の温泉で、アルカリ性のやさしいお湯は肌をすべすべにしてくれるだけでなく、さまざまな症状を改善してくれます。現在の建物は明治27年に造られたもので、下に引用させていたようにジブリアニメのモデルとされる趣のある外観も魅力です。

また、旧制松山中学に英語教師として勤務していた漱石が通っていたスポットで「神の湯男子浴室」には漱石の小説にちなんだ「坊っちゃん泳ぐべからず」の札が貼られています。現在は2024年7月の全館営業再開に向けて工事中ですが、一部の浴槽を利用することができます。

基本情報

住所:愛媛県松山市道後湯之町4番30号
アクセス:松山空港からリムジンバスを利用
関連サイト:https://dogo.jp/onsen/honkan

白牡丹酒造

銭湯から帰った主人が晩酌をする場面で引用した白牡丹(はくぼたん)は飲みやすい甘口のお酒です。本社は酒蔵の街として知られる広島県・西条市にあり、江戸時代初期の創業。以下に引用させていただいたように、漱石も好んだことが文書に残っています。

文豪 夏目漱石は、
先々代社長島博三との交友が永かったことが交わされた手紙に偲ばれます。
胃弱で酒も多くはたしなめぬが、白牡丹だけは愛して止まずとこの句をお寄せいただいております。

出典:白牡丹酒造公式サイト・愛された白牡丹
https://hakubotan.shop-pro.jp/?mode=f3

下に引用させてただいたような立派な酒蔵があり、土日は見学や試飲も可能です。直売所は平日もオープンしています。

基本情報

住所:広島県東広島市西条本町15番5号
アクセス:山陽本線・西条駅から徒歩約3分
関連サイト:https://www.hakubotan.co.jp/#top