内田百閒「贋作吾輩は猫である」の風景(その7)

久しぶりのお呼ばれ

第十は五沙弥先生が友人の馬溲検校(ばしゅうけんぎょう)の家に招かれるお話です。馬溲検校は作曲家・箏曲家の宮城道雄氏をモデルとしていて、琴に関するエピソードも語られています。今回は宮城検校の演奏する琴の音や百閒先生の肉声といった貴重な音源も引用しながらストーリーを追っていくことにしましょう。

五沙弥先生の服装

「朝の内に、馬溲検校から使いが来て、今夕一献したい」との連絡があり、「五沙弥はさっきからそわそわしている。いい歳をして、よばれていくのがうれしいのである」「まだ夕方には間があるのに、我慢が出来なくなって、小さなお神さんを呼び立て、あわてた様に支度を始めた」ことを吾輩が目撃しています。

そして「膝が抜けて、抜けた所につぎを当てて縢(かが)ってある」縞ズボンをはき、「枢密顧問官か倫敦の市長が穿く様な深護謨(ふかゴム)の靴に足を突っ込んだ」とのこと。下には大正時代の深ゴム靴の広告を引用させていただきました。このような靴を履いて少し興奮気味に家を後にする先生の姿をイメージしてみましょう。

出典:大蔵省印刷局 [編]『官報』1919年09月16日,日本マイクロ写真,大正8年. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2954249 (参照 2023-10-30,一部加工)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2954249/1/12

当時の路面電車

馬溲検校の家は歩いても行ける距離でしたが気が焦る先生は電車を使います。馬溲検校の家が宮城道雄記念館(宮城道雄氏の住居跡・牛込神楽坂)の場所だったとすると、先生が利用したのは都電・牛込線だったかもしれません。

下に引用させていただいたのは昭和20年代の都電の写真です。こちらの車両の中に先生の姿をおき、外を眺めているところをイメージしてみましょう。

驚かせようとして

馬溲検校の家に早く着いた先生は「こんちわ」と「いやに小さな声で」いいました。この奇妙な行動は検校を驚かすのが目的で「(検校が)五沙弥さんはまだ来ないか、遅いじゃないかなどと云いながら、のこのこ降りて来たら、その足許でわっと破裂しようと思う」と検校の奥さんに計画を明かします。

そして、下に引用させていただいたように(2階にいる検校にばれないように)黙って煙草を吸い始めました。企てがうまくいったかどうかは本文にてお楽しみください。

出典:出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」、内田百閒(一部加工)
https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/6240

宮城検校について

実話では両者の付き合いは大正9年(1920年)にさかのぼります。宮城道雄氏の演奏を聴いて感動した百閒先生が琴を教えてもらうため宮城宅を訪問したのがきっかけとのことです。下には馬溲検校(ばしゅうけんぎょう)こと宮城道雄氏の写真を引用させていただきました。

ここでは馬溲検校に表情をもう少しだけゆるめていただき、五沙弥先生と差し向いで飲む姿を想像してみましょう。

出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」、宮城道雄
https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/337

昔の五沙弥先生のいたずら

検校は酒が入ってくると、「しかし五沙弥さんも、あの頃から見ると、おとなしくなられたものです」と若いころに五沙弥先生からされたいたずらを語ります。「家の二階で寝ていると・・・・・・いきなり二階の雨戸を棒の様な物でこつこつ敲くのです。・・・・・・びっくりして目を覚ますと、その時分の私の作曲に三拍子を主にしたものがあったので、その真似をするんです」とあります。

上で述べている曲名は不明ですが、下には検校作曲の「セキレイ」というテンポのよい曲を引用させていただきました(本人演奏)。ここでは物干し竿の「先へステッキを括りつけて」琴のリズムに合わせ「とんとんとん、とっとことんとんとん」と雨戸を敲く先生の若き日の姿を想像してみます。

箏曲;セキレイ

出典:北原 白秋[作詞] ほか『箏曲;セキレイ』,ニッポノホン. 国立国会図書館デジタルコレクション https://rekion.dl.ndl.go.jp/pid/1313978 (参照 2023-10-31)
https://rekion.dl.ndl.go.jp/pid/1313978

蛆田百減からの手紙

宴席の途中で、検校は蛆田百減(「贋作吾輩は猫である」の風景その4・参照)からの手紙を受け取ります。そばにいた奥さんが「ぶくぶくした大きなお顔の気むずかしそうな先生ですわね」というと「あれは変な野郎です。文士の癖にお金をためてるそうだ」と先生が返します。

ちなみに手紙の内容は雀鮨をお土産にもらったことに対する礼状でした。下に引用させていただいたのは美味しそうな雀鮨の写真です。ここでは「僕も雀鮨が食いたい・・・・・・百減が食ったやつが食いたい」と無茶をいう先生をイメージしてみましょう。

五沙弥先生、歌う・踊る

いい感じに酔いが回ってきた先生は「僕はこの舞いで以って検校の霊を慰めようと云う微衷(びちゅう)なのだが、検校に見て貰うと云うのは無理だ。だから舞いの足拍子によって、その音のリズムで目(ま)のあたり彷彿させようと云うには、廊下を踏み鳴らすに限る」といいます

そして「あら、困るわ」という奥さんの言葉も受け付けず「春のやよいの、あけぼのに」と越天楽今様を始めてしまいました。下に引用させていただいたのは大変貴重な百閒先生の肉声です。最後には歌声も入っていますので、次の句「よもの山べを見渡せば」の音と重ねてみましょう。

それに応じて「座に残った検校がお箸を持って、そこいらのお皿や鉢を目くら滅法に敲きながら」「ぴいるか、まんちゃん・・・・・・」と「わけの解らぬ事を唱え出した」というようにどんちゃん騒ぎが続いていきます。

旅行などの情報

宮城道雄記念館

宮城道雄氏の資料を集めた日本で初めてとなる音楽家の記念館です。ロビーには百閒先生愛用の琴も展示。第一展示室には宮城道雄氏が考案した琴が常設されています。また、第二展示室ではCDやDVDの視聴もできて、美しい琴の音色を楽しめるのも魅力です。

また、下に引用させていただいたような昭和23年築の書斎「検校の間」も残されているので、当時の雰囲気も想像しやすいでしょう。

基本情報

住所:東京都新宿区中町35番地
アクセス:大江戸線・牛込神楽坂駅から徒歩約3分
関連URL:https://www.miyagikai.gr.jp/kinenkan

鮨萬の小鯛雀鮨

蛆田百減の手紙の場面で引用させていただいたのは1653年創業の老舗・鮨萬の雀鮨です。ちなみに「餓鬼道肴蔬目録」にも「雀鮨 註 当歳ノ小鯛ノ鮨ナリ」と記述されているように雀鮨は百閒先生の好物でした。鮨萬の小鯛雀鮨はネタが新鮮なことはもちろん、米の配合や醸造酢にまでこだわって握られているのが特徴です。

レストランは大阪の大丸心斎橋店(本館)をはじめとして東京、横浜、名古屋、神戸にも点在しています。小鯛雀鮨以外にも下に引用させていただいたようなカラフルな押し鮨もあるので、一度お試しください。

基本情報

住所:東京都渋谷区宇田川町21-1A館8階(西武渋谷店)
アクセス:渋谷駅から徒歩約3分
関連URL:http://www.sushiman.co.jp/shoplist/#restrant