宮沢賢治「銀河鉄道の夜」の風景(その3)

白鳥区を抜けて

ジョバンニが持っている切符を見た鳥捕り(銀河鉄道の夜その2・参照)は「どこでも勝手にあるける通行券」だと驚きます。鳥捕りと入れ替わるように現れた青年と少年・少女の三人は海難事故に遭い、気付いたらこの列車に乗っていたとのこと。カムパネルラがその少女と楽しそうに会話をしているのを見て、ジョバンニは寂しい気分になっていきました。

ジョバンニの切符

鳥捕り「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」
下に引用した写真で「はくちょう座」の一番下の「くちばし」に当たる星が「アルビレオ」です。

出典:写真AC、夏の大三角形(星座線入り)
https://premium.photo-ac.com/main/detail/2710063&title=%E5%A4%8F%E3%81%AE%E5%A4%A7%E4%B8%89%E8%A7%92%E5%BD%A2%EF%BC%88%E6%98%9F%E5%BA%A7%E7%B7%9A%E5%85%A5%E3%82%8A%EF%BC%89

「窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼もさめるような、青宝玉(サファイア)と黄玉(トパース)の大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。」

「アルビレオ」は以下に引用した天体望遠鏡写真のような(見かけ上の)二重星です。「銀河鉄道の夜」ではそれぞれの星の色からサファイアとトパースに見立てられ、美しい光を放ちながら回転しているように描かれています。

出典:Topoignaz, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons、小望遠鏡で撮影された二重星アルビレオ。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Albireo_through_Celestron_C8.jpg

「切符を拝見いたします。」
「三人の席の横に、赤い帽子をかぶったせいの高い車掌が、いつかまっすぐに立っていて云いました。」

「カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠いろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳んだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。」
車掌「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」
ジョバンニ「何だかわかりません。」
車掌「よろしゅうございます。南十字(サウザンクロス)へ着きますのは、次の第三時ころになります。」

ジョバンニの切符は「いちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したもの」
とのこと。下のようなものだったでしょうか。

なお、文字については、[こころの時代] 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」と法華経の関係とは?で紹介されている説(妙法蓮華経のサンスクリット文字)を参考にして描いてみました(文字の誤りなどあるかもしれませんがご容赦ください)。

出典:管理者作成

鳥捕り「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」

「『もうじき鷲の停車場だよ。』カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較べて云いました。」
「三つならんだ小さな青じろい三角標」とは以下に引用した「わし座」の一等星・アルタイルとその両隣にあるβ星、γ星のことです。なお、アルタイルは日本では「彦星(ひこぼし)」とも呼ばれ、七夕の星としても知られています。

出典:イラストAC、星座図・夏の大三角形2
https://www.ac-illust.com/main/detail.php?id=22030491&word=%E6%98%9F%E5%BA%A7%E5%9B%B3%E3%83%BB%E5%A4%8F%E3%81%AE%E5%A4%A7%E4%B8%89%E8%A7%92%E5%BD%A22&data_type=&from_order_history=

ジョバンニは鳥捕りに声をかけようとしますが、下に抜粋するように鳥捕りの姿はありませんでした。
「ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺をつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり・・・・・・ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊こうとして、それではあんまり出し抜けだから、どうしようかと考えて振り返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。」
カムパネルラ「あの人どこへ行ったろう。」
ジョバンニ「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕はどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」
カムパネルラ「ああ、僕もそう思っているよ。」
ジョバンニ「僕はあの人が邪魔なような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」

海難事故にあった青年たち

鳥捕りと入れ替わるように、青年と姉弟が入ってきます。

「そしたら俄にそこに、つやつやした黒い髪の六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣りには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹かれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。」

とのことです。また、青年の後ろにいた「十二ばかりの眼の茶いろな可愛らしい女の子」がこう言いました。
「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」
青年「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。・・・・・・わたくしたちは神さまに召されているのです。」
「黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いました。けれどもなぜかまた額に深く皺を刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座らせました。それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。」

燈台看守「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」
青年「いえ、氷山にぶっつかって船が沈みましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発ったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。」

こちらのストーリーは「タイタニック号」の沈没事件がモチーフになっています。下には当時の最新技術を駆使し「不沈船」と呼ばれた豪華客船「タイタニック号」の写真を引用いたしました。

出典:Francis Godolphin Osbourne Stuart, Public domain, via Wikimedia Commons、RMS Titanic departing Southampton on April 10, 1912.
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:RMS_Titanic_3.jpg

青年は続けます。
青年「ところがちょうど十二日目、今日か昨日のあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾きもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧が非常に深かったのです。ところがボートは左舷の方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。・・・・・・私は一生けん命で甲板の格子になったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。・・・・・・俄に大きな音がして私たちは水に落ちもう渦に入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。」
下には「沈没するタイタニック」を主題とした絵を引用いたしました。青年たちはこちらの海のどこかで必死に浮かんでいましたが・・・・・・

出典:Willy Stöwer, Public domain, via Wikimedia Commons、「沈没するタイタニック」Willy Stöwer 画
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:St%C3%B6wer_Titanic.jpg

「川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛い服を着て赤い帽子をかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。」

ジョバンニ「鳥が飛んで行くな。」
カムパネルラ「どら、」
「そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気のようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰れたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫んでいたのです。
『いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。』その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。」
下には渡り鳥が飛び立つ様子を撮影した動画を引用させていただきました。整列して飛んでいる様子から赤帽の信号手が「いまこそわたれわたり鳥」と青い旗をふっているところを想像してみましょう。

「二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬をかがやかせながらそらを仰ぎました。『まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。』女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻りました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。」

すると女の子はカムパネルラに話しかけます。

女の子「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」
カムパネルラ「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」
ジョバンニはたった一人の親友であるカムパネルラを女の子に取られてしまったように感じていました。

「ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談(はな)しているし僕はほんとうにつらいなあ。」
沈んだ気分のジョバンニを乗せて、銀河鉄道はさらにすすみます。
「そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖の上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞(ほう)が赤い毛を吐いて真珠のような実もちらっと見えたのでした。」
以下にはとうもろこし畑の写真を引用いたしました。ジョバンニたちが見ていたのはこちらのような光景だったでしょうか。

出典:写真AC、トウモロコシ畑
https://www.photo-ac.com/main/detail/24423976&title=%E3%83%88%E3%82%A6%E3%83%A2%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%82%B7%E7%95%91

「カムパネルラが『あれとうもろこしだねえ』とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま『そうだろう。』と答えました。」

小さな停車場での音

「そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。」

「小さな停車場」のモデルについては不明ですが、下には岩手軽便鉄道の駅の一つ「柏木平駅」の大正時代の写真を引用いたしました。

出典:植田啓次 著『岩手軽便鉄道案内』,成文社,大正4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/948243 (参照 2025-01-31、一部抜粋)
https://dl.ndl.go.jp/pid/948243/1/8

「その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子は風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。
 そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律が糸のように流れて来るのでした。『新世界交響楽だわ。』姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高い青年も誰もみんなやさしい夢を見ているのでした。」
以下にはドボルザーク「新世界より」第二楽章に宮沢賢治が詩をつけた「種山ヶ原」という歌の動画を引用させていただきました。こちらの曲は「遠き山に日は落ちて」から始まる「家路」として有名ですが、「銀河鉄道の夜」で流れてきた「新世界交響楽」は「春はまだきの 朱( あけ ) 雲を(種山ヶ原の歌い出し)」をイメージしていたと思われます。

「(こんなしずかないいとこで僕はどうしてもっと愉快になれないだろう。どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、僕といっしょに汽車に乗っていながらまるであんな女の子とばかり談しているんだもの。僕はほんとうにつらい。)」

「ジョバンニはまた両手で顔を半分かくすようにして向うの窓のそとを見つめていました。すきとおった硝子のような笛が鳴って汽車はしずかに動き出し、カムパネルラもさびしそうに星めぐりの口笛を吹きました。」

汽車のなかには「新世界交響楽」の旋律と、上に引用させていただいた「星めぐりの歌」の口笛が響いていました。

旅行などの情報

宮守川橋梁・釜石線

めがね橋とも呼ばれる5蓮のアーチ橋で昭和18年に完成しました。大正4年竣工の旧橋の一部を利用しているためレトロな雰囲気が残り、「日本土木遺産」や「近代化産業遺産」に認定されています。こちらの橋を渡る「岩手軽便鉄道」の姿が「銀河鉄道の夜」のモチーフになったともいわれ、近年では下に引用させていただいたようなライトアップも実施中。デートスポットとしても人気です。

橋梁観光の駐車場として利用できる「道の駅みやもり」ではわさびの加工品など岩手のお土産品を扱っています。また電車の場合はJR釜石線の宮守駅(駅から徒歩約8分)をご利用ください。釜石線の隣駅・遠野駅は座敷わらしや河童などの伝説の宝庫としても有名です。併せて内田康夫氏の推理小説「遠野殺人事件(・・・の風景その1・参照)の事件現場・五百羅漢にも立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

基本情報

【住所】岩手県遠野市宮守町下宮守30-37-1
【アクセス】JR宮守駅から徒歩で約8分
【参考URL】https://tonojikan.jp/tourism/megane-bridge/