宮沢賢治「銀河鉄道の夜」の風景(その1)

旅のはじまり

貧しい家の家計を支えるため「ジョバンニ」は新聞屋や活版所で働いています。そのため学校の友人とは疎遠になり、いじめっこからは嫌がらせを受けるようになります。ある日ジョバンニは、配達し忘れた牛乳を受け取るために外出しました。その途中、街中で「銀河のお祭」を楽しみますが、牛乳店の近くの丘で眠り込んでしまい・・・・・・

授業の風景

「銀河鉄道の夜」のはじまりは「午后の授業」で先生が星座の図を見ながら質問をするシーンです。
「『ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。』先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問をかけました。」

以下には星座の図(左は北半球、右は南半球)を引用いたしました。こちらの図では「天の川」が横方向に「白くけぶった」ように描かれています。

出典:Milenioscuro, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Celestial_chart_(asterisms_and_areas)_(esp).png

なお、「午后の授業」が行われた小学校のモデルとなっているのは宮沢賢治が通った「花城(かじょう)小学校」とされています。下には明治41年に再建された校舎の写真を引用させていただきました。

出典:宮沢賢治・花巻市民の会公式サイト、明治41年築花城小学校校舎
https://ihatovstn.jp/

校舎の中での以下のような場面をイメージしてみましょう。
「カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。」

ところが先生はそんなジョバンニの挙動に気づきます。
先生「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」
「ジョバンニは勢よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。」
とあります。
「先生はしばらく困ったようすでしたが」、他の生徒に目を向けました。
先生「ではカムパネルラさん。」
「するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。」
ジョバンニはこのように考えます。
「このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ」
「カムパネルラ」はジョバンニの数少ない友人の一人でした。

出典:See page for author, Public domain, via Wikimedia Commons、宮沢賢治(6歳)・トシ兄妹。、森荘己池『宮沢賢治』小学館、1943年1月30日。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Miyazawa_Kenji_and_Toshi.jpg

なお、「銀河鉄道の夜」の主人公「ジョバンニ」のモデルは賢治自身、親友のカムパネルラは妹のとしをモデルにしているという説もあります。上には小学校低学年のころの宮沢賢治と妹としの写真を引用いたしました。

活版所でのつらい仕事

ジョバンニが「朝にも午后にも仕事がつらく」といっているのは、朝は新聞配達、午後は活版所でアルバイトをしていたからです。
「家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲ってある大きな活版処にはいってすぐ入口の計算台に居ただぶだぶの白いシャツを着た人におじぎをしてジョバンニは靴をぬいで上りますと、突き当りの大きな扉をあけました。」
下には活版所のモデルとされる「大正活版所」付近のストリートビューを引用いたしました。現在は照井だんご店(2021年閉業)となっていますが、建物は当時のものとのこと。賢治はこちらの活版所に「春と修羅」の自費出版を依頼し、二階にあった作業場でお手伝いもしていました。

「中にはまだ昼なのに電燈がついてたくさんの輪転器がばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働いて居りました。」

下には大正時代に使われていた手動の印刷機(手フート)の写真を引用いたします。

出典:大阪出版社 編『最新活版印刷業案内』,大阪出版社,大正14. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790 (参照 2025-01-24、一部抜粋)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790/1/64

「ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子に座った人の所へ行っておじぎをしました。その人はしばらく棚をさがしてから、
『これだけ拾って行けるかね。』と云いながら、一枚の紙切れを渡しました。ジョバンニはその人の卓子の足もとから一つの小さな平たい函をとりだして向うの電燈のたくさんついた、たてかけてある壁の隅の所へしゃがみ込こむと小さなピンセットでまるで粟粒ぐらいの活字を次から次と拾いはじめました。」

出典:大阪出版社 編『最新活版印刷業案内』,大阪出版社,大正14. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790 (参照 2025-01-25、一部抜粋)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1017790/1/38

上には活字函と原稿を片手に、活字を拾う作業の写真を引用いたします。こちらのような小さな活字をたくさん集める作業は、小学生のジョバンニにとっては重労働でした。
ジョバンニはその日のアルバイト代をもらうと、パン屋に寄ってから家に向かいます。
「パン屋へ寄ってパンの塊を一つと角砂糖を一袋買いますと一目散に走りだしました。」

母は病気がちで父は不在

ジョバンニは病気勝ちの母と二人暮らしで、漁師の父は北方の漁に出たまましばらく帰っていませんでした。
「ジョバンニが勢よく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫いろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆が下りたままになっていました。」
ジョバンニ「お母(っか)さん。いま帰ったよ。工合悪くなかったの。」
お母さん「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼しくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」
ジョバンニ「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」
お母さん「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」

下には大正時代以降の宮沢賢治生家付近の写真を引用させていただきました。賢治の生家は質や古着商を営んでいた大きな家だったのでジョバンニの家のモデルではないと思われます。ジョバンニの家は「裏町の小さな家」、「三つならんだ入口」などとありますので、こちらの大通りを少し脇道に入った長屋のような家であったと想像しておきましょう。

出典:宮沢賢治・花巻市民の会公式サイト、賢治生家近くの豊沢町
https://ihatovstn.jp/

ジョバンニ「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。・・・・・・今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。・・・・・・お父さんが監獄へ入るようなそんな悪いことをした筈がないんだ。」
・・・・・・
お母さん「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」
ジョバンニ「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」
ジョバンニのお父さんは捕獲が禁止されていたラッコの密漁に関わっていたため、投獄されたとのうわさがたっていたようです。このこともジョバンニが友人たちから冷たい扱いを受ける要因の一つでした。
・・・・・・
ジョバンニ「今夜はみんなで烏瓜(からすうり)のあかりを川へながしに行くんだって。」
お母さん「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」
お母さんの牛乳の配達が忘れられていることを知ったジョバンニは、牛乳屋に取りに行くついでに「銀河のお祭」を見てくるといって家を出ます。

銀河のお祭

街にはプラタヌスの木にたくさんの豆電燈が飾り付けられたり、子供たちが「青いマグネシヤの花火」で遊んだりしてお祭りムードです。
「時計屋の店には明るくネオン燈がついて、一秒ごとに石でこさえたふくろうの赤い眼が、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子の盤に載って星のようにゆっくり循(めぐ)ったり、また向う側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。そのまん中に円い黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾ってありました。」

こちらの時計屋のモデルは花巻市上町で営業していた「萩野時計店」ともいわれています。下には昭和初期の萩野時計店の写真を引用いたしました。ここでは左側のショーウィンドウにネオン燈をともり、星座早見のまわりを宝石が星のようにめぐっている美しい光景をイメージしてみましょう。

出典:『非常時岩手の展望』,岩手タイムス社,昭和13. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1032938 (参照 2025-01-25、一部抜粋)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1032938/1/16

時計に見入っていたジョバンニでしたが、お母さんのために牛乳を受け取りにきたことを思いだします。牛乳屋にいってみると、しばらくしてからもう一度来てくれとのこと。ジョバンニが近くで時間をつぶそうとすると、
「十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、向うの橋へ行く方の雑貨店の前で、黒い影やぼんやり白いシャツが入り乱れて、六七人の生徒らが、口笛を吹いたり笑ったりして、めいめい烏瓜の燈火を持ってやって来るのを見ました。その笑い声も口笛も、みんな聞きおぼえのあるものでした。ジョバンニの同級の子供らだったのです。」
こちらのシーンが描かれた場所については以下に引用させていただいたような写真とその詳しい考察(その下に引用)があります。

出典: 宮沢賢治・花巻市民の会公式サイト、賢治生家近くの下町
https://ihatovstn.jp/

角に「和用雑貨」の看板が見える。こちらの写真には電柱が見えないので明治45年以前のものと思われる。この通りの先には北上川に架る朝日橋がある。
「銀河鉄道の夜」には、「十字になった町のかどを、まがらうとしましたら、向ふの橋へ行く方の雑貨店の前で、」・・・・・・とあり、作品の描写とイメージが重なる。

出典: 宮沢賢治・花巻市民の会公式サイト
https://ihatovstn.jp/old-photo/streets/

ここでは右側の雑貨店の少年の位置に、いじめっこのザネリたちの姿を置いてみましょう。

「『川へ行くの。』ジョバンニが云おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、
『ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。』さっきのザネリがまた叫びました。
『ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。』すぐみんなが、続いて叫びました。」

銀河鉄道の駅が出現

「ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、急いで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラが居たのです。カムパネルラは気の毒そうに、だまって少しわらって、怒らないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。」
「ジョバンニは、なんとも云えずさびしくなって、いきなり走り出しました。」
ジョバンニは牧場のうしろの「黒い丘」にのぼり、
「頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。」

とのこと。
なお、「天気輪」は賢治の造語で、何を表すかについてはさまざまな説があります(ウィキペディア天気輪・参照)。

出典:陸地測量部 編『陸地測量部年報』昭和8年度,陸地測量部,昭5至13. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1116221 (参照 2025-01-27、一部抜粋)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1116221/1/3

「そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍のように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃い鋼青のそらの野原にたちました。」

上には賢治の時代は三角測量に使用された三角標(高覘標)の写真を引用いたしました。ここでは、こちらのような四角錐の構造体がジョバンニの頭の上で光り輝いている様子を想像してみましょう。
「するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって・・・・・・」
という奇妙な現象が起きました。
「ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦ってしまいました。」
とあります。

旅行などの情報

宮沢賢治記念館

賢治の故郷・花巻にはジョバンニの通う小学校やアルバイトをしている活版所など、「銀河鉄道の夜」の舞台とされる場所が数多くあります。花巻周辺で賢治めぐりの旅行をされる場合は「宮沢賢治記念館」を起点にするのもおすすめです。こちらには詩や童話の原稿のほか、賢治の世界観を「宙(そら)」・「科学」・「芸術」・「祈」・「農」の5つのジャンル分けにして詳しく紹介しています。

館内のミュージアムショップでは賢治関連や地元のお土産・グッズを販売、敷地内の「山猫軒」では「山猫すいとん」などのオリジナルメニューが人気です。賢治の設計にもとづく「ポランの広場」という花壇(上に引用させていただきました)も隣接しているので食後の散策を楽しんでみてはいかがでしょうか。

基本情報

【住所】岩手県花巻市矢沢1-1-36
【アクセス】JR新花巻駅から車で約5分
【参考URL】https://www.city.hanamaki.iwate.jp/

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