村上春樹著「風の歌を聴け」の風景(その1)

作品について

この小説は毎年のようにノーベル文学賞候補になる村上春樹氏のデビュー作です。東京の学生である「僕」が帰省中の神戸で「鼠」なる相棒などと共に過ごす物語。20代最後の歳の「僕」が大学生時代(1970年)を回想する形式で描かれています。断片的なストーリーが散りばめられ村上氏の小説のなかでも解釈が難解な作品とされます。

ここでは小説内に登場する風景を1970年当時の情報を付記しながらご紹介していくことにします。因みに1970年は大阪万博が開催された年(3月から9月まで)。お茶の間にはテーマ曲の「世界の国からこんにちは」が流れていました。政治では佐藤栄作内閣が成立し中曽根康弘元首相が防衛庁長官に任命されました。プロ野球では川上監督率いる巨人軍の全盛期。王・長嶋を擁してV6を目指してしました。

序章

デレク・ハートフィールド

冒頭近くに「文章について多くのことをデレク・ハートフィールドに学んだ」とあります。「僕」がハートフィールドの小説を入手したのは中学3年生の夏休み。テレビの普及率が低かった当時、読書は現代よりも人気の高い娯楽でした。そのハートフィールドは1938年、母が亡くなった直後にエンパイヤ・ステートビルの屋上からヒトラーの肖像画を抱えて飛び降りたとあります。下はエンパイヤ・ステートビルの写真。この作品の最初の風景となります。衝撃的なので飛び降りるシーンは想像したくはありませんが、マンハッタンの景色を見渡せるアメリカでも有数の超高層ビル。絶景スポットとしても人気の観光地です。

ジェイズバー

村上氏の作品でたびたび登場するジェイズバーは「ジェイ」なる中国国籍のマスターが経営するお店。東京の大学が夏季休暇に入り、帰省した「僕」は特にやることもなく毎日のようにここでビールを飲んで過ごします。下に引用させていただいた写真は映画「風の歌を聴け」でロケ地として使われた「HALF TIME」のものです。レトロな雰囲気が残り村上春樹氏のファンからも聖地の一つとされる場所。ここでは「一夏でプール一杯分」のビールを飲み干し、フライドポテトやピーナッツなどを食べる「僕」の姿を想像してみます。

鼠の車・フィアット600

「僕」の相棒になる鼠の愛車は「フィアット600」でした。この物語の3年前、飲み屋で知り合った「僕」を乗せて酔ったまま運転。ハンドル操作を誤り公園の垣根に突っ込みます。下は鼠と同タイプの車種の写真です。ルパン3世の愛車「フィアット500」にも似た可愛い姿ですね。園内の電柱に衝突しボンネットが10mも飛んだという激しい損傷でした。

公園の猿たち

午前4時の衝突音は公園内に響き渡ります。飼育されていた猿たちも叩き起こされひどく腹を立てたとの表現があります。下の写真は村上春樹ファンの聖地としても人気の打出公園です。今ではお猿さんたちはいなくなり檻のみが残っています。ここでは破壊された車を見ながら茫然とする「僕」と鼠、それに加え猿たちが大きな声で鳴く姿を想像してみます。

ビールの自販機

車が破壊されても2人は怪我一つしませんでした。鼠はその運の良さを理由に「僕」とチームを組むことを提案。お祝いも兼ねて公園の自販機でビールを買います。ビールの自販機は未成年の飲酒を防止するなどの理由で多くが撤収され、今では街中であまり見られなくなりました。ここでは日が昇りかけた時間帯、下の写真のような自販機で購入した缶ビールを数本ずつ持って海に向かう二人の姿を想像します。

ジェイズバーにて

チームを組んだ二人ですが特別な活動をするわけではありません。主にジェイズバーでビールを飲みたわいもないことを語る毎日。いつも本を読んでいる「僕」に向かって鼠は「なざ本なんて読む?」と質問。読んでいたフローベル著「感情教育」なる小説のページをめくりながら「僕」は「死んだ作家の小説だから(大抵のことが許せそう)」と回答します。ちなみに「感情教育」はパリで法律を学ぶフレデリックなる青年が主人公。二月革命などの歴史を背景に恋愛などを通して成長する物語が描かれています。

鼠という相棒とジェイズバーで平和な生活を送る「僕」にちょっとした事件が起こります。次回もお楽しみに。

旅行の情報

HALF TIME

こちらは映画「風の歌を聴け」でジェイズバーのロケ地として使われたお店です。現在でも1970年代のジャズなどが流れ当時の雰囲気を残しています。テーブル席の横には現役の「ピンボール」があり次作の「1973年のピンボール」にも思いを馳せられます。
[住所]兵庫県神戸市中央区琴ノ緒町5-4-11西川ビル2F
[電話番号] 078-241-8957
[アクセス]JR三ノ宮駅から徒歩2分

打出公園

こちらはフィアット600が突っ込んだ公園として登場します。上で述べたように今ではお猿さんはいませんが檻は残り当時の様子を想像することができます。隣接する「打出図書館」もこの小説の中盤に町の風景の中で「古い図書館」として登場します。特に夏を中心に下のような緑のツタに囲まれた美しい景色を見せてくれます。中学生からの学生時代を村上氏が送った芦屋市打出エリアは村上ワールドに浸れる場所となっています。
[住所]兵庫県芦屋市打出小槌町15
[電話番号]0797-38-2470(都市建設部街路樹課)
[アクセス]阪急バス・国道打出で下車
[参考サイト]http://www.city.ashiya.lg.jp/shisetsu/uchide_ke.html