井上靖著「夏草冬濤」の風景(その4)
親戚を訪問
11月頃、洪作は母方の親戚である「かみき」なる屋号の家に転校の挨拶に行くことになります。遅くなったのは「しろばんば」でも登場したわがままな二人姉妹や横柄な小父さんたちが洪作には馴染めなかったからです。もとは沼津一の呉服問屋だったところで「広い入口には何枚もの硝子戸がはまっていた。くもり硝子なので、家の内部は見えない」という風景です。下に引用させていただいたのは恵那市で栄えた豪商の家・木村邸です。この写真を利用して、豪華な入口に戸惑いながらも一人で入っていく洪作の姿をイメージしてみます。
英語の宿題
一通り挨拶をすませた後、小母さんから姉の蘭子の宿題を見てあげてという依頼があります。蘭子は高飛車な態度で洪作に問題を読み上げた後、外に出かけてしまいます。腹が立ちますが仕方なく言われたとおりノートの切れ端に英文を書きつけて教科書にはさみ「かみき」を辞します。下に引用させていただいたのは大正時代の女学校の英語教科書です。洪作がいらいらしながらかわいい挿絵ページの間にノートの切れ端を投げ入れている風景を想像してみます。
蘭子は美人?
ここで「かみき」の蘭子と妹・れいこについて洪作の友人・塚越の言を引用します。
蘭子・・・女学校の1年(洪作より2つ年下)。美人で勉強もできることで有名だった
れい子・・蘭子の妹。運動は何をしてもうまい。勉強はできない(はず)
蘭子が美人で有名ということが信じられなかった洪作は次の日、増田たちにも見てもらい意見をもらおうとします。詳細は記述しませんが結果的に増田たちは御成橋で蘭子と出会い少し言葉を交わします。下の写真で奥に見えるのは大正時代の御成橋です。ここで女子に免疫のない増田たちが顔を赤くしたり青くしたりしている姿をイメージしてみます。
その事件以降、洪作たちの間ではことあるごとに蘭子のことが話題になりました。増田は意に反して悪口をいい小林は「あ、向こうから、蘭子がきた!」などいって皆をからかいます。ある日、登校中に蘭子が所属する女学校の遠足グループとすれ違いますがそこで洪作は大失態をしてしまいます。下に引用させていただいたのは掛川市にある旧東海道の松並木の写真です。洪作の通学路にも当時はこのような風景が広がっていました。この写真の向こうからやってくる女学生の団体とそれにどきどきしながら歩く洪作たちの姿を置いてみます。
祖父が訪問
年も押し迫ってきたころ祖父の文太が三島の洪作の下宿を訪れます。成績が下がったことを心配する洪作の母からの依頼で近いうちに中学に近い沼津の寺に下宿することになります。洪作とともにその下見をするために来たとのこと。普段、沼津までは徒歩で通っていますがこの時ばかりは祖父とともに電車に乗ります。下の写真は昭和時代まで走っていた三島ー沼津間の市電の風景です。どんなお寺に預けられるのか不安に思う洪作といつものように苦虫をかみつぶしたような不愛想な表情をした祖父の姿をイメージしてみます。
住職には20歳くらいの男勝りの娘(郁子)がいて、お寺での生活の心得をいくつか申し渡されます。「ここは禅宗のお寺だから、きびしいわよ。ぐだぐだする子はきらいよ。勉強もし、運動もし、本堂のお掃除も手伝いなさい」など。また朝一にはお風呂に水を汲むなどの作業が待っているとのこと。今とは違う厳しい毎日のことを考え「俺、嫌だ」と祖父に向かっていいます。下に引用させていただいたのは「妙覚寺」の風景写真です。小説の「妙高寺」のモデルとなったところで井上靖氏が実際に沼津中時代に下宿していました。ここでは、重い気持ちで門から出てくる洪作と「なかなかいい寺だ」と珍しく機嫌の良い祖父の姿を並べてみます。
冬休みに入る前に通信簿を渡されますが洪作のクラスでの順位は12・3番ほど下がってしまいます。一緒に通学する増田や小林に順位を抜かれ暗い気持ちになります。下に引用させていただいたのは大正時代の通信簿の写真です。当時は甲乙丙丁の4段階評価が一般でした。洪作の通信簿には点数やクラスでの順位も記入されていたようです。ここでは「通信簿を開いた時は、自分の目を疑った」と記述もある洪作の少し青い顔を思い浮かべてみます。
次の日からは冬休みに入り洪作の不快感もすぐに収まります。次回はしばらく帰っていない故郷・湯ヶ島に帰省する場面となります。
旅行の情報
妙覚寺
洪作が祖父・文太に連れられて下宿のお願いにいったお寺です。第二次大戦の空襲で本堂などは焼けてしまいましたが鐘楼は当時のままとのこと。小説でも「ここには鐘楼があって、大きな釣鐘が下がっている」との記述があり、文太からは鐘をつく仕事は「お前の仕事に丁度いい」ときめつける場面もあります。境内には井上靖氏の文学碑も設置されています。
【住所】静岡県沼津市志下530
【電話】055-935-5010
【アクセス】沼津駅から徒歩約25分
【参考サイト】https://www.city.numazu.shizuoka.jp/shisei/profile/bunkazai/jiinn/myoukaku.htm