井上靖著「夏草冬濤」の風景(その6)

思春期に入る

にきびとり美顔水

正月が明けて沼津に戻った洪作は三学期を迎え、また増田や小林との通学が始まります。ちょっとしたことでかっとなる洪作に対し小林は「洪作が憤るのは思春期だからなんだ・・おまえが憤るんではなくて、思春期が憤るんだから仕方がない」といいます。「思春期の第一の特徴としてはにきびが出てくる。お前は出ていないが、増田はにきびで苦労している」とも。下に引用させていただいたのは桃谷順天館の「にきびとり美顔水」の写真です。明治18年から販売している歴史の長いもので増田がつけていたものと同タイプと思われます。「増田のカバンの中から、にきびとり美顔水という瓶入りの液体が発見されて・・・増田はみなから美顔水、美顔水と呼ばれて、すっかりしょげてしまった」とあります。

同人雑誌

一月の終わりの昼休み、洪作たちの三年の教室に藤尾たち四年生が数人でやってきます。藤尾は教壇に上がり先生のものまねをして笑わせた後、詩の同人雑誌を出すので維持会委員を募集するとの演説をします。金枝もはきはきとした口調で補足。洪作は改めてこの詩人の卵たちに魅了を感じます。下には古い校舎の教壇付近の写真を引用させていただきまました。中央では藤尾が演説し周辺で金枝や木部などが見守る風景を思い浮かべてみます。

中華料理店に誘われて

一ノ瀬洋三に誘われ維持会員になることを決意した洪作は洋三とともに藤尾の家を訪ねることになります。藤尾は二人にラーメンをご馳走してくれることになりいきつけの中華料理店に案内します。当時の旧制中学では親と一緒でない限り飲食店に入ることは禁止されていたとのこと。「いいのかな、ここへはいって」と心配する洪作に対し「俺が見張っててやる。早く入れよ」と藤尾が命令口調でいいます。二階にある部屋は「卓を並べてある部屋と、それとは別に四畳半ぐらいの畳敷きの小部屋があった」とあります。藤尾は洪作と洋三を小部屋に誘ってラーメンをオーダーします。その後、木部や金枝なども合流し遊びの相談などをします。金枝の柔和さや頭の良さ・エネルギーにあふれた木部の行動力、大人びてユーモアある藤尾の態度などに更に魅かれていきます。

英泉の美人画のような・・・

三月の期末試験が終了した日、親しくなった金枝に誘われ藤尾のお見舞いに行くことになります。胸が痛いといって試験をボイコットて落第したため父親から外にでることを許されないとのこと。家では藤尾のお姉さんがでてきて「金枝さん、連れださないでね」と念を押します。金枝は学校の文集にお姉さんのことを「顎(あご)の張った美人」と書いたため悪い印象を持たれています。一方、木部は「英泉の浮世絵に生き写し」と褒めたため好意を持たれているとのこと。下がその英泉(溪斎英泉)の浮世絵の一つです。金枝も木部も表現が違うだけで思っていることは同じのようです。ここでは、後から藤尾の家にきた木部がみんなに色事師などとはやされる場面をイメージしてみます。

千本浜での徒競争

その後、洪作は藤尾や金枝、木部、餅田とともに千本浜に遊びにいきます。海岸まで出ると木部が一人ずつタイムを競うことを提案。藤尾が腕時計でタイムを計ることになります。運動神経のいい木部が最初に走ります。次に金枝も独特のフォームで駆け抜けますが木部よりは三秒遅れます。餅田が走った後、最後に藤尾と洪作が一緒に走りますがそこで事件が起きます(詳細は本文でどうぞ)。下に引用させていただいてのは大正二年に発売された日本初の腕時計です。この小説の舞台は大正11年頃ですから藤尾の腕時計は相当高価だったのではないでしょうか?ここでは、このようなタイプの時計を見ながら各々のタイムを計る藤尾の姿を想像してみます。

金枝たちと親しくなるにつれて一緒に通学していた増田や小林との間は疎遠になっていきます。詳細は本文でお楽しみくださいね。

旅行の情報

藤尾に連れて行ってもらった中華料理店はダルマ軒なるお店でした。今はその跡地しか残っていないので当時のラーメンを食べられません。ここではその替わりに沼津の駅前で評判の「ラーメン安富」をご紹介します。基本の醤油ラーメンは優しいスープともちもちの手打ち麺との相性が抜群。お酒のシメにも最高です。その他、塩や味噌ラーメンも美味しいと評判。お腹が減っているときなら人気のチャーハンも併せてみてはいかがでしょうか。

【住所】静岡県沼津市高島町27-2
【電話】055-925-0511
【アクセス】沼津駅から徒歩約4分
【参考サイト】http://www.at-s.com/gourmet/article/asian/ramen/184375.html