井上靖「北の海」の風景(その6)

金沢での生活(その2)

四高柔道部の練習を見学し、下宿先も決まった洪作は(北の海の風景その5・参照)、次の日から四高生に交じって練習を行うことに。南という一年の猛者にあっけなく投げられた洪作に対し、マネージャーの権藤は弱い奴でも強い奴に勝てる柔道(=寝技)を学ぶことを勧めます。また金沢で浪人中の大天井という豪傑と出会い、強烈な印象を受ける場面も追って行きましょう。

南に大敗して

金沢に到着した次の日から、権藤の指示で四高の練習に加わります。そして、いきなり「南」という一年で最も強い長身の生徒と対戦させられました。「洪作はこれまでに、これほど逞しい体をした青年を見たことはなかった。まさに仁王とか金剛力士とかいう、仏法守護の神に似ている」とあります。

また杉戸がいうには「僕らと同じ一年生です。あいつは立ち技は天才ですよ。中学の時ろくに練習もせんと二段をとってる」とのことです。下のような金剛力士像の写真から南の姿をイメージしてみましょう。

出典:bijutsushitan, CC0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kong%C5%8D-rikishi(Vajrap%C4%81%E1%B9%87i)_open-mouthed_form,_H%C5%8Dry%C5%AB-ji.jpg

洪作は大きな壁のような南に立ち向かっていきますが「相手の大きな体が動いたかと思うと、洪作は自分の体がふいに宙に舞い上がるのをかんじた」とのこと。いきなり内股で一本、続けて左の内股で二本目をとられます。

あっけなく敗れた洪作にマネージャーの権藤はこう言います。「君は負けたが、相手が君よりも強かったから仕方がない。・・・・・・君も来年四高に入ったら、弱い奴でも強い奴に勝てる柔道をやるんだな」。

下には講道館のYouTube公式チャンネルから内股の動画を引用させていただきました。紅白帯のかたを南に見立てて、洪作(黒帯のかた)が1・2分の間に2回続けて投げられる光景を想像してみます。

大天井との初対面

四高の柔道場に通いはじめて数日した頃、杉戸や鳶たちが洪作の歓迎会をしてくれることになります。集合場所は、以前洪作に手紙をくれた大天井という豪傑の家でした。

大天井の下宿は煙草屋の二階とのこと。ここでは下に引用させていただいた家屋(浦安市郷土博物館・旧本澤家住宅)を大天井の下宿家に見立ててみます。

出典:Suikotei, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Urayasu_City_Folk_Museum_03.jpg

こちらの二階を杉戸や洪作が下宿を訪ねると、大天井は下の写真のような碁盤を囲んで、老人と対座していました。大天井の姿は「南ほど背は高くないが、肩幅はむしろ広いくらいで、堂々たる体格を持っている。顔全体が大きく、従って目も鼻も口も大きい。受験生である筈であるが・・・・・・どう見ても立派な社会人である」と描かれています。

出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/2720370&title=%E5%9B%B2%E7%A2%81%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8

杉戸が「お邪魔します」と入っていくと
大天井「いま、大切なところだ。―――客を使って悪いが、階下に行って、茶を持って来てくれ」
杉戸「まだ大分かかりますか」
大天井「かかる」
杉戸「鳶が肉を持って来ます」
(大天井はうわの空で)
大天井「よし、何でも持って来い。持って来たら、置いて、帰ってよろしい」
杉戸「困っちゃうな、これだから碁打ちは嫌いだ」
老人「困っちゃうな、まことに困っちゃうな。これだから碁打ちは嫌いだ」

このあと、碁石をがちゃがちゃいわせながら「勝負は明日に持ち越しですな」という大天井に対し、老人が「明日は私の家に来ませんか。四、五人集めておきます」と返しました。

洪作の歓迎会

鳶が竹の皮に包んだ牛肉を調達してくると、杉戸が野菜と酒を買いに出かけていきます。鳶は牛鍋をつくるために縁側に七輪を出して、火おこしを始めました。下に引用したのは美味しそうな牛鍋の写真です。以下にはこちらでの会話を引用しておきましょう。

おばさん(下宿の主人)「鳶さん、そこはまだ煮えていないんでしょう。落着いてお食べなさいよ」
杉戸「育ちが悪いんだこいつ」
おばさん「あんたも、ひとのことは言えないよ。箸で押えているのはおやめなさい」
杉戸「こうしていないと、持って行かれてしまうんだ」
鳶「そんなことをするか」
杉戸(大天井の方を見て)「ごっそりさらって行くのは、鳶ではなくて、こっちだ」
大天井「どういう方法を用いてもいいんだ。肉は食わねばならぬ。仕合は勝たねばならぬ。肉をひとより余分に食えぬようでは、仕合にも勝てん」
おばさん「まあ、この人は大きなことを言う・・・・・・試験にはちっとも合格しないじゃないか」
・・・・・・「大天井も老婆にかかると、全然意気が揚がらなかった」とあります。

出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/1422691&title=SUKIYAKI%21%21

富野からのメッセージ

歓迎会の次の日は稽古が休みのはずでしたが、鳶は高専柔道大会での先輩たちの仕合ぶりを批判しているところを三年生の富野に聞かれ、彼から道場に出るように命じられていました。杉戸と洪作も友人の鳶を見守るために無声堂にやってきますが、結局、三人とも富野と対戦することに!富野は「寝技では全国高専柔道では有名な選手」ですが、鳶や杉戸は善戦します。

練習後、富野は(鳶と杉戸に対し)「今日ぐらいの仕合をすれば二人とも立派なものだ。・・・・・・来年の武徳殿の仕合は楽しみだ。来年は君たち二人を中心にして選手を組むようになるだろう」といいます。

下には武徳殿での高専柔道大会の雰囲気をイメージできる写真を引用させていただきました。六高の選手が新兵器「前三角絞め」を繰りだす場面とのことです。

出典:当時の新聞社, Public domain, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sankakujime-2.jpg

富野「俺はな・・・・・・今日限りで、もう道場には顔を出さん。・・・・・・君たち二人がよくなったんで、安心して、道場を離れることができる。洪作君も、来年四高にはいって、鳶や杉戸を救けてやってくれ。大天井も最近勉強しているようだから、来年ははいれるだろう。そうすれば、南、宮関、大天井と超弩級が三人になる。しかし、この大ものに頼っていたら絶対にだめだな。俺は稽古で叩き上げて行けば、鳶や杉戸の方が大成すると思う。」
(更に続けて)
富野「今年の高専大会で一番いい柔道を見せたのは、六高の山根だ。小さい白帯の選手だが、どこかの大学の予科とやった時、黒帯を三人押えた。実にきれいな、ほれぼれとするような決め方だった。少しも無理がなく、理に適っており、体の動きはリズミカルで、敏捷で、しかも大胆だった。俺は見ていて、これが本当の俺たちが理想とする柔道だと思ったな」

以下に引用させていただいたように、六高の山根には山根登一郎氏という実在のモデルがいらっしゃったそうです。また、対戦記録についての資料も掲載されていて、「小内刈」や「十字逆」、「横四方」といったさまざまな技で相手を倒したことがわかります。

山根氏の方は大正15年の高専大会において
大阪医大予科との試合で3人抜きしています(「続・闘魂」)。
―中略―
どうやら「高専柔道教」マニアの間では、
「北の海の『六高の山根』=山根登一郎氏」は、
周知の事実だったらしい。

出典:あなたの道場♪「あこう堂」日記、訂正記事(「北の海」→「北の国から」の高専柔道の話)
http://blog.livedoor.jp/akoudou2008/archives/1695181.html

また、富野は鳶から受けた高専柔道大会での仕合ぶりへの批判に対し「君に言われなくても、俺もそう思っている。勝たなければならぬのに勝てなかった。どうしてああいうことになったか、俺にはその理由が判っている・・・・・・稽古不足だよ。時間的には必ずしも不足とは言えないだろう。しかし、その時間を生かした稽古をしたかということになると、甚だ怪しい。俺は思うんだが、研究の時間を増やすことだな・・・・・・研究だけの時間を、夜に作ってもいいだろう」

そして「昼も柔道、夜も柔道・・・・・・いいじゃないか、それで・・・・・・高校は柔道をやり、大学へ行ったら勉強する・・・・・・そうと決めてしまえば、何の問題もない」

そういい残し、夕方の汽車で故郷の四国に去っていきました。

権藤の意外な姿

富野が帰ったあと、無声堂にマネージャーの権藤が道場にやってきて、胡散臭そうに「お前ら、どうした?」といいます。以下権藤との会話を抜粋します。
杉戸「いま、稽古を終えたところです」
権藤「休みだというのに稽古をしたのか」
杉戸「富野さんに引っ張り出されました・・・・・・鳶が分けて、僕が三角でおとしました」
鳶「どうも、富野さんは俺たちに花を持たせてくれたんじゃないかと思う。・・・・・・天下の富野が杉戸の三角にはひっかからんと思う」
権藤「まあ、素直に受けとれ。富野という人はそんな小細工を弄する人物じゃない。・・・・・・今年いっぱいやれば、お前ら、南もとれるし、宮関もとれるだろう。頭の方は望みはないが、柔道の方は望みはある」
と権藤はうれしそうに言います。

一旦道場の外に出た三人が、権藤の様子を覗きにいってみると、そこには座禅をする姿がありました。「道場の内部には夕闇が立ち込めていた。薄暗い中に、権藤の姿が置物か何かのように浮き上がって見える」とあります。ここでは上の写真右側の柔道場(畳部分)に、静かに座る権藤の姿を置いてみましょう。

権藤は「実力のない理論家で・・・・・・口やかましいので、みんなに嫌われる」が、「哲学書や宗教書を読み、座禅を組み、専ら修養を心掛けている」人物です。三人はそれぞれの感慨を抱きました。
鳶「俺も座禅をやるかな。権藤の弟子になるかな。―――修養を忘れてはいかん。人間、絶えず修養」
杉戸「修養、修養、修養」
そして「洪作は座禅を組んでいるのを見るのは初めてであった。いいものだと思った。毎日稽古の時見る権藤とは、全く違った権藤を眼にした思いであった」

大天井の風格

柔道の練習後、繁華街の香林坊周辺を歩いていると杉戸が「お、大天井がきた」といいます。「白い絣の着物に小倉の袴をはき、着物の片方の袖をまくって、大きな団扇で胸に風をいれながら、ゆったりと足を運んでくる。洪作はそうした大天井の姿を見た瞬間、大天井が天狗に見えた」とあります。

下にはその大天井の姿をイメージできそうな天狗像の写真を引用しました。

出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/26729402&title=%E5%8F%A4%E4%BA%95%E3%81%AE%E5%A4%A9%E7%8B%97%E5%B1%B1+%E5%A4%A7%E5%A4%A9%E7%8B%97%E5%83%8F

なお、大天井のモデルは、のちに四高柔道教師や名古屋大学柔道部師範をつとめた小坂光之介(こさかみつのすけ)氏です。下に引用させていただいたようなDVDも提供されており、多彩な寝技を見ることができます。

こちらのパッケージの小坂光之介氏の写真は「北の海」のころに比べるとお歳は召していますが、天狗を思わせる風格は変わっていないのではないでしょうか。

出典:株式会社クエスト公式サイト
https://www.queststation.com/products/DVD/SPD-3513.html

大天井に仕送りが

大天井は「金が来た・・・・・・持つべきものは親だ。ちゃんと金を送って来てくれる。親というのは有難いものだ。それで、俺は参考書を買いに来た。一冊ぐらい参考書を買わんと申しわけがない。杉戸、よさそうなのを選んでくれ」と「天狗らししからぬ神妙なことを言った」とあります。
その後の会話を抜粋してみます。
杉戸「よし、俺が選んでやる。と言っても、何の参考書を買うのかな」
大天井「任せる」
杉戸「任せると言っても、それはだめですよ。英語の参考書は何冊もあるから、国語の参考書がいいでしょう」
大天井「国語は苦手だな。国語だけは、だめだな、俺は」
杉戸「苦手だから買うんですよ。それにしても、国語の参考書もあるじゃないですか。蓮実さんから貰った」
大天井「だめだ。あれは古い。あれでやったから落ちたんだ。もっと新しくて効果的のがあるだろう」
杉戸「じゃ、探してみましょう」
大天井「早く買って来い」
杉戸「一緒に見に行かなくては」
大天井「贅沢を言うな」

下には昭和初期の香林坊・片町エリアの写真を引用させていただきました。右側には石川県で最古の書店チェーンとされる宇都宮書店が写っています。ここでは、杉戸が国語の参考書を選ぶために、こちらのお店の中に入って行くところを想像してみましょう。

出典:JTBの「日本の路面電車Ⅲ」より。, Public domain, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:KatamachiTramSh%C5%8Dwashoki.jpg

参考書選び

杉戸は仕方なく一人で書店に入り、国語の参考書を探します。ここでは下に引用させていただいた大正時代の金沢の書店のなかに、少し不満そうな顔をしながら本を探す杉戸の姿を置いてみましょう。

書店の外では大天井と鳶が以下のような会話をしていました。
大天井「みんなに何を食わせてやるかな。鰻か」
鳶「今日はてんぷらがいいな。鰻は明日にしたらどうか」
そして鳶は「てんぷら」とライオンのような吠え声で怒鳴りました。

杉戸は、参考書を買って書店から出て来ると「これが一番纏まっていると思う」といって大天井に渡します。下に引用させていただいた国語の参考書(現代文解釈法)も大正時代に発刊されたものとのことです。杉戸が選んだ参考書については明記されていませんが、こちらの本からも大天井たちの時代の雰囲気を感じられるのではないでしょうか。

杉戸「最初の一頁からやらなければだめですよ。とばしたらだめだ。・・・・・・そういう性質の参考書ですからね」
大天井「くどいなお前は。―――たかが参考書の一冊や二冊、読み方もくそもあるか。―――お前にはもうてんぷらは食わしてやらん」
杉戸「処置なしだな。・・・・・・今日はてんぷらは結構ですよ。下宿で泥鰌鍋が待っている。―――それより、明日どこかへ遊びに行きたいから、その方を頼みますよ。洪作君をどこかに連れて行ってやらないと、いかにも可哀そうだ。金沢に来ても道場しか知っていない」
大天井「そうか、じゃ、明日海を見に行くか。日本海を見て浩然の気を養うか」
鳶「今日はてんぷら、明日は海か」

「書店の前で大天井と鳶とに別れた」洪作たちは杉戸の下宿に向かいます。ここでは片町通を犀川方面に向かったと仮定して、大正時代の犀川大橋(中央部左右に橋の欄干)周辺の写真を引用しました。

出典:金沢電気軌道, Public domain, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kanazawa_City_Tram_Line(10).jpg

以下は下宿に帰る途中、杉戸と洪作は大天井の噂話をします。
洪作「豪傑ですね」
杉戸「あれが来年入ってくれるとね」
洪作「頑張りは利くでしょう、あの体では」
杉戸「柔道の頑張りは利くが、勉強の方はどうかな。試験前でも、睡眠だけはたっぷりとらんと、頭がはっきりしないと言っている。今年の冬は、睡眠時間のことで蓮実と大喧嘩したらしい。蓮実が睡眠時代を詰めて勉強させようとしたら、吝なことを言うなと、彼は怒鳴ったらしい」
このような噂を聞いて洪作は「自分までが気が大きくなって行くのを感じた」とあります。

旅行などの情報

鈴木大拙館

権藤の座禅の場面を受けて、金沢にある禅に関連したスポットをご紹介します。こちらは、金沢出身の有名な仏教哲学者・鈴木大拙氏の思想を伝える施設となります。「展示空間」と「学習空間」は大拙氏の書などが展示され、禅についての知識を学ぶスペースです。また、「思索空間」では森の音を聴きながら畳敷きの椅子で座禅を組むこともできます。

ほかにも「水鏡の庭」では下の写真のような波紋が定期的に発生するしかけが施されていて、リラクゼーション効果も期待できるのではないでしょうか。

出典:金沢市, CC BY 2.1 JP https://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/deed.en, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%A4%A7%E6%8B%99%E9%A4%A8001.jpg

基本情報

【住所】石川県金沢市本多町3-4-20
【アクセス】金沢駅からバスに乗りかえ、本多町で下車
【参考URL】https://www.kanazawa-museum.jp/daisetz/index.html