村上春樹著「1973年のピンボール」の風景(その3)

鼠の物語

この小説で鼠が初めて登場するの場所はジェイズバー。「風の歌を聴け」でも大学時代、夏休みに帰省した「僕」と毎日のようにビールを飲んでいたところです。

秋のジェイズバー

友人だった「僕」も就職してしまい夏に帰省する友人も減ってきた鼠。例年、秋になると寂しさを実感します。一方、中国人バーテンダー・ジェイにとっても「秋は決して喜ばしい季節ではなかった」とあります。「店の客は目に見えて減っていた・・・店を閉める時間になっても、フライド・ポテト用にむいた芋がバケツ半杯分残っているという有様」。鼠とジェイは「まるで年老いた夫婦のように肩を寄せ合って過ごした」と語られています。下に引用させていただいたのは1970年代ころのトースターの写真です。「今に忙しくなるさ」と慰める鼠に対し「アイスピックの先でトースターに着いたバターの脂を落としながら疑わし気に・・どうかね」というジェイの姿をイメージしてみます。

鼠の日常

鼠は大学を辞めた後、定職につかず父のマンションで生活しています。鼠の父は事業に成功した大金持ちでマンションも立派。「実にゆったりと設計された2DKで、エア・コンと電話、17インチのカラーテレビ、シャワー付きのバス、トライアンフの収まった地下の駐車場、おまけに日光浴には理想的な洒落たベランダまでが付いていた」とあります。そして「穏やかな午後の時間を、鼠は籐椅子の上で」送ります。下に引用させていただいたのは快適そうな籐椅子の写真です。「時折、いくつかの感情の波が思い出したように彼の心に打ち寄せた」とあるように何か満たされない鼠の日常を想像してみます。

女性との出会い

そんな鼠の前にある女性が現れます。きっかけは電動タイプライター。「新聞の地方版に毎週掲載される不要物売買コーナーで、ベビーサークルやリンガフォンや子供用自転車の間に電子タイプライターをみつけた」とあります。電話で商談が成立。取りに行った先にいた女性は「ほっそりとした小柄な女で、ノースリーブの小綺麗なワンピースを着ていた。・・・・整った顔立ちで、髪は後で束ねていた」とあります。タイプライターのインクリボンをおまけでもらった鼠はそのお礼にジェイズバーでお酒をご馳走します。下に引用させていただいたのは1970年代のタイプライターの写真です。両脇についている円筒状のものはインクリボンでしょうか。女性と付き合うことで生活の充実感を得た鼠がタイプライターを打つ姿をイメージしてみます。

無人灯台

この小説にはいくつかの印象的な場所が登場します。その一つが無人灯台。「何度も折れ曲がった突堤の先にぽつんと立っていた。高さは3mばかり、さして大きなものではない」とあります。少年時代の鼠が点灯の瞬間を見るために何度も通った場所で今付き合っている女性の家の近くにあります。下に引用させていただいたのは兵庫県西宮市にある今津灯台の写真です。江戸時代に造られたものでこの小説の「無人灯台」の候補ともいわれています。ここでは彼女の家に向かう途中この灯台を通過する鼠が「少年の頃の漠然とした思い(捉えどころのない哀しみ)や夕暮れの匂い」を思い出す姿をイメージします。

霊園の風景

もう一つ印象的な場所が「山頂に近いゆったりとした台地に広がっている」霊園です。鼠が高校生の時は「バイクの背中に女の子を乗せ」デートした場所。そして今つきあっている女性とも一緒に過ごす場面があります。下に引用させていただいたのは小説に出てくる霊園のモデルとされる「芦屋市霊園」の写真です。ここでは「日曜の午後に家族を連れて自分の眠る場所を確かめにやってきた。そして高台から墓地を眺め、うん、これなら見晴らしも良い・・・」と満足して帰っていく墓地の持ち主の姿をイメージしてみます。

更に墓地のスピーカーから流れる音楽も特徴的でした。下に引用させていただいたのは「オールド・ブラック・ジョー」のオルゴールの動画です。鼠が聴いていたのもこのような音だったでしょうか?ちなみにこの曲はアメリカの作曲家フォスターによるもので妻の実家で働いていた黒人の老撲ジョーがモデルとされています。友人を失い年老いたことを歌った物悲しい曲調です。

前に進めない?

水曜日の夜中に目を覚ました鼠は「一センチも前に進むことのできぬ自分にうんざり」します。「女と出会い初めてから・・・限りない一週間の繰り返しに変わっていた・・・土曜日に女性と会い、日曜日から火曜日までの三日間その思い出に耽った。木曜と金曜、それに土曜の半日を来たるべき週末の計画にあてた・・そして水曜日だけが行き場所を失い・・・」とあります。眠れなくなった彼はジェイズバーへ。閉店後でしたがジェイはビールを取り出しジュークボックスの鍵を鼠に渡します。下に引用させていただいたのは「マッカーサー・パーク」の動画です。ジェイの自宅での唯一の話相手である猫について話している時に流れた曲。ここではビールを飲む鼠と下戸のジェイの姿を思いながら聴いてみます。

旅行の情報

今津(いまづ)灯台

鼠の少年の頃の思い出がある無人灯台のモデルとして登場した建築物です。有名な蔵元・大関酒造の5代目当主が江戸時代に建てたもので現役の木造灯台としては日本最古とされています。暗くなると緑色に点灯。特に夕暮れ時が美しいと評判です。
【住所】兵庫県西宮市今津西浜町
【電話】0798-33-1298
【アクセス】阪神久寿川駅から徒歩約15分
【 参考HP 】 https://nishinomiya.mypl.net/mp/douraku_nishinomiya/?sid=36170