宮本輝著「天の夜曲」の風景(その6最終回)

長崎から戻った熊吾は、「関西中古車業連合会」の立ち上げに本腰をいれます。一方、妻の房江のほうは富山での心細い生活のためぜんそくにかかってしまいます。

夏休みのおわり

夏休みも終わりに近づきますが、大阪に行った熊吾からは生活費の送付もなく、房江のもとには「財布には百円札が一枚と、十円玉が三つあるだけ」という苦境になります。一方、伸仁の宿題はたくさん残っていて、日記を書くために過去の天気を友人に教えてもらうなど大忙しです。

下に引用させていただいたのは、夏休みの宿題として昭和の定番だった「夏休みの友」の一部です。ここでは、伸仁があわただしくラストスパートをしている姿をイメージしてみます。

神武景気

伸仁は夏休みの間なにをやっていたかといえば、親に無断で柔道場に通い、月謝を払うために年下の子分たちに「落ちている釘とか針金とかを集めろと命じ」ます。そうして夏休み一杯で屑鉄屋から得た報酬は五十二円ほどでした。

当時のサラリーマンの平均月給3万円という物価を考えても、割が合わないアルバイトです。下に引用させていただいたのは、昭和31年ころの(東京の)子供たちの姿です。この写真を利用して、釘を探している子供たちの姿をイメージしてみます。

通天閣の再建

一方大阪にいる熊吾は、新会社の立ち上げのため大忙しです。大阪周辺の開発も進み、「新世界と呼ばれる一帯の、食堂や飲み屋が並ぶ路地を歩き、ほぼその全形をあらわした通天閣の再建工事に見入った」あります。

下に引用させていただいたのは、昭和31年に完成したばかりの通天閣の写真です。ここでは、この立派な建物を下から眺める熊吾の姿を想像してみます。

富山ともお別れ

熊吾はぜんそくの房江を大阪に連れ帰り、新事業の立ち上げが落ち着くまでの期限付きで、伸仁を富山の知り合いに預けることにしました。富山に来た時と同じ商人宿に宿泊し、鳥すき鍋でささやかなぜいたくをします。

下に引用させていただいたのは、このころ伸仁がはまっていた、五代目古今亭志ん生さんの「二階ぞめき」なる落語の動画です。ここでは「えー、一席うかがいます」と元気よく声を張り上げる伸仁の姿をイメージしてみます。

大阪での新事業の成功可否や、家族と離れて暮らす伸仁はどうなるのか、などについては、宮本輝氏の流転の海・第五部「花の回廊」に続きます。魅力的なSNS投稿を引用させてもらいながら、小説の世界をイメージできる記事をアップしていきますので、引き続きご愛顧をお願いいたします。

旅行の情報

通天閣

明治時代末に造られた通天閣の初代は戦災で焼け、 熊吾が中古車連合会の立ち上げをしている昭和31年頃は再建中でした。

今では観光名所として人気で、「通天閣庭苑」やビリケン像が鎮座する「光の展望台」、床がシースルー構造の「跳ね出し展望台」などの名所があります。また、江崎グリコや 日清食品 ・チキンラーメンのショップなどもあり、家族でも楽しめるスポットです。
【住所】大阪市浪速区恵美須東1-18-6
【アクセス】堺筋線の恵美須町駅から徒歩3分
【参考サイト】https://www.tsutenkaku.co.jp/index.html

富山城址公園

戦国時代に築城され、富山前田家の居城となったお城跡を利用した公園です。小説の最初と最後で熊吾たちが宿泊する、商人宿がある雪見橋からも15分の距離にあります。

敷地内には富山市郷土博物館などがあり、武具などの貴重な展示品も豊富です。公園脇に乗り場がある松川遊覧船は、桜や紅葉がきれいな人気のアクティビティになります。
【住所】富山県富山市本丸1
【アクセス】JR富山駅から徒歩10分
【参考サイト】https://www.info-toyama.com/attractions/11008