宮本輝著「慈雨の音」の風景(その4最終回)

中古車販売店の立ち上げ

熊吾は駐車場の管理人業務の傍ら、念願だった中古車販売店の立ち上げももう一歩のところまできました。一方で、糖尿病が悪化し、改善のためにウォーキングを続けます。伸仁が育てた鳩とは別れの時期が訪れ、熊吾にとっては因縁の人物・海老原太一が自殺というニュースが飛び込んできます。

鳩のヒナは育ったが・・・

クレオ(パトラ)と名付けた白い鳩は、ヒナから成長しますが飛ぶことや自分で餌をついばむことができません。「親離れ、巣離れというものをさせなければ、この鳩はこれから先、永遠に狭い鳥籠のなかで、練り餌を人から与えられて生きつづけることになるのだ」と熊吾から注意された伸仁は、鳩を籠から出して訓練します。

その結果、「東は淀屋橋の少し向こうまで、西は船津橋あたり。南は靭公園周辺。北は大淀区の自分の学校近く」と1~2km四方程度を飛べるようになります。下にはクレオのような白い鳩の写真を引用させていただきました。ここでは「戻ってきて物干し竿にとまったクレオの頭を指先で撫でて、オノミを十粒ほど掌にのせた」伸仁の姿をイメージしてみましょう。

クレオとの別れ

駐車場を管轄するシンエー・タクシーの常務から鳩を飼うことを禁止された伸仁はクレオを外の世界に戻す決心をします。お別れの場所はヨネの散骨を行った余部鉄橋でした。かごから出して鉄橋から放つと「クレオは、いったん餘部駅のホームに舞い降りて、それから日本海へと飛んで生き、旋回して方向を転じて陸地のほうへと戻ろうとした」とあります。

下にはそのシーンをイメージしたAI画像を掲載しました。せつない気持ちでクレオを見送る伸仁でしたが、別れを通して成長もしていきます。

糖尿病が進行

熊吾の脚にできたおできを診察してもらったところ「糖尿病が進んじょるから傷が治らん」との診察結果で、放っておくと「脚を切断せんと」いけない状態になると脅されます。「とにかく酒をやめて歩け。食後三十分たったら、靭公園まで歩き、公園を三周して歩いて帰れ。」といわれます。

下に引用させていただいたのは1962年(昭和37年)の靭公園の写真です。ここではテニスの試合を遠くから眺めながら外周をウォーキングする熊吾の姿を置いてみましょう。

ジャンジャン横丁

海老原太一の自殺を知った熊吾は、観音寺のケンに(海老原の悪事の証拠を)渡したことが原因かもしれないと考えます。熊吾はシンエー・タクシー社長の柳田との打ち合わせ後に駅に向かう途中、ジャンジャン横丁に入っていきます。そこは「雨で商売ができなくなった大道香具師たちが・・・何軒も並ぶ串カツ屋の軒下で雨やどりしていた」という梅雨らしい風景。

下に引用させていただいたのは昭和時代の(晴れた日の)ジャンジャン横丁の写真です。ここでは「(太一が)生きちょったら、また何かの縁でお互いに心を通わせるようになって、ジャンジャン横丁の串カツ屋で立ったままコップ酒を飲みながら・・・ふたりで笑える日がきたかもしれんぞ」と思う熊吾の姿をイメージしてみましょう。

こんな女に誰がした

さらに駅の方に歩いていくと「それぞれ異なる流行歌が何曲もあちこちから響き・・・通天閣の下に来たときには、『こんな女に誰がした』という歌詞だけが鮮明に聞こえた」とあります。「こんな女に誰がした」は以下に動画を引用させていただいた「星の流れに」に出てくる歌詞です。映画の主題歌にもなった人気曲でしたが、太一の所業や死の原因が自分にあると責められているように感じた熊吾は「でめえでなったんじゃ」とつぶやきます。

中古車のハゴロモ

「九州と四国で梅雨が明けたと気象庁が発表した日の午後、鷺洲の店舗とその横の土地の持主から電話があり、敷金を安くする代わりに、少し家賃を上げさせてもらうということで手を打とうと持ちかけて来た」ため、熊吾はすぐに契約を結びます。能の演目を店名にしようと考えた熊後は伸仁に初めて見せた能は「羽衣」から「中古車のハゴロモ」と名付けます。

下に引用させていただいたのは1961年(昭和36年)の自動車販売店の写真です。左下には中古車のハゴロモで最初に売れた初代ブルーバードの姿も見られます。

「中古車のハゴロモ」の土地が事故物件で、幽霊が出るという噂があることを知った熊吾と伸仁が夜中に確かめに行くシーンがあります。そして「幽霊、出たようなもんやねん」と伸仁に言わせるような事件が起きますが詳細は小説にてお楽しみください。今後熊吾の起こした中古車会社が成功するかどうかは「流転の海第7部・満月の道」で風景を追っていく予定です。

旅行の情報

大江能楽堂

観世流大江家5世又三郎(竹雪)氏が明治41年に創建した現存する最古の能楽堂です。2月・5月・9月・12月の4回の定期能が開催されていて、今年(令和5年)の場合、「慈雨の音」と関連する演目では第二回の5月6日に「羽衣」が予定されています。三段の階段状の座敷で収容人数は約400名。自然な柔らかい光を利用した施設で幽玄の世界を堪能できます。

なお、予約をすれば見学も可能なのでご興味のある方は公式サイトからお問い合わせください。

住所:京都府京都市中京区押小路通柳馬場東入橘町646
アクセス:地下鉄東西線・市役所前駅から徒歩約4分
公式サイト:https://www.asahi-net.or.jp/~tn4m-ooe/

靭公園

昭和30年に飛行場跡を利用してつくられた公園で、東京ドームおよそ2個分と大阪でも有数の規模があります。東園と西園があり東園には下に引用させていただいたようなバラ園やケヤキ並木といった散策スポット、西園はテニスコートを中心にしたエリアです。東・西の外周は約2kmありランニングスポットとしても人気があります。また、外周にはおしゃれなカフェも多いので散策やデートにも活用できるでしょう。

住所:大阪市西区靭本町2-1-4
アクセス:四つ橋線・本町駅から徒歩約5分
参考サイト:https://www.osakapark.osgf.or.jp/utsubo/