宮本輝著「慈雨の音」の風景(その3)

五年後のオリンピック開催が決定

「慈雨の音」の舞台となる昭和三十四年(1959年)は東京でのオリンピックが決まった年。岩戸景気(1958年~1961年)やオリンピック景気(1962年~1964年)で象徴される経済的に上向きの時代です。ビタミン剤での治療により体が丈夫になった伸仁は、中学一年を無事に卒業します。

伊勢湾台風の被害

「九月二十六日に紀伊半島の潮岬の西方に上陸した台風十五号は、伊勢湾台風と名付けられたが、日本の人々がその被害の大きさを正確に知ったのは、かなりあとになってからだった」。十一月最後の日に熊吾は移動中のバスや市電の中で「伊勢湾台風がなぜこれほど甚大な被害をもたらしたかを解説する新聞記事を読みふけった」とあります。

下に引用させていただいたのは当時の新聞の写真です。満潮時と重なったことや都市の人口の過密化などが原因との解説にうなずきながら、災害の写真に見入る熊吾の姿をイメージしてみます。

北への帰還事業の記事も

蘭月ビルで伸仁と仲の良かった月村兄妹は母の再婚相手とともに北朝鮮へ渡ることになっていました。「北朝鮮へ帰る人々を乗せた最初の船が出港するのは十二月十四日である」ことは分かっているが「帰還者たちには優先順位があるのか。」と、熊吾は新聞を隅々まで読みますが、情報は得られません。

下に引用させていただいたのは最初の帰国船の写真です。話は前後しますが月村敏夫と光子の兄弟がどこかに乗っていると想像してみましょう。

鯉のぼりでお見送り

十二月十四日の初便に乗ることになった月村兄弟は、十二月十日の夜に大阪駅から新潟まで移動することになります。警戒が厳重のため大阪駅での見送りは不可と知った熊吾は、なんとか伸仁に友人の見送りをさせてやりたいと考えます。思いついたのが河原でライトアップした鯉のぼりを、淀川を渡る鉄橋(列車)の上から見てもらおうという作戦です。

下に引用させていただいたのは愛知県の半田運河で開催される鯉のぼり祭りの一場面です。ここでは、「夜釣り用の大きな懐中電灯」に照らされた鯉のぼりを眺めながら別れを惜しむ月村光子たちの姿をイメージしてみます。

鳩のひなを育てる

年が明けて昭和三十五年の三月になると、伸仁は鞄の中に「小さな桃色のボールのようなもの」を持って帰ってきます。房江が何かとたずねると「卵から孵って五日目の鳩の鄙」とのこと。友人で伝書鳩を飼っている池内兄弟からもらったとのことです。

下に引用させていただいたのは生まれて数日の鳩のかわいいヒナの写真です。ここではイネ科の穀物・マイロや七味唐辛子の原料ともなるオノミ(麻の実とも)などをすり鉢で砕き、耳かきで丁寧にエサやりをする伸仁の姿を想像してみましょう。

中学1年を終了

明日から春休みという日、伸仁は「房江が編んだ丸首のセーターに着替えて階段を駆け下りて」きて、友人たちのたまり場ともなっている西岡君の家に遊びにいくといいます。西岡君の母からたびたび菓子をふるまわれていることを聞いていた房江は「何かそのお礼をと考えて、きのう梅田の百貨店に行った際にクッキーの詰め合わせを買っ」てあるので、持って行ってくれといいます。

下に引用させていただいたのは1927年(昭和2年)に創業した泉屋のクッキー缶の写真です。ここでは、中学の一年間が終了した充実感と明日から休みという開放感に浸る伸仁がクッキー缶を袋に入れて走っていく姿をイメージしてみましょう。

「慈雨の音」の風景は次回が最終回となる予定です。伸仁の鳩は無事育つのか?念願の中古車販売店の開業を果たすのか?などを追っていきます。

旅行などの情報

半田運河の鯉のぼり

伸仁たちが月村兄弟を鯉のぼりで見送る場面で引用させていただいたイベントです。50匹を超える鯉のぼりが風にたなびく風景は壮観で、昼夜ともに楽しめます。

また、運河の周辺は黒壁に囲まれた蔵の街歩きをするのもおすすめ。カブトビールの製造工場として誕生した半田赤レンガ建物では、復刻カブトビールを飲みながら美味しい料理をいただけます。

住所:愛知県半田市中村町
アクセス:JR半田駅から徒歩約5分
参考サイト:https://www.city.handa.lg.jp/kanko/kanko/event/koinobori.html
令和5年の鯉のぼり:4月8日~5月7日(ライトアップは18:00~22:00)

泉屋のクッキー缶

伸仁の友人へのお礼の品として引用させていただいたクッキー缶です。アメリカ人宣教師から教えてもらったクッキーのレシピをもとに、創業者夫妻が日本人の好みに合うように改良し完成させました。リングターツをはじめとしてココナッツクッキーやフルーツバーなど14種類もありさまざまな味を楽しめます。

浮き輪のシンボルマークが付いた缶は昭和27年からと長い歴史があり、「慈雨の音」にも出てくる「阪急百貨店うめだ本店」のほか全国の百貨店などで購入できます。レトロ缶以外にも下に引用させていただいたような「ねこ缶」などのバリエーションもありますので、公式ツイッターも覗いてみてください。

クッキー缶について(公式サイト):https://izumiya-tokyoten.co.jp/cookies/
店舗リスト:https://izumiya-tokyoten.co.jp/shop/