夏目漱石「吾輩は猫である」の風景(その3)
猫世界から人の世界へ
「どこまでも人間になりすましているのだから、交際をせぬ猫の動作は、どうしてもちょいと筆に上りにくい」とあるように「吾輩」は仲のよかった三毛子(「吾輩は猫である」の風景その2・参照)が亡くなったこともあり、人との付き合いのほうがメインになっていきます。今回は迷亭や寒月が競い合うようにユニークな怪談を語る場面を中心に、ストーリーを追っていきましょう。
迷亭の語るホラーストーリー
「去年の暮に僕は実に不思議な体験をしたよ」と迷亭は怪談話を切り出します。暮に静岡の母からの手紙には「小学校時代の朋友」が戦死したことや「(母が)初春の御雑煮を祝い候も今度限り」などという「心細い事」が書かれています。
そして「土手三番町の方へ我知らず」歩いていくと「何時の間にか例の松の真下に来ているのさ」といいます。例の松とは土手三番町の「首懸の松」のことで「誰でもこの松の下へ来ると首が縊りたくなる」と有名な場所でした。「神楽坂の方から汽車がヒューと鳴って土手下を通り過ぎる」「大変淋しい感じ」がするともあります。
下に引用させていただいたのは明治時代ごろの土手三番町(現在の市ヶ谷駅周辺)のあたりの風景です。こちらの線路右の土手に迷亭氏の姿を置き、松を見上げている姿を想像してみます。
寒月も迷亭に対抗して怪談を
水島寒月も「私などは自分でやはり似た様な経験をつい近頃したものですから、少しも疑がう気になりません」といって語り始めます。「忘年会兼合奏会」の席で知り合いの女性が「急に発熱して、いろいろな譫語(うわごと)を絶え間なく口走る・・・・・・その譫言のうちに私の名が時々出て来る」ことを知ります。
「あの婦人が急にそんな病気になった事を考えると・・・・・・にわかに滅入って」しまい、ふらふらしながら吾妻橋のたもとにきました。「人力車が一台馳けて来て橋の上を通りました。その提灯の火は・・・・・・段々小さくなって札幌ビールの処で消えました」との淋しい風景も描かれています。
下に引用させていただいたのは、その吾妻橋と札幌ビール工場の写真です。こちらの写真の中央にある橋のたもとに立ち、婦人の譫言が聞こえる川の中へ飛び込みそうになる寒月君の姿をイメージしてみましょう。
出典:Azuma Bridge, Sumida River,public domain
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Azumabridge-asakusa-taishoera.jpg
お茶菓子は空也餅
迷亭の語りの後には「主人はまたやられたと思いながら何も云わずに空也餅を頬張って口をもごもご云わしている」とあり、「僕のも去年の暮の事だ」と語りだす主人に対して「みんな去年の暮は暗合で妙ですな」という寒月にも「欠けた前歯のうちに空也餅が着いて」います。
下に引用させていただいたのは明治17年に創業したぎんざ空也の空也餅です。ここでは主人たちが今でも大人気のスイーツを美味しそうに食べている姿をイメージしてみましょう。
「吾輩」宛ての吉備団子
親しい猫友達を亡くすという淋しい出来事がありますが「吾輩」は「幸い人間に知己が出来たので左程退屈とも思わぬ」となんとか立ち直ります。また、「吾輩」は主人の友人の間でも有名になり「この間は岡山の名産吉備団子を態々吾輩の名宛てで届けてくれた人がある」とあります。
下に引用させていただいたのは老舗である廣榮堂の吉備団子です。ここでは「主人が吾輩に一言の挨拶もなく、吉備団子をわが物顔に喰い尽くしたのは残念の次第である」と嘆く「吾輩」の姿を想像してみます。
寒月の演説練習
ある日曜日、寒月君が「理学協会で演説をする」稽古のためにやってきます。観客は主人と迷亭氏。タイトルは「首縊りの力学」というユニークなものでした。
下に引用させていただいたのは明治時代のフロックコートの写真です。ここでは「立派なフロックを着て、洗濯し立ての白襟を聳やかして、男振りを二割方上げて」いる寒月君が「罪人を絞罪の刑に処すると云う事は重にアングロサクソン民族間に行われた方法でありまして・・・」と演説を開始する姿をイメージしてみましょう。
旅行などの情報
スーパードライホール
寒月君が身投げをしそうになった吾妻橋のほとりにあった札幌ビールの場所には現在、アサヒビールの本社などが立っています。引用させていただいた写真ではスカイツリーの右に本社ビル、その右側にあるのがスーパードライホールです。スーパードライホールの上には聖火台の炎(=燃える心)を表現した金色のオブジェがそびえ、周辺のシンボルとなっています。
寒月君のように吾妻橋の畔から眺めるのもよし、中にあるビアホール・フラムドールで工場直送の生ビールを楽しむのもよいでしょう。
出典:Nesnad, CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Azuma_bridge_2023_April_19_various_11_22_06_116000.jpeg
基本情報
住所:東京都墨田区吾妻橋1-23-1スーパードライホール1・2F(フラムドール)
アクセス:地下鉄銀座線・浅草駅から徒歩約5分
参考サイト:https://g242901.gorp.jp/
稲川淳二の怪談ナイト
迷亭や寒月の話を読んで、もっと怪談を聞きたくなったらこちらにお出かけになってみてはいかがでしょうか。今年(2023年)で31年目を迎える人気の講演で夏を中心に全国ツアーが行われています。詳細は公式サイトをご確認ください。
基本情報
関連サイト:http://www.inagawa-kaidan.com/schedule/
ぎんざ空也
主人たちが話の切れ目にほおばっていた空也餅の販売店です。空也餅には甘さ控えめの粒あんがたっぷり詰め込まれ、皮はもち米の食感も楽しめます。なお、販売は11月と1月中旬から2月中旬のまでの1ヶ月ずつのみに限定されるのでご注意ください。
ほかにも、上品なあんをさくさくの食感の最中でサンドした空也最中も人気の商品です(下に引用させていただきました)。どちらも売り切れ必至の人気商品ですので予約して購入することをおすすめします。
基本情報
住所:東京都中央区銀座6-7-19
アクセス:東京メトロ銀座線・銀座駅から徒歩約3分
参考サイト:https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13002591/
廣榮堂(こうえいどう)
岡山から吉備団子が送られてきたシーンで登場してもらった1856年創業の老舗です。岡山出身で阿房列車(「第一阿房列車」の風景・参照)の作者でもある内田百閒先生もひいきにしていました。公式サイトには漱石先生とのエピソードも記されていますので引用させていただきます。
私がまだ上京して東京の學校へ這入らない前、岡山名物吉備團子を夏目漱石先生に贈ったところ、請けとったと云うお禮の手紙を戴き、その中に、團子は丸いとばかり思ってゐたが、吉備團子は四角いのだねとあった。經木の棧の格子の中で四角くなったのである
出典:廣榮堂公式サイト
https://koeido.co.jp/story/kibidango/
甘さ控えめで弾力のある食感が特徴で、「むかし吉備団子」や「元祖きびだんご」のほか、白桃味や抹茶味などのバリエーションも豊富です。オンラインショップもありますのでチェックしてみてください。
基本情報
住所:岡山市中区中納言町7-32(中納言本店)
アクセス:東山線・中納言電停からすぐ
参考サイト:https://koeido.co.jp/shop/chunagon/