内田百閒著「第一阿房列車」の風景(その1)
はじめに
昭和の戦前から戦後にかけて活躍した内田百閒(ひゃっけん)氏の小説の風景を追っていきます。ユーモアあふれるテンポの良い語り口は現代人にも読みやすいと評判。特にこの「阿房列車」シリーズは百閒先生の趣味の一つである列車旅がメインに構成され、話の面白さの上に旅行先の当時の様子を知ることができる楽しみもあります。
特別阿房列車
特急はと
「阿房列車」とは観光や仕事などの目的なしで出かける列車の旅のことを自虐的に呼んだもの。初めての阿房列車は東京から大阪への旅です。時代は1950年代。戦後の復興が始まり特急列車なども戦前の状態を取り戻しつつありました。乗りこむ列車は国鉄特急「はと」。上の写真は新潮文庫版の表紙ですが百閒先生が「はと」の1等列車「マイテ49」にて記念撮影する姿が写ったもの。また下い引用させていただいた写真は2018年に「京都鉄道博物館」で展示されたマイテ49です。「はと」のエンブレムもかけられ百閒先生の時代を想起することができます。
1等車に乗りたい方は?
実際に同型の列車が動くのを見たい方は「SLやまぐち号」がおすすめ。下のように「マイテ49」をベースに復刻した1等車がSLにけん引される姿を見ることができます。もちろん搭乗も可能。百閒先生のようにデッキに立って写真をとることもできます。
旅のみちづれ
百閒先生のお供にはいつも「ヒマラヤ山系」なる国鉄職員が同行します。「年は若いし邪魔にもならぬから」との表現されるつかみどころのない人物。先生とのすこしとぼけたやり取りがいい味を出しています。モデルは平山三郎氏。法政大学時代の百閒先生の教え子でした。後に「阿房列車先生」なる回想録を執筆。下の写真の左側にいるのが平山氏です。
乗車までの楽しみ
ヒマラヤ山系の活躍でやっと切符を購入できると、百閒先生はお腹が空いているのに気付きます。東京駅の構内にある精養軒(せいようけん)食堂で「ウイスキイ」と「トウスト」で軽食を済ませます。下は同じ精養軒が現在でも運営を手がける「上野精養軒」の景色。このようなレトロな風景中に少し顔の赤い百閒先生と山系君を想像すると良いかもしれません。
大阪への道程
はとガール
電車内の記述からも当時の様子をうかがうことができます。「ボイが出てきた。年配のおやじである。それで安心した」とあります。当時は特急の乗務員として女性が進出し始めた時代。百閒先生は華やかな女性乗務員より経験のある男性乗務員がいいとのこだわりがあったようです。下に引用させていただいたのは特急「はと」に添乗した「はとガール」の写真。今の航空機の客室乗務員のような花形職業でした。
丹那トンネル
車窓の風景で印象的なのが丹那隧道(ずいどう)の通過場面です。10年ほど前に旅をしたときに入口の壁にコウモリがたくさん張り付いているのを見たとのこと。先生たちは今回もいるのではないかと展望車から見学します。下の写真は現在のトンネル付近の風景。今でもコウモリが住んでもおかしくないレトロな風情です。ちなみにこのトンネルは16年の歳月をかけて昭和9年に開通した歴史あるもの。従来は現在の御殿場線経由だった東海道線が熱海経由にショートカットし当時で50分もの時間短縮となったそうです。
食堂車
当時の特急は東京から大阪まで約8時間。12:30に東京を出発した列車は17:30くらいに名古屋を通過します。先生たちの楽しみの一つが食堂車での食事です。名古屋通過後は夕飯時となり食堂車が混雑するのでその前から日本酒を飲み始めます。名古屋に到着し食堂車から戻った先生はのどが渇き、食堂車から麦酒を取り寄せる場面も!数本飲んだところで大阪に到着します。現在は一部のリゾート列車以外からは食堂車が消えてしまいました。下の写真は昭和時代に活躍した0系新幹線の食堂車。先生の席はパントリ(キッチン)に近い窓際とあります。この写真でいうと奥の右側の当たりに山系君と並んで飲んでいる姿を想像すればよいでしょうか?
とんぼ帰りの列車旅行
行きは1等列車で楽しげに乗っていた先生たちですが大阪→東京は帰らなくてはいけないとう「用事」があるためテンションが上がりません。割いているページ数も短めで浜松駅でけん引を蒸気機関車から電気機関車に変更しているのを見ている場面などが描かれています。鉄道の電気が大阪までつながっていなかった当時は東京・浜松間は電車、浜松・大阪間は蒸気機関車が客車をけん引していたことが分かります。復興が進み電化が進んでいくと次第に蒸気機関車が姿を消していくことになります。下の写真は3代目の浜松駅。昭和23年完成ですので百閒先生の時代には既に完成していました。ホームに出て少し手足を伸ばす先生の姿を想像しても良いかもしれません。同時に山系君が先生に命ぜられてバナナを買いに走っている姿もあります。
旅行の情報
上野精養軒
明治5年にできたフランス料理店・築地精養軒の支店としてオープン。上野公園散策の休憩所としてとしても利用されてきました。価格帯は少し高めですが下の写真のパンダプレートは2680円とお値段も抑えめ。かわいいパンダミルクパンのほか、ビーフシチューやポークソテー、竜田揚げなどが入った大人の「お子様ランチ」です。
[住所]東京都台東区上野公園4-58
[電話番号]03-3821-2181
[アクセス]上野駅公園口から徒歩5分
[参考サイト]https://www.seiyoken.co.jp/
京都鉄道博物館
上野精養軒(東京都)からは少し距離が離れますが、百閒先生の乗車された1等車と同型の車両展示があったところです。こちらの蒸気機関車コレクションは日本でも有数。下のような扇形の車庫に展示されているSLたちの姿は壮観です。有料となりますが乗車体験も可能。京都にお出かけの際はぜひお立ち寄りください。
[住所]京都府京都市下京区観喜寺町
[電話番号]0570-080-462
[アクセス] JR京都駅から徒歩20分
[参考サイト]http://www.kyotorailwaymuseum.jp/