内田百閒著「第三阿房列車」の風景(その1)
長崎阿房列車
長崎行二三等急行「雲仙」
百閒先生の列車旅もこの巻(第三阿房列車)をもって最終になります。「長崎に行こうと思う。行っても長崎には用事はないが、用事の有る無しに拘らず、どこかへ行くと言うことは用事に似ている。だから気ぜわし内ない」とあります。乗り込むのは長崎急行「雲仙」。下に引用させていただいたのは昭和時代のC62の写真です。東京駅を「曖昧(あいまい)な汽笛」の電気機関車の牽引で出発。名古屋で蒸気機関車C62の牽引に切り替わります。ここでは先生がお気に入りの蒸気機関車の迫力のある音を思い浮かべながら旅に出たいと思います。
食堂車で長居
「雲仙の食堂車は定食時間をやかましく言うということを聞いていたので・・・あらかじめ偵察を試みた」という百閒先生。食事の制限時間が気になる先生は給仕さんに「定食を食べて、それから他の料理も食べていいかい」などと回りくどい質問をしてその反応を確かめます。結局、定食時間よりも前に食堂に入り長居をする作戦をとります。下に引用させていただいたのは昭和20年代の食堂車の写真です。この中に先生と山系君、それに加えて山系君の友人2人をイメージしてみます。
話が盛り上がり・・・
飲んでいるうちにいい気分になってきた百閒先生。「段々お酒が廻って来て、私だけでなく、食卓の上が、銀器やお皿までが酔っているらしい」という状態に。 百閒先生の師・夏目漱石の崇拝者だという山系君の友人もいい気分になり「漱石先生を神様のように思う。しかしそれだからといって、いちいち、夏目漱石先生の吾輩は猫デアルといわなくても、漱石の猫で冒涜にならない。或いは猫の漱石でもいい」といいます。更に「内田百閒先生の阿房列車なんで長過ぎる。百閒の阿房でいいだろう。或いは阿房の百閒でもいいね」と続けます。下に引用させていただいたのは「吾輩は猫デアル」の初版本の写真です。ちなみに百閒先生にはその漱石の猫のその後を描いた「贋作吾輩は猫である」という作品もあります。
大村線の景色が見たいが・・・
四人部屋の二等寝台でぐっすり寝ていると列車は九州近くに到達。「博多の次の停車駅鳥栖(とす)から鹿児島本線を離れて長崎本線に入り・・・佐世保線に入り」と進んでいきます。更に「早岐(はいき)で佐世保線から別れて大村線に入り、大村湾の沿岸を走りだした」と記述。先生は「美しい水の色と、その水に照り映える空とを区切った向こうの西彼杵半島の山の姿をよく眺めたい」と思いますが西日が他人に当たるためカーテンを引かざるを得ませんでした。下に引用させていただいたのは写真はその大村線の車窓からの絶景。先生が見たかったのはこのような景色だったでしょうか。
夜は料亭で痛飲!
長崎に宿を取った先生は夜になると「昔から有名だという旗亭へ行き、お酒を飲み、芸妓(げいぎ)が歌を歌った」とあります。小説では明記されていませんが1642年創業の 「花月」なるお茶屋がその舞台です。 箸袋に書いてあった歌の文句「春雨にしっぽり濡るる鶯(うぐいす)の葉風ににおふ梅が香や」が気になった先生は「梅の花が咲くときに、葉はまだ出ていない。葉風が起こる筈がない。矢張り鶯の羽風だろう」と芸妓に尋ねます。「なぜそんなつまらない間違いがすぐ気になるでのしょう」という芸妓に対し先生は「彼女は私共が校正恐る可き暮らしをしている事を知らない」とつぶやきます。下に引用させていただいたのはその花月の現在の写真です。奥に華やかに踊る芸妓たち、手前に痛飲する先生の姿をイメージしてみます。
松井神社の臥龍梅
更に八代まで行き常宿にしていた「松浜軒」に宿泊した先生は近くにある八代城跡に観光に向かいます。散策の途中にあったのが松井神社境内の臥龍梅。「樹齢300余年という。黒くなった幹が地面を舐めるように這い廻って、うねくねして、梅の木とは思えない。大輪の花が咲くそうで、満開したら奇観だろうねと思う」とあります。下に引用させていただいたのは現在の臥龍梅の写真です。先生の執筆当時から100年近く経ってもまだ健在。先生は想像したのはこのような景色だったでしょうか。
旅行の情報
史跡料亭・花月
この料亭の周辺は江戸時代、吉原(東京)や島原(京都)とならんで三大遊郭として栄えた場所。幕末には政治や外交の場所としても使われ、大広間にはあの坂本龍馬がつくったとされる刀傷も残っています。現在は卓袱(しっぽく)料理でも有名なお店。日本の刺身と中国の豚角煮に加え「パスティー」なるミートパイのような南蛮料理などがコースで提供されます。
【住所】長崎県長崎市丸山町2-1
【電話】095-822-0191
【アクセス】路面電車思案橋より徒歩で3分
【関連サイト】http://www.ryoutei-kagetsu.co.jp/
松井神社
百閒先生が臥龍梅を見る場面で登場する神社です。この梅の木は樹齢350年を越える老木で戦国時代に活躍した細川忠興(雅号は三斎)の手植えとされます。梅の木以外にも美しい池や築山など配された庭園があります。景色を楽しみながらゆっくりと散策するのがおすすめです。
【住所】熊本県八代市北の丸町2-18
【電話】0965-33-0171
【アクセス】八代駅からバスを利用。松井神社前バス停で下車。
【関連サイト】https://kumamoto.guide/spots/detail/12695