夏目漱石「吾輩は猫である」の風景(その7)

学生を使ったいやがらせ&その顛末

前回は平和な日々を送っていた珍野家でしたが今回は少し物騒な雰囲気になってきます。主人には理由はよくわかりませんが、家の近くにある私立中学の生徒たちからやってきて騒音や不法侵入などのいやがらせをします。神経が参ってしまった主人のもとを友人たちが訪問して解決策を提案しますが・・・・・・。

落雲館(私立中学校)の生徒たち

主人の家と落雲館の間には空き地があり、寮の生徒たちはそこで弁当を食べたりおしゃべりをしたりしていました。ある時を期に徐々にエスカレートしてきて「この正面において歌をうたいだした。決して三十一文字の類ではない、もっと活溌で、もっと俗耳に入り易やすい歌であった」とあります。騒音に悩まされた主人はある。「恭しく一書を落雲館校長に奉って、少々御取締をと哀願」し、学校との間を仕切るために「高さ三尺ばかりの四つ目垣」を作ってもらいます。

下に引用させていただいたのは東京千駄木の旧漱石邸と周辺の写真です。奥に見えるのが落雲館のモデルとなった郁文館とのこと。ここではその間に四つ目垣を作ってもらって少しほっとした表情の主人の姿を想像してみましょう。

ベースボールの練習またはダムダム弾攻撃?

次に生徒たちが実施したのは野球のボールをダムダム弾(銃弾の一種)に見立てた作戦です。もちろん、主人に危害を与えるわけではなく、四つ目垣の内側に飛び込ませて主人をいらいらさせようという魂胆でした。

明治初期に日本に伝わったベースボールは大学対抗野球などで人気となり、漱石が「吾輩」を執筆している頃には大ブームとなっていました。下に引用させていただいたのは漱石の友人でもあり、野球の普及に貢献した正岡子規のユニホーム姿です。ここでは、このような姿をした生徒たちが主人の家の周辺を駆けまわる姿をイメージしてみます。

鈴木君の語る処世術

「君少し顔色が悪いようだぜ、どうかしやせんか」とやってきた鈴木藤十郎君。彼が金田氏から「いろいろ手を易え品を易えてやって見るんだがね。とうとうしまいに学校の生徒にやらした」と明かされ、主人の様子を見てくるように依頼されたことを「吾輩」は偵察済みです。

精神的に弱っていることを見て取った鈴木君は「まあ何だね。どうしても金のあるものに、たてを突いちゃ損だね。ただ神経ばかり痛めて、からだは悪くなる・・・・・・」と、暗にいやがらせは金田氏の差し金で、彼には逆らわない方が身のためだと忠告します。

下には再度、明治村の漱石邸を引用させていただきました。ここでは、手前側に主人の家に入ったボールを取りにきた学生たちの姿を置いてみましょう。

甘木先生の治療

事件の影響で癇癪が収まらない主人は「かかりつけの甘木先生を迎えて診察を受けてみよう」と考えます。甘木に対し「先生、せんだって催眠術のかいてある本を読んだら、催眠術を応用して手癖のわるいんだの、いろいろな病気だのを直す事が出来ると書いてあったですが、本当でしょうか」と質問する主人。甘木は「ええ、一つやって見ましょうか。誰でも懸らなければならん理窟のものです」と答え実際に催眠術を始めます。

主人がかかったのかからなかったのかは小説にてお楽しみを。ここでは下に引用させていただいたような催眠術の雑誌を興味深げに読む主人の姿をイメージしてみます。

ちなみに、こちらの雑誌の著者・竹内楠三氏は成田中学の校長をつとめた方で、著書の「実用催眠学」が当時の催眠術ブームの元になったともいわれています。国立国会図書館・デジタルミュージアム(実用催眠学)のリンクを下に貼りますので、興味のある方は覗いてみてください。

八木独仙の説法

甘木先生の次にやってきた友人は「ただ顔の長い上に、山羊のような髯を生やしている四十前後の男と云えばよかろう。迷亭の美学者たるに対して、吾輩はこの男を哲学者と呼ぶつもりである」と「吾輩」はいいます。

禅に傾倒している八木独仙という人物で、主人が落雲館事件などで気が滅入っていると嘆くと「ただ出来るものは自分の心だけだからね。心さえ自由にする修業をしたら、落雲館の生徒がいくら騒いでも平気なものではないか」と禅的なアドバイスをします。

下には映画「吾輩は猫である」にて八木独仙が主人に向かって説法をするシーンを引用させていただきました。

旅行などの情報

漱石山房記念館

漱石が晩年の9年間を過ごした「漱石山房」跡を利用し、生誕150年を記念して2017年にオープンした施設です。この場所では「木曜会」なる文学サロンが開かれ、独文学者の小宮豊隆や物理学者でもあった寺田寅彦、作家の鈴木三重吉、内田百閒、芥川龍之介などのメンバーが集いました。漱石はこの地で「虞美人草」や「三四郎」、「こころ」などの名作を生みだし、「明暗」を執筆中に49年の生涯を終えます。

こちらには漱石の作品や俳句のほか、書画のほか取り巻く人々についてのコーナーなどもあり、みどころが満載です。内部には建物の一部が再現され、下に引用させていただいたようなリアルな人形も必見。カフェやミュージアムショップもあり散策途中の立ち寄りスポットとしてもおすすめです。

基本情報

住所:東京都新宿区早稲田南町7
アクセス :早稲田駅から徒歩約8分
参考サイト:https://soseki-museum.jp/

野球殿堂博物館

学生によりダムダム弾攻撃のところで登場してもらった正岡子規氏は、2002年に野球の殿堂入りを果たしています。ちなみに同年に殿堂入りをしたのは盗塁王として知られた元阪急ブレーブスの福本豊さんや通算317勝の名投手で元近鉄バファローズの鈴木啓示さんなどです。

東京ドームに隣接する野球殿堂博物館では殿堂入りした選手の紹介のほか、関連するアイテムなどを展示し、下に引用させていただいたような明治時代からの野球の歴史の資料も幅広くそろっています。なお、無料で入れるミュージアムストアもありますので併せてご利用ください。

基本情報

住所:東京都文京区後楽1-3-61
アクセス:JR水道橋駅から徒歩約5分
参考サイト:https://baseball-museum.or.jp/