内田百閒「贋作吾輩は猫である」の風景(その5)

二晏寺での猫協議会

原典(「吾輩は猫である」の風景その1・参照)ではあまり猫付き合いをしなかった「吾輩」ですが、贋作では猫の協議会に出席するなど、比較的社交的な性格になっています。ちなみに猫の協議会とは(猫に関する)大きな事件があった時に召集されるイベントのようです。今回は五沙弥家の周辺の情報に触れながら、集会の大まかな流れを追っていきましょう。

当時の周辺地図

集合場所の二晏寺(にあんでら)に出かけるにあたり、吾輩は「原典では、向こう横丁の角に二階建の西洋館を聳やかして威張っている鼻子夫人の金田邸や、新道の二弦琴のお師匠さんの家などを自ら踏査して記述して置いたが、この贋典になってから、まだ五沙弥家の近隣の模様を紹介する機会がなかった」と寺に向かう道すがら近隣の紹介をしていきます。

下には贋典が執筆された昭和20年代前半の千代田区五番町~六番町の航空写真を引用させていただきました。中心部にあるマークは「内田百閒旧居跡」、下段には比較のため2019年の地図を掲載します。

2つの写真は約75年の隔たりがありますが、線路や区画の位置はあまり変化がないようです。一方、+マーク右下にある番町小学校は校舎がコの字から長方形になるなど建物の様子は異なっています。なお、三畳御殿と百閒先生自ら名付けた最後の家や、東京大空襲で焼きだされた後に住んでいた掘立小屋はこちら(上写真)に映っているのでしょうか。

六番町6-15に40坪の土地を買い、昭和23年から歿する46年まで住んでいた。

出典:番町麹町地区出張所連合町会地域ポータルサイト
https://jinbutsukan.net/person/1u01.html?lst02
出典:地理院地図、内田百閒旧居跡付近、1945~1950(上)、2019(下)
https://maps.gsi.go.jp/

猫の居る家を紹介(その1)

ここからは吾輩に猫仲間の紹介を聴いてみましょう。まずは近隣の「町内は大廈高楼、甍を連ねた貴族屋敷である。俗にブルジョアなどと云う程度より、もう一つ上の階級に属すると思われる。五沙弥家はその間に伍して、よその屋敷の塀に食っついた物置小屋に類するものである」と五沙弥家をけなすところから始まります。

「道を隔てた向こうに木造の洋館」があり「若いくせに、何となく陰気で上品ぶった猫がいる」。「隣は日本銀行の副総裁である。・・・・・・この家にはアンゴオラ猫がいて、比隣に異彩を放っている」とあります。

アンゴラ猫とはトルコ原産のため「ターキッシュアンゴラ」ともよばれ、長毛が美しく優雅な姿が特徴です。

ターキッシュアンゴラはくさび型の頭部に付け根の広い大きな耳はとがっていて、少しつり上がったアーモンド形の丸い目をしています。

出典:みんなの猫図鑑
https://www.min-nekozukan.com/

下にはなかでも貴重とされるオッドアイ(左右の眼の色が違う個体)の写真を引用させていただきました。

猫の居る家を紹介(その2)

「その次は鍋島侯爵の一門である。屋敷の広い事は町内で随一」で、「ここには威望自ら備わった老猫がいる。おそらく今日の協議会でも、座長はここの鍋島老が勤めるものと思う」。

また「その向こう隣は音楽学校の校長である。混凝土(コンクリート)建の洋館で、波斯(ペルシャ)猫がいる」とあります。下に引用させていただいたのはペルシャ猫の写真です。小説ではきつめの性格に描かれていますので少し態度が大きく見える写真を選びました。

出典:写真AC(一部加工)
https://www.photo-ac.com/main/detail/23194452&title=%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A3

ちなみにペルシャ猫の特徴は、引用文のように鼻がつぶれ気味で愛嬌のあるのが特徴です。

ペルシャはふさふさとした豊かな長毛に全身をおおわれ、足は短めです。金銅色の大きくて丸い目と低い鼻、耳の間が離れているという特徴があります。

出典:みんなの猫図鑑
https://www.min-nekozukan.com/

「官宅の外れが杓子坂であって、坂上に小判堂の本宅がある」。また道の向こう側の「大きな門の並んだ半ば辺りに白い練塀の屋敷がある。長唄の三味線弾きの家元であって、美しい銀猫がいる」とあります。

黒猫が猫櫓に掛かった話

猫の説明はこの辺にして二晏寺の場面に飛びましょう。鍋島老は「杓子坂の味噌問屋のことだが、倉の中に仕掛けた猫櫓(ねころ)に町内の黒が掛かったのをご存じか」と切り出します。「猫櫓と云うのは罠」のこと。「筒になった長細い箱」で「真ん中にうまそうな餌が置いて」あり、中に入るとふたがしまる仕掛けです。捕まった黒は隙間からなんとか逃げることができました。

その時、吾輩は「まるでライネケ狐のヒンツェだ」といい「主人が読んでいた」ライネケという名前のずるがしこい狐を主人公とした物語を紹介します。ライネケに散歩に誘われた猫のヒンツェは穴の奥に「二十日鼠が一杯、うようよしている」と騙され、捕まえようとして狐の罠に掛かります。ヒンツェは負傷しながらも黒と同様になんとか罠から逃げ出したという内容です。

下には内田百閒著(訳)・谷中安規画の「狐の裁判」を引用させていただきました。ここでは原典ゲーテ「きつねのライネケ」ではなく百閒著「狐の裁判」を読む五沙弥先生の姿を想像してみましょう。

猫釣りが出るという話題

続いて「ところが更に恐ろしいことを皆さんのお耳に入れなければならん。已にお聞き及びの猫も居られるかと思うが、この頃急に猫釣りが殖えた」と鍋島老は切り出します。「いきなり、袋をかぶせて、つかまえ」て、「その場でいきなり引き裂いて、くるくると皮を剥いてしまう」とのこと。目的は猫皮を三味線の皮として売るためでした。

対策案を議論しようとしますが、別件で猫たちが言い争いをはじめるなど埒があきそうにありません。そんなとき出臼(でうす)・柄楠(えくす)・魔雛(まひな)というギリシャ演劇の技法(デウス・エクス・マキナ)をもじった名前の猛犬たちがやってきて・・・・・・。

下に引用させていただいたのは「ブレーメンの音楽隊」の銅像です。ここでは鶏やロバたちを猛犬たちに見立て、(木の)上に逃げた鍋島老を狙うシーンをイメージしてみましょう。

出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/26736190&title=%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E9%9A%8A

旅行などの情報

ねこの博物館

今回はさまざまな種類の猫が登場しました。一度に多種の猫に会いたくなったらこちらの博物館に行ってみてはいかがでしょうか。常時約20種35匹もの猫が暮らしていて、ふれあい体験が楽しめます。ほかにも、猫の歴史を展示するコーナーやグッズコーナーも備えています。本格的な猫の研究書から博物館オリジナルのネコグッズまでを扱うミュージアムショップもご利用ください。

下には公式Xの投稿を引用させていただきました。また、温泉地として人気の伊東にあるので旅行の途中に立ち寄ってみるのもよいでしょう。

基本情報

住所:静岡県伊東市八幡野1759-242
アクセス:伊豆高原駅からバスで約10分(本数は少ないのでご注意を)
関連URL:https://nekohaku.pandora.nu/index.html

日比谷図書文化館・常設展示室

日比谷図書文化館の1階にあり、旧「四番町歴史民俗資料館」を移設した施設です。古代から現代まで東京・千代田区の歴史についての展示があり、そのなかには百閒先生も暮らした昭和時代の資料も含まれています。

無料ながらも江戸時代の将軍の城づくりや、明治期の江戸から東京への変遷についての展示など見どころが満載です。下に引用させていただいたような特別展(有料)が開催されることもありますので事前に公式URLをチェックしてお出かけください。

基本情報

住所:東京都千代田区日比谷公園1-4
アクセス:東京メトロ丸ノ内線・霞ヶ関駅から徒歩約5分
関連URL:https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/hibiya/museum/