村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」の風景(その6)

五反田君との再会

前回(ダンス・ダンス・ダンスの風景その5・参照)、キキの行方を追って東京に戻った「僕」は早速、中学校の同級生で俳優の五反田君に連絡をとります。久しぶり五反田君に再会し旧交をあたためますが、キキの行方についての情報は得られませんでした。また、キキがペアを組んでいたというコールガールにも会い、同様の質問をしますが・・・・・・

四度目の「片想い」

五反田君と連絡をとりたいと所属事務所に依頼した後、「僕」は再び「片想い」を見るため渋谷の映画館に入ります。
「僕は大体の時間を計算して映画館に入り、キキの出てくる時間をぼんやりと待ち受け、そのシーンに神経を集中した」
とあります。

五反田君が扮する生物の先生の家は
「壁にはル・コルビジェの絵がかかっている。ベッドの枕元にはカティー・サークの瓶が置いてある。グラスがふたつ、そして灰皿。セブンスターの箱。部屋にはステレオ装置がある・・・・・・」
と描写されています。

下には建築の巨匠でもあるル・コルビジェの絵を引用させていただきました。

「片想い」のシーンが詳細に記されているので、以下に抜粋してみましょう。

「どこにでもあるのどかな日曜日の光。窓のブラインド。女の裸の背中」
「カメラがぐるりと回る。キキだ」
「五反田君がキキを抱いている」
「主人公の女の子がやってくる。彼女は髪をポニーテイルにしている」
「彼女が部屋に入り、そして逃げ去る。五反田君は茫然とする」
「キキが彼の肩に手を載せ、物憂げに言う。『どうしたっていうのよ?』」

渋谷を散歩

映画館を出た僕は頭を整理するために渋谷の街を歩きます。
「原宿まで歩き、そこから千駄ヶ谷を抜けて神宮球場に行き、青山通から墓地下に向かって歩き、根津美術館に向かい「フィガロ」の前を通って、それからまた紀ノ国屋まで行った。そして仁丹ビルの前を過ぎて渋谷に戻った。」
とのこと。

下にはフランス料理店「フィガロ」周辺のストリートビューを引用しました。「フィガロ」が入るレンガ貼りの建物「フロム・ファーストビル」は1975年に竣工し、ファッションビルの先駆けともいわれています。

また、「ダンスダンスダンス」の時代から40年ほど経過し仁丹ビルは姿を消しています。下には渋谷の夜を彩った「仁丹ビル・ネオン塔」の姿を公式サイトから引用させていただきました。

「坂の上から見ると、色とりどりのネオンがともり始めた街の通りを、黒々としたコートに身を包んだ無表情なサラリーマンたちが暗流を翻る冷やかな鮭の群れのように均一な速度で流れていた」
とあります。

出典:森下仁丹株式会社公式サイト、広告ギャラリー
https://www.jintan.co.jp/

留守電には懐かしい声が…

「僕」が散歩から帰ると五反田君からの留守番電話が入っていました。
「やあ、久しぶり」

「早すぎもせず、遅すぎもせず、大きすぎもせず、小さすぎもせず、緊張もないが、かといってリラックスしすぎてもいない声だった。完璧な声」
とあります。

折り返し電話をしますが五反田君のほうも留守電になっていました。
「電話を切って台所に行き、セロリを洗い細かく切ってマヨネーズをつけ、ビールを飲みながら齧っていると電話がかかってきた。」
とあります。下に引用させていただいたような料理だったでしょうか?

五反田君とステーキハウスに

五反田君は電話で「僕」を食事に誘い、運転手付きの「モーターボートみたいに見える」「メタリック・シルバーのメルセデス」で「僕」の家の前までやってきました。
そして、簡単な挨拶をすませた後に
「分厚いステーキが食べたい。付き合ってくれるかな?」
といいます。

下には色は異なりますが、メルセデスのトラスコリムジンの写真を引用しました。こちらのような車の後部座席でお互いの近況を報告し合います。
ここでは、五反田君が以下のような発言をするところをイメージしてみましょう。

「不思議な話だ。この間まで一緒に理科の実験をしてたと思ったら、次に会ったときはどちらも離婚経験者ときてる。不思議だと思わない?」

出典:Tx-re, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Mercedes-Benz_1000SEL_TRASCO_front.jpg

「五反田君が連れていってくれたのは六本木のはずれの静かな一角にある見るからに高級そうなステーキ・ハウスだった」
以下には二人の会話を抜粋してみましょう。

僕「このあいだ君の出た映画を見た」
五反田君「『片想い』・・・・・・ひどい映画。ひどい監督。ひどい脚本。いつも同じだ。あの映画に関わった人間はみんなあのことは忘れたがっている」
僕「四回見た」
五反田君「賭けてもいいけど、あの映画を四回見た人間なんてどこにもいないぜ」
僕「知っている人間があの映画に出てたんだ・・・・・・君以外に」
五反田君「誰?」
僕「日曜日の朝に君と寝ている役の女の子・・・・・・彼女に連絡がつけられるだろうか?」
五反田君「駄目だね・・・・・・」

五反田君によると、高級コールガールを呼んだときに馴染みの女の子のかわりにやってきたのがキキでした。
「片想い」に出演したのは五反田君が推薦したからで、キキに才能があると感じた五反田君は、更に新しい映画にも出られるように根回しをします。
ところが、彼女はそのオーディション現れず、それっきり行方が分からないとのことです。

「やがてサラダとステーキがやってきた」
上に引用させていただいたのは六本木の人気ステーキハウスのランチの写真です。

ここでは「かなりカジュアル」ですが「女の子が見たらチャーミング」なテーブル・マナーで分厚い肉をほおばる五反田君の姿を想像してみましょう。

五反田君の打ち明け話

キキについての話が終わったあと、五反田君は自分の役作りの話を始めます。
「今日の昼間僕が何をしてたと思う?・・・・・・ずっと歯医者の助手をやってた。役作りのためさ。今TVの連続ドラマで歯医者の役やってるんだ。僕が歯医者で中野良子が眼科医なんだ。どっちの病院も同じ町内にあってね、幼馴染みなんだけれど、なかなか上手くむすびつかなくて・・・・・・」

下に引用させていただいたのは五反田君と共演していた(設定の)中野良子さんの写真です。ここではテレビドラマで二人がすれ違いを繰り返すシーンを想像してみましょう。

五反田君は歯医者の助手をしているとリラックスしていられるといい、次のように続けます。
五反田君「現実にそういう職に就いていたら僕は幸せな人生を送っていられたんじゃないだろうか」
僕「今は幸せじゃないの?」
五反田君「難しい問題だ・・・・・・視聴者は僕を信頼してくれている。でもそれは虚像だ。・・・・・・本当の自分というものがわからなくなる。どれが自分自身でどれがペルソナかがね。・・・・・・正直言って君のことがうらやましかった」
僕「よくわからないな。僕のいったいどこがうらやましいんだろう?」
五反田君「君はいつも一人で好きにやっているみたいに見えた。他人がどう評価するかとか、どう考えるかとか、そういうことはあまり気にしないで・・・・・・きちんとした自分というものを確保しているように見えた」

五反田君の家へ

2軒目のお店(バー)が混雑してくると、五反田君は
「僕の家に行こう・・・・・・すぐ近くだし、誰もいない」
といいます。

「彼の部屋は最上階にあった・・・・・・ベランダがあり、そこから東京タワーがひどくくっきりと見えた」
とのこと。
五反田君は下に引用させていただいたような「ボブ・クーパーの古いレコード」をかけます。
ここでは
「僕らはクールで清潔なウェスト・コースと・ジャズを聴きながらレモンをきかせたウォッカ・トニックを飲んだ」
というシーンをイメージしてみましょう。

コールガールを呼ぶ

別れた奥さんの話などをしていた五反田君は
「ねえ、女を呼ばないか」
と提案します。
「女の子がふたりやってきたのは十二時少し過ぎだった」
「一人は五反田君が『ゴージャス』と表現したキキとコンビを組んでいた女の子だった・・・・・・もう一人の女の子はクールな色合いのワンピースを着て眼鏡をかけていた。・・・・・・手足がすらりとしていて、よく日焼けしていた」

五反田君の部屋には下に引用させていただいたボブ・ディランの「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ、ベイビー・ブルー」などが流れていました。

「同窓会が終わったあと、緊張がほぐれたところで気のあった同士で二次会で酒を飲んでいるといった雰囲気だった。」

「僕」はメイ(キキとコンビを組んでいた女の子)にキキのことを尋ねます。
メイ「懐かしい名前ね。あなたキキのことを知ってるの?彼女はもういないわよ。あの人突然消えちゃったの。私たち、けっこう仲が良かったのよ。時々二人で一緒に買い物に行ったり、お酒飲んだりしたの。でも何も言わずに突然いなくなっちゃった・・・・・・キキとは寝たことあるの?」
僕「昔しばらく一緒に暮らしてたんだ。四年くらい前に・・・・・・なんとかしてキキに会えないものかな?」
メイ「むずかしいわね。今もいったようにただいなくなっちゃったの。まるで壁に吸い込まれたように。・・・・・・あなたキキのことが今でも好きなの?」
僕「わからない。でもそういうこととは関係なく、僕はどうしても彼女に会わなくちゃいけないんだよ。キキが僕に会いたがっているような気がして仕方がないんだ。ずっと彼女の夢を見続けている」

「朝の六時半・・・・・・僕らは四人で食卓についてコーヒーを飲んだ。パンも焼いて食べた。バターやらマーマレードやらを回した。FMの『バロック音楽をあなたに』がかかっていた。ヘンリー・パーセル」。

上には「ヴィオールのためのファンタジア集」というアルバムの曲を引用させていただきました。
僕「キャンプの朝みたいだ」
メイ「かっこう」

旅行の情報

ステーキハウス ハマ 六本木本店

ステーキの写真を引用させていただいた「ハマ六本木本店」は創業約60年の老舗ステーキ店です。五反田君が連れていってくれたお店は「六本木のはずれの静かな一角」にありましたが、こちらは駅から5分とアクセスしやすく、落ち着いた個室も備えています。

下に引用させていただいた写真のように、シェフが目の前で焼いてくれる黒毛和牛や特撰松阪牛は絶品と評判です。記念日などに五反田君になった気分で利用してみてはいかがでしょうか。

基本情報

住所:東京都港区六本木7丁目2-10
アクセス:日比谷線・六本木駅から徒歩約5分
関連URL:http://www.steakhousehama.co.jp/

国立西洋美術館本館

「片想い」の中で五反田君の部屋にはル・コルビュジェの絵がかかっていました。実はル・コルビュジェの本業は建築家で、世界遺産にもなった「国立西洋美術館」の設計者としても有名です。鉄筋コンクリートを素材としたモダンなデザインを得意とし、世界中に数多くの建築物を残しています。

彼とゆかりの深い「国立西洋美術館」では下に引用させていただいたような展覧会が開催されたこともあります。今後の情報は公式サイトでチェックしてみてください。

基本情報

住所:東京都台東区上野公園7番7号
アクセス:JR上野駅公園口出口から徒歩1分
関連URL:https://www.nmwa.go.jp/jp/

紀ノ国屋インターナショナル

四回目の「片想い」を見た「僕」の散策路にあった「紀ノ国屋」は1953年に創業した日本初のスーパーマーケットです。一度移転をしましたが現在は、下に引用させていただいた写真のように「紀ノ国屋インターナショナル」として同じ場所に復活しています。

「馬鹿げた話だけど、ここの店のレタスがいちばん長持ちするのだ」と「僕」が言っているように新鮮な野菜を入手できると評判です。ロングセラーのイギリスパンのほか、「インターナショナル」という名前の通りめずらしい海外の食材も販売されているので、近くにお出かけの際は立ち寄ってみてください。

基本情報

住所:東京都港区北青山3-11-7AoビルB1F
アクセス:地下鉄・表参道駅から徒歩約1分
参考URL:https://www.e-kinokuniya.com/store/KINOKUNIYA/international/