内田百閒著「第一阿房列車」の風景(その3)
鹿児島阿房列車(前章)
今回は初回の大阪よりも遠い鹿児島への阿房列車のお話。7・8日をかける計画で出発します。搭乗した列車は博多行きの急行筑紫号。品川駅を通過したあたりから水筒に入れてきたお酒で夕食の開始です。おかずは有明屋の佃煮と三角の小さいおむすび。有明屋は今でも四谷にお店があり下の写真のように店頭で販売もしています。下のような佃煮をさかなに魔法瓶に入れた熱燗をちびりちびりとやる満足そうな先生の姿が本記事の最初の風景です。
車内のあかり
当時はまだ車両内では白熱灯が主流の時代。カフェなどには次世代の照明として蛍光灯が普及し始めます。先生たちが乗り込んだ列車もその最先端の蛍光灯が取り付けられています。隣を走る桜木町線の電車(白熱灯)に比べて明るくて美しいと感じる先生。細かなところまで見えるのはいいことばかりと限りません。山系君は伸び放題の髪の毛やひげがうっとうしいと先生に指摘されます。下の写真は現在も白熱灯を使っている岡山電鉄の路面電車の写真です。レトロな雰囲気がSNSなどでも話題になっています。
ちっとやそっとの
東京駅から魔法瓶に入れた日本酒を飲み始めた先生一行。横浜周辺で2本目の魔法瓶に取りかかります。とりとめのない話を続けるほろ酔い加減の2人。山系君がふと言った「ちっとやそっとの」という言葉が先生の耳から離れません。そのうちに線路の音が「ちっとやそっとの」と聞こえはじめ、酔いも回ってきます。熱海を過ぎて大分たったころに宴会を終了。2段の寝台で寝ることになります。
ここでは寝台特急はやぶさ・B寝台の写真を引用させていただきました。山系君は2階のベッドにあがり(ネズミのように)ごそごそしています。うるさいと思いながらもいつの間にか眠ってしまう先生の姿をイメージしてみましょう。
百間川
次の日は起きてみると汽車は京都や大阪を通過して岡山の手前にいました。岡山は先生の故郷。こちらを流れる百間川なる放水路は先生こと「内田百閒」の名前の由来です。子供のころはこの土手で朱色の国文典(国語文法の教科書)を必死で読んだことを思い出す先生。山系君にも百間川を通過することを伝えようとしますが、いつものようにあいまいな反応しかありません。そのうちに瓶井(にかい)の塔が山の中腹に見えてきます。ほんとうは「みかい」と読みますが岡山の方言では「み」が「に」になまることが多くこの塔の名前も皆が「にかい」と呼んだとのこと。ここでは車窓からと同じような風景が写る下の写真を利用させていただき、帰郷を懐かしむ先生の姿を想像します。
見世物小屋
途中で瀬戸内海を見たいと考えた先生は尾道駅で呉線に乗り換えます。駅では1時間近くの待ち時間。外に出て時間をつぶすことにします。駅をでてすぐのところにあったのが見世物小屋。張り子で変装した蛇女や蜘蛛娘などを見て回ります。特に蜘蛛娘は下の写真のように首から下がない不思議さ。先生も「本人の肩から先はどこに隠したのだか(中略)一寸解らない」といっています。山系君は鏡を使っているのでしょうといいますが2人ともトリックを見破ることはできませんでした。このトリックは1800年代の後半にイギリスで考案されたもの。実は単純なトリックだったようです。ご興味のある方は「見世物小屋」、「蜘蛛女」などのキーワードで検索してみてくださいね。
広島にて
広島で一泊した先生一行は山系君の国鉄友人の案内で観光をします。比治(ひじ)山なる丘から景色をみたり街中を散策したりした後に有名な相生橋にも立ち寄ります。下に引用させていただいた写真は「T字型」にかかった相生橋の特徴的な姿。更に川の手前側には原爆ドームがあります。先生の表現では「川の向こうに産業物産館(・・原爆ドームのこと)の骸骨(がいこつ)が建っている。てっぺんの円塔の鉄骨が空につきささり・・・・」。戦争や原爆という言葉をあえて入れてないところがかえって生々しさを感じさせます。
九州へ
関門トンネルを渡った一行は博多で一泊したあと久留米や熊本、八代などの車窓を見ながら鹿児島駅に到着します。当時まだ鹿児島駅はバラックの状態との記述。東京や大阪に比べて地方はまだ復興が遅れていたことが分かります。下で引用させていただいた写真は昭和30年代の3代目の鹿児島駅(左)と2018年に解体が始まった4代目駅舎(右)のものです。少し不安に駆られながらも初めての土地に足を踏み入れるワクワクした気分の先生や山系君。これらの写真を見て2人の姿を思い浮かべながらこの記事を終了します。
旅行の情報
有明屋
江戸時代創業の老舗佃煮店です。先生一行の電車内でのおむすびやお酒の友としたのがこちらの商品です。こちらでは「はぜ」や「若さぎ」、「海老」や「あさり」など多彩な佃煮を扱っています。100グラムから販売していますので東京にお出かけの際は気軽にお立ち寄りください。
[住所]東京都新宿区四谷1-9有明家ビル1F
[電話番号]03-3351-1802
[アクセス]JR四ツ谷駅から徒歩約2分
[参考サイト]http://www.ariakeya.com/
九州鉄道記念館
旧九州鉄道本社を利用した日本有数の鉄道記念館です。本記事で先生たちが就寝するシーンに登場してもらった「特急はやぶさ」の寝台車としても利用された「スハネフ14系11」も展示されています。ほかにも九州で活躍した電車や汽車など見どころ満載。パノラマ模型や運転シミュレーターは子供たちにも人気で門司港エリアの名所になっています。
[住所]福岡県北九州市門司区清滝2-3-29
[電話番号]093-322-1006
[アクセス]JR門司港駅から徒歩3分
[参考サイト]http://www.k-rhm.jp/