内田百閒著「第一阿房列車」の風景(その4)

鹿児島阿房列車(後章)

おむすびで腹ごしらえ

鹿児島に到着した先生一行は昭和天皇も宿泊された立派な宿に向かいます。実際に先生たちが宿泊したのは「岩崎谷荘」なる高級旅館でしたが昭和時代に閉館。今はトンネルなどになっていて当時の様子を想像することはできません。滞在中、知り合いに連れられて鹿児島観光をします。痛飲のせいか昼すぎに起きた先生は「猿蟹(さるかに)合戦で登場するような大きなものでないお結び」を所望。女中さんが鼓(つづみ)の形をした食べやすいものを折に詰めて持ってきたとあります。

下に引用させていただいた写真は広島で人気の「むさし」の俵むすび。実際は塩むすびだったようですが、このようなかわいらしい食べ物を美味しそうにほおばる先生や山系君をイメージできるのでは。

西南戦争の跡

腹ごしらえできた先生たちは鹿児島の観光地を案内してもらいます。岩崎谷荘のすぐ近くには「私学校跡」があります。下の写真のように明治10年の西南戦争でできた弾痕跡が今でも残るところ。先生は「歳月がその痕を苔で塗り潰すのをほっておけばいい」とひとりごとをもらします。広島で見た原爆ドームなどの景色にも言及。大戦での生生しい傷跡も時間とともに消えていくだろうと自分に言い聞かせていたのかもしれません。

桜島の景色

次に案内されたのが城山の展望台。同行した鉄道管理局の人の子供のころにあった大正3年の大噴火のエピソードを聞く場面があります。「大きな火の柱が真赤に燃え立って天に届くかと思った」とのこと。先生が観光した日は雨が降っていましたが「大きな梢があるので濡れることはない」とか「向こうの大きな海は明るい」などの表現があります。下のような風景だったのではないでしょうか?

行商の魚屋さん

鹿児島を後にした一行は鹿児島駅から肥薩線に乗り込みます。こちらは三等車両のみの編成。先生たちの車両の中は魚の行商人ばかりで生臭いにおいが漂います。それだけでなく前に座った行商人が居眠りを始め先生に膝を押し付けてきます。トラックなどの輸送手段がまだ発達していなかった当時は行商人が全盛の時期。下の写真のように「行商列車」なるネーミングされるほどのにぎわいを見せていました。この風景のどこかに商売だからやむを得ないと言いながらも苦々しい顔をした先生の姿を想像すればよいでしょうか?

八代で宿泊

スイッチバックやループ橋、鉄橋からの綺麗な川などの景色を楽しんだ先生一行は八代に到着。次の宿も昭和天皇が滞在された立派な旅館でした。こちらの建物は今も「松浜軒」として残っていて庭園の散策などを楽しむことができます。先生が「池の食用ガエルの声にうなされながら寝た」と記した池も健在。昭和26年の夏の暑い夜、八代名物の蚊を払ってくれる女中たちと取り留めのない話をしながらお酒を楽しむ2人の姿がありました。

おはぐろトンボと赤トンボ

次の日起きてみると食用ガエルの声は聞こえず、代わりに黒い「おはぐろトンボ」がハスの花の上にいます。そこに速力のある「赤トンボ」がやってきて喧嘩するシーンが描かれます。「赤トンボ」とは戦時中の日本軍の練習機で特攻にも使われた「九三式中間練習機」の通称。下の写真は日本航空学園にあるレプリカです。そのとき先生は戦時中の景色を思い浮かべていたかもしれません。

昼過ぎに八代駅から急行に乗った先生一行は早速一杯やりながら帰途につきます。熟睡して米原についたころには朝も10時過ぎでした。夕方には無事東京に到着。豪華や旅館に宿泊したため自宅の部屋が狭く感じられたとの感想で結ばれています。

旅行の情報

私学校跡

鹿児島に逗留中に観光案内をしてもらった場所。 征韓論で破れて鹿児島に戻った西郷隆盛が士族たちのために作った私塾です。政府軍が打った弾痕跡は先生の描いた当時よりは小さくなったかもしれませんが今でも残っています。
[住所]鹿児島県鹿児島市城山町
[電話番号]099-286-4700
[アクセス]鹿児島駅から徒歩で約10分
[参考サイト]http://www.kagoshima-yokanavi.jp/data?page-id=2446

城山展望所

こちらも鹿児島滞在中の観光で訪れた場所。桜島が綺麗に見える場所としても有名です。南北朝時代にこの地方の豪族上山氏の居城だったところ。西南戦争の激戦地で西郷隆盛が隠れた洞窟や終焉の地も近くにあります。
[住所]鹿児島県鹿児島市城山町
[電話番号]099-298-5111
[アクセス]鹿児島中央駅からバスに乗り換え城山で下車
[参考サイト]http://www.kagoshima-yokanavi.jp/data?page-id=2497

むすびむさし(新幹線店)

鹿児島の昼ごはんの風景に登場した広島名物むさしのお結び。醤油の香りがする食べやすい大きさのご飯が人気。 おかかや梅、しば漬などの具材との相性も抜群です。
[住所]広島市南区松原町1185
[電話番号]082-261-0634
[アクセス]JR広島駅すぐ
[参考サイト]http://www.musubi-musashi.co.jp/

松浜軒

八代での宿泊に使ったスポット。江戸時代に熊本藩の家老の邸宅だったところで、当時は旅館を営業していました。今は建物には立ち入れませんが庭園は有料で公開。先生がみたようなハスや菖蒲の花が有名です。ヒキガエルについては現在の情報は不明ですので各自お確かめいただければと思います。
[住所]熊本県八代市北の丸町3-15
[電話番号]0965-33-0171
[アクセス]JR八代駅からバスに乗り換え、市博物館前で下車
[参考サイト]http://www.city.yatsushiro.lg.jp/kankou/kiji003124/