井上靖著「北の海」の風景(その8)

金沢での生活(その4)

激しい練習

次の日から始まった四高の練習は今まで洪作が経験したことがないほど厳しいものでした。東大や京大、金沢医大などから四高の卒業性がやってきて見張りながら指導をします。今まで一番弱いように思えたある二年生のひたむきな姿勢に感銘を受け、(蓮実たちの)二年と(南や鳶たち)一年生の対抗戦の観戦をするなどこの小説の見どころが続きます。大天井の柔道の試合を初めて見るのもこの対戦の中でした。

下に引用させていただいたのは講道館YouTube公式チャンネルの「三角締」の写真です。両足で相手の腕と首を同時に締める杉戸の得意技でもありました。ここでは長い脚を使って相手の耳を腫れあがらせる杉戸の姿をイメージしてみます。

夏休み

柔道の練習が終了し夏休みに入った日の午後、洪作たち三人は大天井と香林坊の大きな喫茶店で待ち合わせをします。「今日は普通の人間が食ってる物を食ってみようや」と鳶が提案し皆でソーダ水を飲んだりアイスクリームを食べたりします。

下には名古屋にある老舗の喫茶家「ロビン」のソーダ水の写真を引用させていただきました。「北の海」の時代にはモダンな飲み物でしたが、(鳶たちは)青い液体の中にストローを入れ「チュウという音がしたと思ったら、コップの中の液体はなくなっていた」とあるようにワイルドに飲み干します。

お土産

すき焼き屋で練習の打ち上げをすることにした四人は店までの途中に帰省に向けた買い物をします。杉戸が親からお土産として頼まれていたのが「森八」という老舗の「長生殿」なるお菓子でした。下に引用させていただいたのがそのお菓子の写真。甘すぎない上品な味の干菓子で今でも人気の商品です。

また、下に引用させていただいたのは「千歳」なる商品。大天井が「赤い粉をふった菓子と白い粉をふった菓子があるぞ。この方も有名だ」と皆に勧める場面があります。

兼六園

すき焼きパーティーで練習の締めを行った次の日、大天井たちは洪作を連れて真夏の兼六園を観光します。「蝉が鳴いていますね。・・・・・・とんぼも居ますね。」という洪作に対し「幼稚なことを言うな。だからこんなのを兼六園に連れて来てもむだだと言うんだ。・・・・・・蝉の声のほかに、水の音が聞こえるだろう。水の音を聞け。泉響さくさくたり」といいます。「泉響さくさくとは言わんだろう」という杉戸に対し「泉響とうとうか」と応じる大天井。杉戸は「とうとうも変だな」と言いますが大天井は「どっちでも同じようなものだ。・・・・・・洪作、覚えておけ。試験に出るぞ」といって正解が分からないまま話が終わります。

これについては井上靖氏が青森県十和田市の蔦温泉のことを詠んだ「泉響颯颯(せんきょうさつさつ)→泉の響きが風の吹くように聞こえてくるの意」が正解かもしれません。ちなみに蔦温泉には井上氏の言葉を由来とした「泉響の湯」が今でも残っています。

下に引用させていただいたのは兼六園の霞が池付近の写真です。ここでは初めて見る純和式の庭園に感銘を受け「石一つ、木一つも置かれる場所に置かれてある感じだった」と感想を述べる洪作の姿を重ねてみます。

滝の前で

大天井は兼六園は落第した学生が世をはかなみながら歩くにはちょうど良いところだとがいいます。そして、滝の周辺までくると「あの滝の音がまた落第生には身にしみる。何とも言えず、世の中がつまらなく思えてくる。・・・・この1年猛勉強したが、ついに親の期待にも応えなかったし、先輩の期待にも応えなかった。かくなる上は・・・」などと一芝居打ちます。下に引用させてただいたのは兼六園にある翠滝周辺の写真です。洪作たちが来た時もこのように緑が美しい暑い季節でした。

柔道部員たちとの別れ

数日間のつもりで来た金沢ですが結局、練習に最後まで参加し10日以上の滞在になりました。来た時は手ぶらでしたが帰りは干菓子のお菓子や杉戸からもらった参考書などが詰まった風呂敷包みがお供です。今日の最後の風景は大天井や杉戸、鳶が金沢駅まで洪作を見送る場面。下に引用させてただいたのは昭和初期の金沢駅の写真です。電車内から「大天井さんも頑張って下さい」という洪作に対し「ひとのことを心配するな。俺の方は黙っていてもはいれる。・・・そうそう俺の知らんことばかりは出ないだろう。来年あたりはそろそろ俺の知っていることばかりが出る年が廻ってくる番だ」と返す大天井の姿をイメージしてみます。

電車に乗り込み3人の姿が遠ざかってしまうと「ひどく贅沢で楽しい何日かは終わってしまった」としみじみとします。また「さあ、これから勉強だ・・・・どうにかして来年は四高にはいり、若い日の三年をこの落ち着いた色調に塗られている北陸の自然の中で送らねばならぬと思った」ともあります。一方、沼津の宇田教師や湯ヶ島の祖父などの間では洪作が金沢に行ったまま帰ってこないと大騒ぎ!その顛末は次回に引き継ぎます。

旅行の情報

森八

皆が干菓子のお土産を購入したお店です。江戸時代に創業した老舗で明治2年に現在の屋号「森八」に変更しています。2011年に本店を移転したので洪作たちが実際に行った場所とは違いますが「長生殿」や「千歳」など大正当時の商品は健在。赤崎いちごやルビーロマンなどの地元フルーツを使った「能登の宝ゼリー」などの新商品も人気です。
【住所】石川県金沢市大手町10-15
【電話】050-5456-5128
【アクセス】橋場町バス停から徒歩1分
【参考サイト】 https://www.morihachi.co.jp/honten_top

兼六園

洪作が帰郷する前日に大天井たちが観光に連れて行ってくれた場所です。小説では真夏の時期だったので緑が綺麗で蝉などが元気に鳴くという光景でした。春には桜が咲き、秋は紅葉の名所としても知られています。冬は北陸ならではの雪景色が見られ、ライトアップも美しい季節になります。
【住所】石川県金沢市兼六町1
【電話】076-234-3800
【アクセス】金沢駅からバスで約20分の兼六園下で下車
【参考サイト】 http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kenrokuen/