宮本輝著「地の星」の風景(その3)

金沢へ

登場人物

この章では「流転の海」の登場人物がひさしぶりに現れます。今回初登場の人物も含めて下にまとめておきます。
井草正之助・・松坂商会で熊吾の右腕として働くも、お金を持って姿をくらませる
辻堂忠・・・熊吾に誘われ松坂商会の社員となる。解散後は証券マンとして働いている
周栄文・・・若いころ熊吾が上海で事業をしていた頃からの親友。日本では谷山節子を妻にし麻衣子という子を成す。日中戦争開始により上海に戻る際、熊吾に麻衣子の父親代わりを依頼する
井手秀之・・麻衣子の恋人。金沢大学を卒業後すぐに親が決めた女性と結婚している

辻堂からの手紙

梅雨も終わったころ、大阪にいる辻堂から手紙がきます。辻堂に預けた株の売却依頼への返信でしたが思いもよらぬ情報が入っていました。行方不明だった井原正之助からの手紙がきて肺結核で余命幾ばくも無いとのこと、(井草が)熊吾の上海時代の友人・周栄文の日本人妻(谷山節子)を愛人としていたことなどです。熊吾は井原への怒りを感じながらも会いに行くことを決心します。下に引用させていただいたのは昭和26年の大阪の大衆食堂の写真です。手紙を書いてきた辻堂は「梅雨が去り、いよいよ暑くなってきました。・・・ご依頼のあった夏物の衣類をお送り申し上げました」と書いています。ここでは下の風景の中に汗をかきながら食事をする辻堂の姿を置いてみます。

金沢の風景

金沢に到着した熊吾は駅前で西瓜を土産に買い、人に道を訊きながら井草の家に向かいます。下に引用させていただいたのは熊吾が金沢にいったころの市内の写真です。「空襲を受けなかった金沢の町には、古い家々が、戦前のままに残っていた」とあります。この景色の中に住所を見ながら汗を拭き拭き街を歩くパナマ帽をかぶった熊吾の姿をイメージしてみます。

井草との再会と別れ

駄菓子屋の向かいの家に<井草>と書かれた表札が掛かっているのを見つけます。その二階を見上げると「そこには、すだれが掛かり、微風すら吹かない熱気の中で、風鈴の短冊はほんの少し捩じれたまま動かなかった」とあります。下に引用させていただいたのは東京都にある「昭和のくらし博物館」です。2階には小説同様のすだれがあります。熊吾が見たのはこのような景色だったかもしれません。井草から裏切りの理由などを語られた熊吾は 複雑な感情を持ったまま「<木は傾くほうに倒れる>っちゅう言葉がある。・・・・わしも、いつか、傾いちょるほうへと倒れていくじゃろう」という言葉を残して別れます。

旅館にて

「兼六園の近くの旅館に落ち着くと、熊吾はすぐに浴衣に着換え、ビールを一本飲んで、座布団を枕に横になった」とあります。下に引用させていただいたのは小説にある「明治の半ばからつづいている料理旅館」の一つ「金城樓(きんじょうろう)」の部屋からの写真です。その時熊吾が見ていたのはこのような緑の景色だったかもしれません。そこに寝そべりながら新聞で結核の薬の広告を見つけた熊吾は、一縷の望みをかけて東京から薬を取り寄せ井草に送ります。

金沢大学にて

周栄文に父親代わりを依頼された麻衣子(17歳)の様子を見にいきます。そこで母の節子から窮状を打ち明けられます。井手秀之なる新婚の男性と恋愛関係にあり高校から注意を受けているとのこと。井手は金沢大学を卒業したばかりで、今も大学で研究を続けていることを知った熊吾は話しをつけようと大学に向かいます。下に引用させていただいたのは昭和初期の旧制四高(現金沢大学)のものです。井上靖著「北の海」でも取り上げたような景色。井上靖氏は四高の柔道部で活躍されましたがここで登場した井手も柔道部の卒業生。井上氏と同じく「練習量が全てを決める柔道」に励んでいたのではないでしょうか。ここでは(夏の季節に)学生たちの中をパナマ帽をかぶり大股にすすむ熊吾の姿をイメージしてみます。

井手秀之

大学構内の木陰で麻衣子との関係を続けながら結婚したことをなじる熊吾でしたが、井手なりの理由があることを知ります。また、大学の助手として働けるようになったら(現在の妻と)離婚し改めて麻衣子と結婚するという井手の決意を聞いて熊吾は引き下がります。下に引用させていただいたのは美しい大樹の写真です。キャンパス内のこのような大きな木の下で熊吾と井手がラムネを飲んでいる姿やうるさく鳴く蝉の声などをイメージしてみます。

井手と谷山節子・麻衣子に合うという目的を終えた熊吾は愛媛に向けて電車に乗り込みます。途中大阪で旧友に合いますがここでも予想外のことが待ち受けていました。

旅行の情報

金沢城公園

熊吾が麻衣子の恋人・井手秀之に会った場所。平成元年まではこの場所に金沢大学のキャンパスがありました。当時の大学の正門は江戸時代に造られた石川門。お城の役人になった気分で登校できたのではないでしょうか。現在はいくつかの櫓や五十間長屋などが復元され、下に引用させていただいたように築城当初に近い景色を観光できます。
【住所】石川県金沢市丸の内1-1
【電話】076-234-3800(金沢城・兼六園管理事務所)
【アクセス】金沢駅からバスを利用。金沢城で下車
【参考サイト】http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kanazawajou/

金城樓(きんじょうろう)

熊吾が宿泊する場面で参考に挙げた旅館。熊吾が宿泊したかどうかは不明ですがこちらも明治中期(20年)に創業した老舗旅館で平成になった今でも営業を続けています。加賀料理が美味しいことでも評判。 引用させていただいた写真のような輪島塗の椀で提供される鴨の治部煮や美しい盛り付けの加賀野菜、お魚料理など豪華でヘルシーな料理が評判です。 宿泊棟は全6室の隠れ家的な雰囲気です。
【住所】石川県金沢市橋場町2-23
【電話】076-221-8188
【アクセス】金沢駅から車を利用
【参考サイト】http://www.kinjohro.co.jp/