村上春樹「1973年のピンボール」の風景(その6最終回)

再び鼠そしてスペース・シップの行方

女との関係を続けながらも孤独を感じる鼠(1973年のピンボールの風景その3・参照)。そしてピンボール台・スペース・シップに取りつかれてしまった「僕」(1973年のピンボールの風景その5・参照)。「1973年のピンボール」のエピローグにも「『アーサー王と円卓の騎士』のように『大団円』が来るわけではない」とあるように、「僕」と「鼠」はずっと先の「大団円」に向けて少しずつ変化を続けていきます。

再び鼠の物語

「1973年のピンボールの風景その3」でも引用したように鼠は
「土曜日に女と会い、日曜日から火曜日までの三日間その思い出に耽った。木曜と金曜、それに土曜の半日を来たるべき週末の計画にあてた。そして水曜日だけが行き場所を失い、宙に彷徨う。」
という生活に閉塞感を覚えていました。

女に連絡をとる金曜日がやってきますが、鼠は女の部屋が見える海岸の防波堤のわきに車を止めて「シートを倒して煙草を吸った。・・・・・・両手を頭の後ろにまわし、目を閉じて彼女の部屋の様子を思い出そうとしてみた」とのこと。

ここでは下に引用した「トライアンフTR3(鼠の愛車)」を夜の港に置き、考え事をする鼠の姿を想像してみます。

出典:SG2012, CC BY 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by/2.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Triumph_TR3_(1960)_-_8904867831.jpg

彼女の部屋については「ドアを開けたところが六畳ばかりのダイニングキッチン・・・・・・その奥は二つの小さな部屋の仕切りを取払ったワンルームになっている。・・・・・・左側の壁には・・・・・・ベンシャーンの複製画が二枚。本棚にはたいした本はない。殆どは建設の専門書だ。・・・・・・」など、詳しく紹介されています。

下には壁にベンシャーンの絵が飾られた写真を引用させていただいただきました。彼女の部屋もこちらのようなおしゃれな雰囲気だったのではないでしょうか?

車のシートにもたれた鼠は、今度は暗い海や、その奥にある灯台を眺めました。
彼女の部屋の「イメージは薄れ始め、ついに何もかもが消えた。鼠は首を天井に向け、そしてゆっくりと目を閉じる。そしてスイッチを切るように頭の中から全ての灯りを消し去り、新しい闇の中に心を埋めた」とあります。

ジェイズ・バーに通うが

「ジェイに街を出る話を切り出すのは辛かった」とのこと。「店に三日続けて通い、三日ともうまく切り出せなかった」とのこと。「時計が十二時を指すと鼠はあきらめて、そして幾らかホッとして立ち上がり、いつものようにジェイにおやすみを言って店を出た。」とあります。

そして「アパートに帰り、ベッドに腰を下ろし、ぼんやりとテレビを眺める。」
「古い西部劇映画、ロバート・テイラー、コマーシャル、天気予報、コマーシャル、そしてホワイトノイズ・・・・・・、鼠はテレビを消し、シャワーに入る。そしてもう一本缶ビールを開け、もう一本煙草に火を点ける。」

下に引用したのはアメリカの俳優・ロバート・テイラーがドラマ「Waterloo Bridge(邦題:哀愁)」に出演したときの写真です。

出典:Trailer screenshot, Public domain, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Robert_Taylor_in_Waterloo_Bridge_trailer.jpg

また下にはアナログ放送の頃のホワイトノイズの写真を引用しました。ザーという音が聞こえてきそうです。

出典:Mysid, Public domain, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:TV_noise.jpg

再びジェイズ・バー

「鼠がジェイズ・バーのシャッターを押し上げたのは月曜日の真夜中過ぎだった。」。鼠はビールを、お酒が飲めないジェイはコーラを飲みます。

出典:Nzrst1jx, CC BY-SA 3.0 http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E7%93%B6%E5%85%A5%E3%82%8A%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%82%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%A9.jpg

以下はジェイズ・バーでの鼠とジェイの会話の抜粋です。
鼠「変わることにどんな意味があるのか俺にはずっとわからなかった・・・・・・そしてこう思った。どんな進歩も結局は崩壊の過程にすぎないんじゃないかってね。違うかい?」
ジェイ「違わないだろう」
ジェイ「問題は・・・・・・あんた自身が変わろうとしてることだ。そうだね?」
鼠「実にね」
ジェイ「人間てのはね、驚くほど不器用にできてる。あんたが考えてるよりずっとね」
鼠「迷ってるんだ・・・・・・決めかねてる」
ジェイ「そんな気がしてたよ」

街を出る決心

「夕方の六時、空いたばかりの店」に入った鼠は、とうとうジェイに「街を出ることにするよ」と言います。以下に会話を抜粋してみます。

ジェイ「出るって・・・・・・何処に行くんだい?」
鼠「あてはないさ。知らない街に行く。余り大きくない方がいいね」
ジェイ「そこで何をするんだい?」
鼠「働くさ」
ジェイ「この街じゃだめなのかい?」
鼠「だめさ・・・・・・ビールが欲しいな」
ジェイ「あたしが奢るよ」

下には村上春樹氏のラジオ番組・村上RADIOとCOEDOビールがコラボして2021年に販売した「風歌-Kazeuta-」の写真を引用させていただきました。

ジェイ「もう一本飲むかい?」
鼠「いや、いい。これが最後の一本てつもりで飲んだんだ。ここで飲むビールのさ・・・・・・」

スペース・シップはスクラップ?

「十一月の連休があけたばかりの水曜日」、スペース・シップ捜索を依頼していたスペイン語講師から「行方がわかりました」との連絡が「僕」の会社にありました。ただ、「電話では説明しづらい」場所のため、夕方五時にコーヒー店で会って一緒にその場所に向かうことになります。

以下にはコーヒー店から現地に向かうタクシーの中での「僕」とスペイン語講師の話を抜粋します。
スペイン語講師「最初はマニアのリストを片端から当たってみたんです。・・・・・・でも収穫はゼロです。・・・・・・次に中古の機械を扱っている業者に当りました。・・・・・・ギルバート&サンズ『スペース・シップ』、シリアル・ナンバー165029、ありましたね。一九七一年二月三日、廃棄処分」
僕「廃棄処分?」
スペイン語講師「スクラップです。『ゴールドフィンガー』にあったようなやつですよ・・・」

上に引用させていただいたのはショーン・コネリーがジェームズボンドを演じた人気スパイ映画「ゴールドフィンガー」のカット写真です。右下がスペイン語講師の言うスクラップのシーンでしょうか。

僕「しかしあなたは・・・・・・」
スペイン語講師「まあ、聞いてください。私はあきらめて業者に礼を言って家に引き上げた。しかしね、心の底に何かが引っかかっていた。勘のようなものです。違う、そうじゃないってね。」
そしてスペイン語講師は次の日、業者と取引のあるスクラップ屋を訪ねました。スクラップ屋によると、あるマニアから「ピンボール台が入るたびに電話をかけるように頼まれて」いて、そのマニアがスペース・シップと思われるピンボールを引き取ったという貴重な情報を得ます。

倉庫にピンボールが!

僕とスペイン語講師は長時間タクシーに乗ります。「あたりはまったくの暗闇に変わっていた」とのこと。「人家は進むにつれてまばらになり、ついには何万という虫の声が地鳴りのように湧き起こる草原や林だけになった」とあります。

到着したのは養鶏場があった場所で、周辺は今でも鶏の匂いがしました。そして養鶏場の冷凍倉庫がピンボール・マシンの保管スペースでした。

スペイン語講師「金網に沿ってまっすぐ三百メートルばかり歩いて下さい。つきあたりに倉庫があります・・・・・・あなたの捜している台はそこにあります」
僕「あなたは来ないんですか?」
スぺイン語講師「一人で行って下さい。そういう約束なんです」

出典:Flickr.,Gottlieb Pinball
https://www.flickr.com/photos/modofodo/24155803169

倉庫に入ってレバー式のスイッチをいれると
「地の底から湧き上がるような低い唸りが一斉にあたりを被った。・・・・・・そして次に、何万という鳥の群れが翼を広げるようなパタパタパタという音が続いた」とのこと。

上に引用したのはビッグ・フォーの一つ・ゴッドリーブ社の博物館の写真です。倉庫の中もこちらのような雰囲気だったかもしれません。

「僕」はスペース・シップを捜しながらピンボール・マシンの間を進んでいきます。
「ウィリアムズの『フレンドシップ・7』、ボードに描かれた宇宙飛行士の名前は誰だったろう?グレン・・・・・・?」
回答は上に引用させていただいた投稿の中にあるようです。

「ゴッドリーブの『キングス・アンド・クイーンズ」、ロールオーバーレーンが八つもあるモデルだ。口髭を綺麗に刈り上げたノンシャランな顔つきの西部のギャンブラー、靴下どめに隠したスペードのエース・・・・・・」
下の「キングス・アンド・クイーンズ」ではスペードのエースが女性の胸のところにありますね。途中でデザインが変更されたのかもしれません。

出典:Flickr,Gottlieb Kings and Queens
https://www.flickr.com/photos/ideonexus/27399205110

そして「3フリッパーの『スペース・シップ』は列のずっと後方で僕を待っていた」とあります。
「深いダーク・ブルーの宇宙、インクをこぼしたような青だ。そして小さい白い星。土星、火星、金星・・・・・・手前には純白の宇宙船が浮かんでいる・・・・・・」

彼女「ずいぶん長く会わなかった気がするわ」
僕「三年ってとこだな。あっという間だよ。・・・・・・」

彼女(スペース・シップ)との会話はしばらく続きます。

ゴルフ場を通って

「僕」はスペース・シップにお別れを告げることで「ピンボールの唸りは僕の生活からぴたりと消えた。そして行き場のない思いも消えた。」とあります。

そして、時を同じくして双子も僕の前から去ることになりました。「僕たちはバンカーの砂地を越え、八番ホールのまっすぐなフェアウェイを越え、露天のエスカレーターを歩いて下りた。おそろしい数の小鳥たちが芝生の上や金網の上から僕たちを眺めていた」とのこと。

出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/27777064&title=%E6%9C%A8%E3%80%85%E3%81%8C%E8%89%B2%E3%81%A5%E3%81%8F%E7%A7%8B%E3%81%AE%E5%85%AC%E5%9C%92+2

上には「1973年のピンボール」のゴルフ場のモデルとされる野川公園(旧ICUゴルフ場)の写真を引用しました。こちらを「1973年のピンボールの風景」の最後の風景とさせていただき、バス停まで双子を送りに行くときの会話シーンを想像してみましょう。

僕「何処に行く?」
双子「もとのところよ」
双子「帰るだけ」
僕「うまく言えないけれど・・・・・・君たちがいなくなるととても寂しいよ」
双子「私たちもよ」
双子「寂しいわ」
僕「またどこかで会おう」
双子「またどこかで」
双子「またどこかでね」

旅行の情報

日本ゲーム博物館

所有台数が約160台と日本で最もピンボール・コレクションが充実しているといわれる施設です。ほかにもインベーダーゲームやパックマンといったレトロでシンプルなゲームも充実しているので親子で楽しむことができるでしょう。残念ながら現在は休止中で2024年秋以降にリニューアルオープンが予定されています。

不定期に行われる企画展では所有する貴重なピンボールを貸し出していることもあるので、詳細は公式サイトをチェックしてみください。下には博物館所有のピンボール台の一つ・プレイボーイ(70年代・バリー社)の写真を引用させていただきました。

基本情報

【住所】愛知県小牧市大草地区(予定)
【公式サイト】http://japangamemuseum.com/