村上春樹著「羊を巡る冒険」の風景(その1)

1970年頃の思い出

都電に乗って

小説は1978年が舞台、「新聞で偶然彼女の死を知った友人が電話で僕に知らせてくれた」という場面から始まります。昔付き合っていた女性がトラックにひかれて亡くなったことを知った「僕」は葬儀に行くために「早稲田駅から都電」で出かけます。下に引用させていただいたのは昭和54年(1979年)の都電の風景です。この写真(左側)の中に「僕」が電車に乗り込む姿をイメージしてみます。

当時の学生のたまり場

ここからはしばらく「僕」の追憶になります。「僕がはじめて彼女に会ったのは1969年の秋、僕は20歳で彼女は17歳だった。大学の近くに小さな喫茶店があって、僕はそこで良く友だちと待ちあわせた。たいした店ではないけれど、そこに行けばハードロックを聴きながらとびっきり不味いコーヒーを飲むことができた。」とあります。下に引用させていただいたのはその喫茶店のモデルとされる「MOZZ」なるジャズバーの記事の写真です。この写真の中に「僕」の姿と「いつも同じ席に座り、テーブルに肘をついて本を読み耽っていた(歯科矯正機のような眼鏡をかけた)」彼女の姿を置いてみます。

当時聞いた音楽

彼女の読んでいたのは「ある時には大江健三郎であり、ある時にはギンズバーグ詩集であった」。また、流れていた曲は「ドアーズ、ストーンズ、バーズ・・・・」などとあります。下に引用させていただいたのはドアーズが1970年にリリースしたモリソン・ホテルなるアルバム中の「WAITING FOR THE SUN」という曲です。この曲を聴きながら「僕」の学生時代のジャズバーの雰囲気を想像してみます。

ICUのキャンパスを散策

「その年(1969年)の秋から翌年にかけて、週に一度、火曜日の夜に彼女は三鷹の外れにある僕のアパートを訪れるようになった。・・・・・水曜日の朝に目覚めると雑木林を散歩しながらICUのキャンパスまで歩き、食堂によって昼食を食べた」とあります。下は現在のICU(国際基督教大学)のキャンパス内の景色です。ここに仲良くデートを楽しむ「僕」と彼女の姿を置いてみます。

この頃の出来事

「我々は林を抜けてICUのキャンパスまで歩き、いつものようにラウンジに座ってホットドックをかじった。午後の2時で、ラウンジのテレビには三島由紀夫の姿が何度も何度も繰り返し映し出されていた」とあります。下に引用させていただいたのは「僕」が見ていたと思われる「三島事件」の一場面です。当時は全共闘運動や大学紛争が激しく行われていた時代でした。

旅行の情報

国際基督教大学(ICU)

1969年から70年ごろ「僕」が彼女とデートした場所として登場する大学です。最近では佳子さまが在学されたことで話題になりました。守衛さんのところで目的や名前を記入すれば一般人でも入ることができて「僕」が散策したエリアを歩くことができます。小説中に彼女が言っているように「広々としていて、どこまでも芝生が続いていて、人々は幸せそうにみえて」という風景を見ることができるかもしれません。下にはそんな美しい芝生の景色を引用させていただきました。
【住所】東京都三鷹市大沢 3-10-2
【アクセス】三鷹駅でバスに乗り換え「国際基督教大学」で下車
【参考HP】https://www.icu.ac.jp/

ジャズナッティ

「僕」が通ったジャズ喫茶「MOZZ」は既に閉店、現在は2008年にオープンしたジャズナッティーが学生たちの人気スポットになっています。入口付近には昔ながらの大きなスピーカーが鎮座、客に合わせて選曲するなどのホスピタリティも人気のポイントです。真偽は不明ですがMOZZでは「とびっきり不味いコーヒー」が提供されたとのことですがこのお店のコーヒーはすっきり飲みやすいとの口コミもあります。コーヒー以外のアルコール類のもワンコイン程度と価格も抑えめです。下に引用させていただいたのはこのお店の内観の写真、レトロな雰囲気に癒されそうです。
【住所】東京都新宿区西早稲田1-17-4
【電話】 03-3200-3730
【アクセス】早稲田駅から徒歩約1分
【参考HP】https://ameblo.jp/jazznutty/