宮本輝著「花の回廊」の風景(その4)

昭和32年の暮れから32年正月にかけて

伸仁のことで学校から呼び出し

共働きの熊吾夫妻は伸仁が通う尼崎市立難波小学校に学級参観にいけずにいました。年末になると熊吾たちの住む船津橋のビルに、伸仁が「ガリ版刷りのお知らせ」を届けに来ます。

下に引用させていただいたのは、ガリ版で印刷した学校からの通知です。「ガリ版」とは正式名称を謄写版(とうしゃばん)といい、エジソンの発明品を堀井新治郎という発明家が日本人向けに改良したものでした。

ここでは「担任の教師の達筆な字で、伸仁君についてどうしてもお話しなければならないことがあるので必ずお越しいただきたい」と書かれた文章を、不安気に読む房江の姿をイメージしてみます。

伸仁くんは、つまり要注意人物です!

学校に呼び出された房江に、担任教師が言ったのは上のタイトルのような言葉でした。さらに「宿題は何一つやってきませんし、授業では私の話なんかほとんど聞いていません・・・・」と続けます。

ただ、「ひとつくらいは褒めておこうといった口調でつけくわえた」のは「クラスのみんなをよう笑わせてます。漫才がうまいんです」ということでした。

下に引用させていただいたのは、昭和32年にはすでに有名だった夢路いとし・喜味こいし師匠の写真です。ここでは、このような人気漫才をヒントに「おんなじクラスの土井っちゅう生徒と組んで即興で漫才をやる」伸仁を想像してみます。

おせちの人気料理は「サゴシのきずし」

房江は昭和32年の仕事納めの日に、熊吾から次の日の予定を訊かれます。「伸仁を迎えに行き、そのあと野田の市場で正月用の買い物をして、お節料理作りに取りかかる」と答えます。

熊吾や魚嫌いの伸仁も喜んで食べたのは、「サゴシ(関東ではサゴチ)」と呼ばれる鰆(さわら)の幼魚のきずし(塩と甘酢で味付けたもの)でした。冬の時期には脂がのり、酢で絞めているので上品な味わいもあります。

下に引用させていただいたのは、 そのサゴシのきずしになります。ここでは、お正月に熊吾一家がのんびりとこの料理をつまむ風景をイメージしてみます。

年末には角座で寄席を

熊吾が年末の休暇に入ると「十二月三十日は親子三人で角座の寄席に行き、そのあと千日前のふぐ料理やでてっちり鍋を囲み、大晦日は、終日、お節料理作りをして新しい年を迎え、・・・・」と楽しいイベントが目白押しです。

下に引用させていただいたのは昭和30年代の、大阪角座の出演者の看板になります。ちなみに、上で登場したいとし・こいし師匠の名前もあります。節分時期の興行のようで「オニもフキダス爆笑陣ここに勢ぞろい」というフレーズがいいですね。

料金は200円とありますので、小説にでてくる屋台のたこ焼き(100円)の2倍くらいの価格です。ここでは手前にたたずむ方の姿に熊吾家族を重ねてみます。

タクシーのラジオからは「有楽町であいましょう」

熊吾たちは元日には「丸尾千代麿の家に年始の挨拶をしてから、房江と伸仁だけで梅田で映画をみた。熊吾と千代麿は夜遅くまで語版を挟んで向かい合っていた」とあります。

ちなみにこのころ流行っていた映画は石原裕次郎さんが主演の「錆びたナイフ」や「嵐を呼ぶ男」などでした。映画とともに同名の歌も売れますが、小説で房江が乗るタクシーから流れてくるのは、フランク永井さんの「有楽町であいましょう」です。

下にはその歌の動画を引用させていただきました。ここでは、「船津橋の近くに車でずっと小声で」その曲を歌い続けるタクシー運転手の姿と、「音程の外れた歌に聴き入っていたわけではないのに、歌詞の出だしだけは覚えてしまった」という房江の姿をイメージします。

旅行の情報

ワッハ上方

正式には「大阪府立上方演芸資料館」で、落語や漫才、浪曲、講談などの上方演芸の資料館になります。 夢路いとし・喜味こいし師匠の写真を公式ツイッターから引用させていただきましたが、他にもたくさんの上方演芸の名人たちのなつかしいポスターや、映像・音声などで当時を振り返ることができます。

また、M1グランプリのファイナリストとの写真撮影コーナーや、にらめっこ対決コーナーなどもあり、さまざまな楽しみ方ができます。下には公式インスタグラムから常設展示の一つを引用させていただきました。

【住所】大阪市中央区難波千日前12-7YES・NAMBAビル7階
【アクセス】なんば駅から徒歩5分
【関連サイト】https://wahha-kamigata.jp/

太政(ふとまさ)千日前本店

熊吾たちは角座にいったあと、千日前のふぐ料理に立ち寄っています。太政の千日前本店は「ワッハ上方」から徒歩3分の千日前2丁目にあり、昭和23年創業の老舗フグ料理店です。

下に引用させていただいたような美味しそうな鍋(てっちり)のほか、刺身(てっさ)やふぐ皮の湯引き(てっぴ)、唐揚げ、白子などもそろっています。1万円ほどからのコース料理もあり、予約すれば珍しいふぐの握りなどもいただけます。

【住所】 大阪府大阪市中央区千日前2-7-18
【アクセス】難波駅から徒歩5分
【関連サイト】http://www.futomasa.com/