宮本輝著「満月の道」の風景(その3)

資金繰りに奔走する熊吾

「ハゴロモの商売のやり方を真似た同業者が大阪市内に七軒も増え」たことや、エアー・ブローカーが流す「ハゴロモ」に対する悪い噂などにより売り上げが急激に減ります。また、再会した森井博美は赤井という「質の悪い情夫」と別れたがっています。手を差し伸べようとする熊吾ですが・・・・・・(今回はネタバレが多めになりますのでご注意ください)。

伸仁の誕生日祝いだが

伸仁が16歳の誕生日を祝うために熊吾は房江・伸仁と道頓堀の戎橋のたもとで待ち合わせをします。遅れてやってきた2人に理由を聞くと「事務所でエアー・ブローカー同士がケンカを始めて、ひとりが大怪我をした」ためその対応をしたとのこと。山川というエアー・ブローカーが伸仁にからんだのを、その友人が止めに入ったのが直接の原因でした。

熊吾は2人に「漫才でも観て気分を変えるか?ダイマル・ラケットも出ちょるぞ。秋田Aスケ・Bスケも出ちょる」といいますが「そんな気分になれない」と房江は応えます。

以下に引用させていただいたのはダイマル・ラケットのお二人。

また、下には秋田AスケBスケさんを引用させていただきました。どちらも表情を見るだけで頬がゆるんできそうですね。房江と伸仁の暗い雰囲気に不愉快になった熊吾は「お前らふたりだけで誕生日の祝いをせぇ」といって立ち去ってしまいます。

赤井との交渉

エアー・ブローカーの山川が伸仁にからんだのは、その前に事務所にやってきたヤクザ(=赤井の兄貴分)にお茶を頭からかけられて気が立っていたからでした。そして、そのヤクザは森井博美が東京へ逃げるように仕向けた熊吾を脅しにきたと考えた熊吾は、直接、赤井のアパートに向かいます。

下に引用させていただいたのは昭和30年代のアパートを再現したものです。ここでは「インスタント・ラーメンの空袋や一升壜や汚れた丼鉢が、敷いた蒲団の枕元に散乱し……壁際に(博美が仕事で使う)ミシンがあった」という景色を重ね、手切れ金の交渉をする熊吾たちの姿を置いてみましょう。

ビフカツサンドを食べながら

ハゴロモの仕入担当・黒木は昼飯用にカツサンドを持ってやってきます。下に引用させていただいたのは昭和36年に開業した大阪を代表する老舗洋食屋・グリル梵本店のビフカツサンドの写真です。ここではカツサンドをほおばりながら「うまい、これはうまい」と感動する熊吾の顔を想像してみましょう。

熊吾は「二月と三月の不景気がハゴロモの資金繰りを狂わせよった」といいますが「そんなに悪かったんですか」と黒木は不審そうな表情をみせます。

麻衣子は蕎麦店をオープン

出石そばの味見を

一方、城崎では熊吾の古い知り合いの娘・麻衣子が小料理屋の「ちよ熊」を蕎麦屋にリニューアルしようとしていました。ベースにするのは兵庫県の名物でもある出石そば。お店にきた出石そばの店主に頼み込んで数か月の修行をした麻衣子は大阪を訪れ、料理上手な房江につゆの味見・改良をしてほしいと頼みます。

下に引用させていただいたのは江戸時代創業の老舗で出石でも人気の「近又(きんまた)」のお蕎麦です。ここでは、出石オリジナルを薄味に改良したつゆに満足し「私、房江おばさんの味を私の『城崎蕎麦』に決めるわ」と宣言する麻衣子の姿を想像してみましょう。

満月の道

城崎に戻り蕎麦屋「ちよ熊」の営業をはじめた麻衣子から「みんな、美味しいと褒めてくれる……ぜひ泊りがけで城崎に来て、『ちよ熊』の蕎麦を食べてくれ」との手紙が来ます。その手紙に応じて城崎温泉にやってきた房江は、麻衣子が準備してくれたトビウオの刺身を食べ、地元・豊岡の日本酒を飲み、昼寝をして宿の温泉に入るなどして日頃の疲れを癒しました。下に引用させていただいたのは豊岡出石酒造の「楽々鶴(ささづる)」なる人気の日本酒とお刺身の写真です。ロックで冷え冷えにして飲むのも美味しそうですね。

蕎麦屋の深夜営業が儲かっているのを見届けた房江は、麻衣子の家に一緒に帰りながら城崎大橋を渡ります。そして「中空に満月があった……長いこと無言で満月に見入っているうちに、風の音の源が、河口でも海でも山の麓でもなく、夜空全体であるような気がしてきて」という不思議な感覚にとらわれます。

下に引用させていただいたのはきれいな山と満月の景色です。ここでは「私が捨てたあの子はいくつになったのだろう」と考える房江と、「私も私生児、私の子も私生児」とつぶやく麻衣子の姿を置いてみます。

麻衣子は独自の道を歩み始め、房江も温泉で一息つきますが、熊吾は傾いた「ハゴロモ」を立て直すためにお金の調達に奔走します。「満月の道」の風景は次回で最終回となる予定です。最後までお付き合いいただけるとうれしく思います。

旅行の情報

下町風俗資料館

熊吾が博美の情夫・赤井との手切れ金交渉をする場所として登場してもらった場所です。上野公園のそばにあり、明治から昭和までの東京・下町の生活を再現した資料館となっています。なお、今年(令和5年)の4月から令和6年度末まではリニューアルのため閉館中です。レベルアップした展示が見られることを期待して待ちましょう。なお、昭和の懐かしい生活風景は、名古屋の「昭和日常博物館」や岐阜県の「高山昭和館」などの他のスポットでも再現されています。

住所:東京都台東区上野公園2-1
アクセス:JR上野駅から徒歩で約5分
関連サイト:https://www.taitocity.net/zaidan/shitamachi/

出石皿そば近又(きんまた)

麻衣子が房江にそばの味を確認してもらう場面で引用させていただいた蕎麦屋さんです。そばの実を皮ごと石うすで挽いた香りの高い黒いおそばが名物となっています。

小皿で少しずつ提供される伝統的な出石スタイルで、大人なら20皿、小学生以下は 15皿を完食すると記念に下に引用させていただいたような手形がもらえます。塩やつゆ、とろろ、卵などで味変させながらいただけるので最後まで飽きずに食べることができるでしょう。

住所:兵庫県豊岡市出石町本町99
アクセス:播但連絡道路・和田山ICから車で約40分
関連サイト:https://kinmatasoba.jp/

グリル梵本店

熊吾の昼食用に黒木が差し入れる美味しいカツサンドのお店として登場してもらいました。グリル梵の牛フィレ肉を使用したヘレカツサンドは下に引用させていただいたように、ほどよい焼き目の入った香ばしいパンの下にジューシーなカツがたっぷり詰まっているのが特徴です。

冷めても肉が柔らかく、美味しく食べられるためお土産に利用するのもよいでしょう。新世界の本店のほかに大阪市北区の堂島店、東京銀座店もあるのでぜひ立ち寄ってみてください。

住所:大阪府大阪市浪速区恵美須東1-17-17
アクセス:堺筋線・恵美須町駅から徒歩約2分
関連サイト:https://tabelog.com/osaka/A2701/A270206/27001105/