宮本輝著「満月の道」の風景(その4最終回)

一から出直し

社員の黒木らの調査により社員による使い込みが発覚。「ハゴロモ」は運営のための資金が不足するという窮地に立たされてしまいます。熊吾は知り合いを頼り金策に走りますが・・・・・・。ほかにも、高校二年になった伸仁の近況も併せて追っていきましょう。

「ハゴロモ」の不景気の原因は?

熊吾はある日、仕入れ担当の黒木から「他の社員に聞かれるとまずい事柄なので、ふたりだけで話をしたい」という電話を受けます。いつもの鳥すき屋で会った黒木は「自分が広島で買ってきた一九六〇年型のルノーは七万八千円という価格をつけた」にもかかわらず「五万円で」売られていたといいます。

そして「経理と在庫管理を一手に握っている」男なら「売れたのに、売れたと書かずに、金だけを」とることできるとも。下に引用させていただいたのは1961年型のルノーの写真です。ここでは買い付けた車をイメージしながら、熊吾にうたがわしい男の名前を告げている姿をイメージしてみましょう。

公的資金を頼って

本物の帳簿を見て「わしの会社には、今三十二万八千円しかないのか?」と驚いた熊吾は、古い知り合いである徳沢邦之の「親分」にあたる大臣を通して公的金融機関を紹介してもらおうと考えます。下に引用させていただいたのは当時(昭和38年5月ごろ)の内閣(第2次池田第1次改造内閣)の写真です。佐藤栄作氏や三木武夫氏など後日、総理大臣になる方たちの名前もありますね。

ここでは「親分」の顔を想像しつつ「徳沢から『親分』に頼んでもらえないものか。」と考えながら徳沢を訪問する熊吾の姿を想像してみましょう。

伸仁の愛読書は

徳沢は熊吾が融資を受ける候補として「親分」の元運転手で政府系の金融機関に勤めている友人を紹介してくれました。その後の雑談では伸仁の話題になり、高校二年になって「やっと本気で受験勉強を始め」たことや、勉強机には(小学生の時に買い与えた)「赤毛のアン」がのっていたことなどを徳沢に語ります。

「赤毛のアン」にはたくさんのアンダーラインが引いてありその一つが「アンにものごとを冷静に受けとれということは、性格を変えろということになるだろう」という部分でした。そこで熊吾が「あの『赤毛のアン』ちゅうのは、おとなが読む小説かもしれません」と言うところも印象的です。

下には宮本輝氏と吉本ばなな氏の対談集「人生の道しるべ」についてのSNSを引用させていただきました。こちらにあるように「赤毛のアン」は宮本氏ご本人の愛読書でもあるようです。

https://twitter.com/bokukeitodama/status/1432461136931164162

伸仁の誕生日を再度

徳沢の事務所からの帰り道、伸仁の16歳の誕生日を祝ってあげられなかったこと(「満月の道」の風景その3参照)を思い出した熊吾は、伸仁を「明洋軒」なる洋食屋に誘います。「ポタージュスープとビフテキと温野菜のサラダを註文し」、久しぶりに会話をする2人。「ぼくはこのごろ暗いけど」という伸仁にわけを聞いたところ「中学時代からとりわけ仲の良かった三人が退学になってしまった」とのこと。友達が減ったことだけでなく、間接的に自分にも責任があることも心が重い理由でした。

下に引用させていただいたのは昭和時代にはふつうにあったバスの灰皿の写真です。ここでは友人のことを思って泣きながら食事をする伸仁の姿をイメージしてみましょう。

熊吾達の姿を

食事を終えた熊吾たちは街で偶然見かけたある人物を追って「夜の御堂筋を淀屋橋のほうへ小走りで」移動しました。結局見失ってしまいますが「さらに南に歩いて土佐堀川に架かる淀屋橋の真ん中へ行った」とあります。

下に引用させていただいたのは昭和30年代の淀屋橋の写真です。ここでは橋から曇った夜空を眺めながら「見えん月を見るのも月見じゃけんのお」という熊吾と「京都の能楽堂でみた『月見座頭』やろ?」と返す2人の姿を最後の風景にしてみます。

再スタートとなった熊吾に明るい未来が待っているどうかは次の(「長流の畔」の風景)にて追っていく予定です。(「満月の道」の風景)を最後までお読みいただきありがとうございました。

旅行の情報

淀屋橋

「満月の道」の終盤で熊吾と伸仁が夜空を眺めるシーンで引用した橋です。「流転の海」シリーズではお馴染みの土佐堀川にかかる橋で江戸時代の材木商・淀屋が自費で建てたのが始まりです。現在の橋は昭和10年の創建なので、外観は熊吾の時代とあまり変わっていません。ただし、周辺のビルの数は増えているため、夜景は当時よりだいぶ明るくなっていると思われます。

周辺には国の重要文化財に指定された「大阪市中央公会堂」もあり展示室など一部は無料で見学が可能。また、有料のガイドツアーも行われています。

住所:大阪市北区中之島1丁目~中央区北浜3丁目間
アクセス:淀屋橋駅からすぐ
参考サイト:https://osaka-info.jp/spot/yodoyabashi-bridge/

国立能楽堂

最後に淀屋橋で伸仁がいった「月見座頭」とは狂言の曲名の一つです。月がきれいな晩に座頭(盲目の人)が虫の音を聴いていたところ、通りがかった男と意気投合し酒宴を楽しみます。ところが同じ男が突然心変わりして引き返し、声を変えて座頭にけんかをしかけるというストーリーです。

名曲のためさまざまな場所で上演されていますが、例えば東京にある国立能楽堂では、今年(2023年)の9月9日(土)に上演が予定されています。下にはその国立能楽堂の舞台の写真を引用させていただきました。

住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷4-18-1
アクセス:総武線・千駄ケ谷駅から徒歩で約5分
参考サイト:https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/nou/2023/9-40.html?lan=j