村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」の風景(その7)

警察での取り調べ

「僕」はキキについての情報を得られないまま、毎日渋谷の映画館で「片想い」を見て、周辺を散策する単調な日課を続けていました。そんなある日、二人の刑事に任意同行を求められ、五反田君の部屋で一緒に過ごしたコールガールについての取り調べを受けます。五反田君に迷惑をかけまいと嘘の供述をする「僕」でしたが・・・・・・

フットワークが軽く


春休みになり街は「懐かしい春の匂いがした」。「僕」は映画「片想い」を見た後に
「原宿から神宮球場、青山墓地、表参道、仁丹ビル、渋谷」
の散策という毎日のルーティンを続けます。

単調な生活ですが
「そしてそのうちに僕は、少しずつ自分の足が動きを取り戻し始めていることに気づいた。ステップが軽く、そして確かになり、それにつれて頭の動きにも以前にはない鋭さが感じられるようになった。僕はほんの少しずつではあるけれど一歩一歩前に進んでいるのだ」
とあります。

上には青山墓地周辺の桜並木の写真を引用させていただきました。こちらの風景の中に花を見ながら、軽いステップで歩く「僕」を置いてみましょう。

春の単調な生活

「三月の末の四日か五日がそんな風にこともなくながれた。表面的には何の進展もなかった。僕は買い物をし、台所でささやかな食事を作り、映画館に通って『片想い』を見て、長い散歩をした。・・・・・・夜には一人で本を読み、酒を飲んだ。毎日が同じような繰り返しだった」
とのこと

「そうこうするうちにエリオットの詩とカウント・ベイシーの演奏で有名な四月がやってきた」
とあります。

下にはカウントベーシーオーケストラの「パリの四月」を引用させていただきました。

「眠くなると、僕はグラスを流しで洗い、歯を磨いて眠った。目が覚めると翌日がやってきた。一日一日が早く過ぎる」
とあります。

スモーク・サーモンのサンドイッチ

四月の始め、
「朝のうちに紀ノ国屋に行って、またよく調教された野菜を買った。それから缶ビールを一ダースとバーゲンのワインを三本買った。コーヒー豆も買った。サンドイッチにするためのスモーク・サーモンも買った・・・・・・」
とのこと。

昼にユキから電話がきて、以下のような会話が行われました。
ユキ「元気?」
僕「とても元気だよ」
ユキ「今何してるの?」
僕「そろそろ昼飯を作ろうかなと思ってたんだ。ぱりっとした調教済みのレタスとスモーク・サーモンと剃刀の刃のように薄く切って氷水でさらした玉葱とホースラディッシュ・マスタードを使ってサンドイッチを作る。紀ノ国屋のバター・フレンチがスモーク・サーモンのサンドイッチにはよくあうんだ。うまくいくと神戸のデリカテッセン・サンドイッチ・スタンドのスモーク・サーモン・サンドイッチに近い味になる」

上にはその「トアロード・デリカテッセン」のスモーク・サーモンのサンドイッチの写真を引用させていただきました。ここでは、歌を口ずさみながらサンドイッチを作る「僕」の姿をイメージしておきましょう。

ユキとの約束

ユキ「ドライブに行きたい・・・・・・今日の夕方はあいてる?」
僕「あいてると思う」
ユキ「五時に赤坂のアパートに迎えにきてよ。場所は覚えてる?」
僕「ねえ君、あれからずっとそこにいるの、ひとりで?」
ユキ「うん。箱根になんて帰ったって何もないもの」
僕「ちゃんとご飯は食べてる?」
ユキ「ケンタッキー・フライド・チキンやらマクドナルドやらデイリー・クイーンやらそういうの。あとはホカホカ弁当・・・・・・」

上には2004年に日本から撤退した「デイリー・クイーン」のメニューや店舗の写真を引用させていただきます。アメリカを拠点とするファーストフード店で、「ダンス・ダンス・ダンス」の頃は日本全国にチェーン展開していました。ハンバーガーのほか、逆さにしても落ちない「DQソフト」が人気商品だったとのことです。

僕「五時に迎えにいくよ」
ユキ「簡単に予定を変えたりしないでよね。そういういい加減な相手はママ一人で充分なんだから」
僕「大丈夫だよ。・・・・・・僕くらいきちんと約束を守る人間はそんなにいない。ただ世の中には突発事故というものがあるんだ。予想もしてないことが急に起こったりする。・・・・・・青天の霹靂」

青天の霹靂、起こる

午後三時、「僕」がシャワーを浴びているとドア・ベルが鳴ります。
「バスローブを着て、ドアを開けるまでにドア・ベルは八回も鳴った」
とただごとでない雰囲気です。

外には男が二人立っていて
「一人は四十代半ばに、もう一人は僕と同じくらいの歳格好に見えた」
とのこと。

一人は
「年上の方は背が高く、鼻に傷あとがあった。まだ春の始めだというのによく日焼けしていた。漁師のような深い現実的な日焼けだった。・・・・・・髪は見るからに硬そうで、手がいやに大きかった。彼はグレーのオーバーコートを着ていた」
もう一人は
「背が低く、髪が長めだった。目が細く、鋭かった。ひと昔前の文学青年みたいに見えた。同人誌の集まりで額の髪をかきあげて『やはり三島だよ』と言ったりしそうな雰囲気がある。・・・・・・こちらは紺のステン・カラーのコートを着ていた」

「『漁師』と『文学』と僕はとりあえず名前をつけた」
とあります。

上には伊東にある「まぼろし博覧会」の公式SNSから1970年代の大学生の部屋の写真を引用させていただきました。写真左側の黒い服の男性を「僕」が「文学」と名付けた男と重ねてみましょう。

その文学は
「赤坂署のものです」
と職業を明かします。

取り調べ

警察署に任意同行を求められた「僕」はパトカーに乗り込み赤坂署に向かいます。下には2008年まで使われていた赤坂警察署の写真を引用しました。

こちらのどこかの部屋で「僕」が「漁師」や「文学」から厳しい取り調べを受ける様子を想像してみます。

出典:Tokyo Watcher, CC BY-SA 3.0 http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Toraya_honten-building_0612150030.jpg

取り調べの途中、メイ(キキとコンビのコールガール)が他殺死体で発見されたことを聞かされます。五反田君のマンションで渡した名刺がメイのカバンに残っていたため、「僕」が重要参考人に挙げられたとのことです。

「僕」は五反田君に迷惑をかけることを恐れて、メイのことは知らないと嘘の供述をしました。泊まりがけで取り調べを受けますが、なぜか三日目に「僕」は突然開放されます。

赤坂署の玄関まで送ってくれた「文学」はこういいました。
「あんたがシロだってことは、昨日の夜にもうわかってたんですよ・・・・・・でもね、あんたは何か隠してたね。だから置いておいたんです。・・・・・・今度は横から弁護士が出てきてもびくともしないくらいびしっと準備してやる」

「僕」は、自宅で
「カリフラワーを茹で、それを食べながらビールを飲み、アーサー・プライソックがカウント・ペイシー・オーケストラをバックに唄うレコードを聴いた」
とあります。

ここでは上に引用させていただいた曲を聴きながら開放感に浸る「僕」の姿をイメージしてみましょう。

湘南をドライブ

「僕」が警察から開放されたのは、ユキの父親で作家でもある「牧村拓」が弁護士に頼んでくれたからでした。ユキとともに湘南にある牧村拓の家に向かう途中、辻堂の海岸で散歩をします。

「気持ちの良い四月の午後だった。風らしい風もなく、波もおだやかだった。・・・・・・サーファーはあきらめて陸に上がり、ウェット・スーツを着たまま砂浜に座って煙草をふかしていた。・・・・・・左手には江の島が蜃気楼のようにぼんやりとかすんで見えた」
とあります。

下に引用させていただいたような景色だったでしょうか。

こちらのような海岸でユキは自分が特殊な能力を持っていること。それが不登校の原因にもなっていることなどを語ります。
ユキ「友達に『あの人怪我するわよ』って言うと、結局その人ちゃんと怪我をするの。そんなことが何度かあって、それ以来みんな私のことお化けみたいに扱うようになったの。『お化け』って呼ばれたことだってあるのよ・・・・・・だからそれ以来何も言わないことにしたの。・・・・・・見えそうになったら、感じそうになったら、すっと閉じちゃうの」

「僕」が羊男と会ったことを言い当てたこと(ダンス・ダンス・ダンスの風景その5・参照)については
僕「でも僕の時は閉じなかったんだね?」
ユキ「なんだか突然だったの。警戒する暇もなかった。突然ふっと、そのイメージみたいなのが浮かんだの・・・・・・」

僕「話しあえてよかった」
ユキ「あなたもお化け組の一人なのよ」

牧村拓の家へ

ユキの父・牧村拓の家は
「古くて広くて、いやに庭木が多い家だった。その一家には湘南がまだ浜辺の別荘地だったころの面影が残っていた」
とあります。

下に引用させていただいたのは湘南エリアで代表的な別荘地だった旧吉田茂邸の写真です。ここでは裏庭で牧村拓と「僕」が2人でビールを飲みながらユキの育て方について話し合っているシーンをイメージしてみましょう。

ユキの母の「アメ」はこの時、カトマンズからハワイに移動していて、直接ユキの面倒をみることはできず、アメと離婚した牧村拓は彼女の許可なしにユキと会うことはできないとのこと。

牧村「君にユキの面倒をみてもらえないだろうかな・・・・・・一日に二時間か三時間。そして二人で話をして、まともな飯を一緒に食ってくれればいい。それだけでいいよ。仕事としてちゃんと金は払う・・・・・・」
僕「彼女とときどき会うのはかまいません・・・・・・ただし毎日は会えない。・・・・・・義務的に人に会うのは好きではない。会いたい時に会います。金は要りません」

旅行などの情報

トアロード・デリカテッセン

「ダンス・ダンス・ダンス」の中でも、お手本となるスモーク・サーモンのサンドイッチとして紹介されているお店です。JR元町駅や阪急三宮駅からも近く、観光の立ち寄りにも便利なロケーションにあります。1階がテイクアウト、2階にはカフェがありサンドイッチのほかソーセージやハンバーグのセットなども提供しています。

基本情報

住所:兵庫県神戸市中央区北長狭通2-6-5
アクセス:JR元町駅から徒歩約5分
参考URL:https://tabelog.com/hyogo/A2801/A280102/28002184/

辻堂海浜公園(駐車場)

牧村拓の家に向かう途中に立ち寄った辻堂海岸にアクセスするにはこちらの駐車場を利用するのがおすすめです。合計で800台分ほどの駐車スペースがあり、そこからすぐに辻堂海岸に出ることができます。

公園内には売店やレストラン、大きな芝生広場があり、下に引用させていただいたように富士山が綺麗に見えることでも有名です。

基本情報

住所:神奈川県藤沢市辻堂西海岸3-2
アクセス:新湘南バイパス・藤沢ICから約5km
参考URL:http://www.kanagawa-park.or.jp/tujidou/

旧吉田茂邸

上では牧村拓の自宅をイメージした湘南の別荘地らしい場所として取り上げさせてもらいました。戦後復興に尽力した内閣総理大臣・吉田茂の邸宅を復元した施設です。敷地内には池や竹林があり、バラや藤などの季節ごとの花も楽しめます。下にはさつきが咲いた初夏の景色を引用させていただきました。

基本情報

住所:神奈川県大磯町国府本郷551-1
アクセス:JR大磯駅から徒歩約30分
参考URL:http://www.town.oiso.kanagawa.jp/oisomuseum/index.html