村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」の風景(その9最終回)
最後の冒険
東京に戻った「僕」は、キキの残した電話番号がコールガール・ジューンの番号と同じだったことから、ジューンについて調べました。また、映画「片想い」を見たユキは直感的に五反田君の起こしたある事件を見てしまいます。
ワイキキで見た六体の白骨の暗示するものとは?
ハッピーエンドを迎えられるのか?
終盤の風景を追って行きましょう。
おつまみ作りの天才?
日本に帰ってきてからは
「何日かおきに五反田君と会って酒を飲んだり、食事をしたりした」
とのこと。
「僕」のアパートにきた五反田君のために以下のような酒のつまみを作ります。
「僕は長葱と梅肉のあえものを作ってかつおぶしをかけ、わかめと海老の酢の物を作り、わさび漬けと大根おろしに細かく切ったはんぺんをからめ、オリーブ・オイルとにんにくと少量のサラミを使ってせん切りにしたじゃが芋を炒めた。胡瓜を細かく刻んで即席の漬物を作った・・・・・・」
「僕」が作ったおつまみを忠実に再現された投稿がありましたので、下に引用させていただきました。
五反田君「天才的だ。僕にはとてもできない」
僕「僕には歯医者の真似なんてとてもできない。人には人それぞれの生き方がある・・・・・・」
「我々は黒ビールを飲みながら、僕の作ったつまみを食べた。ビールがなくなるとカティー・サークを飲んだ。そしてスライ&ザ・ファミリー・ストーンのレコードを聴いた」
下に引用させていただいたのはスライ&ザ・ファミリー・ストーンが1968年に発表した「エヴリデイ・ピープル」という楽曲です。
「もしシリアスな宇宙人がそこに居合わせたらたぶんタイム・ワープか何かだと思っただろう」
というような「六〇年代的な夜」をイメージしながら曲を聴いてみましょう。
メイの事件の話・ジューンの調査を依頼
十一時を過ぎると音楽を消し、外の「柔らかくて静かな雨」の音を聴きながらメイの事件の話をします。
僕「警察はコールガール組織に捜査の対象を絞っている・・・・・・だから、そっちの方から君のところに手が伸びる可能性はあるかもしれないよ」
五反田君「でも多分大丈夫だと思う。・・・・・・上の方の政治家が何人かかんでいる。だからあの組織がもし警察に割れたとしても内部までは手が入らないだろうということだった・・・・・・」
僕の部屋には「マリメッコの大きなクッションがふたつあって、それをあてて壁にもたれるとなかなか気持ちがいい」とのこと。「僕」と五反田君が上に引用させていただいたようなクッションを背にし、壁にもたれながら会話をするシーンをイメージしてみましょう。
僕「ひとつ頼みがある・・・・・・その組織に電話をかけて聞いてほしいことがあるんだ」
五反田君「事件に関係したことなら無駄だぜ」
僕「事件には関係ないことだよ。ホノルルのコールガールについて知りたいことがあるんだ。たしかその組織を通じて外国のコールガールが買えると聞いたんだけど・・・・・・ジューンという東南アジア系の女の子がいるかどうか知りたい」
五反田君「わかった、明日連絡をつけてみよう」
五反田君のマセラティと交換
五反田君は「僕」のアパートから帰るときに以下のように切り出します。
五反田君「悪いんだけど、もしよかったら君のスバルをしばらくの間貸してくれないかな?かわりにマセラティを置いていくから。実を言うと、女房とこっそり会うのにマセラティだといささか目立ちすぎるんだ・・・・・・」
僕「スバルはいくらでも貸してあげるよ・・・・・・でも、正直言って、あのファッショナブルなスーパー・カーを替わりに置いていかれるのはとても困る。・・・・・・夜の間にどんないたずらをされるかもしれない。それに運転中に何かあって疵がついても僕にはそんなのとても弁償できない」
五反田君「かまわないよ。そういうのは全部事務所が面倒みるんだ。しっかりと保険がきいてる」
出典:René, CC BY 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by/2.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Maserati_Merak_SS_Tipo_80-1980_(10610779834).jpg
マセラティの車種は明記していませんが、上には80年代のスーパー・カー「マセラティ・メラク」の写真を引用させていただきました。
ここでは、五反田君がスバルに乗って帰っていったあと、「僕」がマセラティを駐車場に入れるときの記述を抜粋してみましょう。
「敏感でアグレッシブな車だった。反応が鋭く、パワフルだった。アクセルをちょっと踏むと月まで飛んでいってしまいそうだった」
「『そんなに頑張らなくていいんだよ。気楽にやろう』と僕はダッシュボードをとんとんと叩き、明るい声でマセラティに言いきかせた。でもマセラティは僕の言葉なんかろくに聞いていないみたいだった。車だって相手の顔をみるのだ・・・・・・」
犯人は誰だ!?
翌日の夕方、五反田君はコールガール組織に問い合わせた結果を報告してくれます。
五反田君「ジェーンという子はたしかにいた。・・・・・・でも彼女は三ヵ月前にいなくなってる。もう働いてない」
僕「三ヵ月前?」
「でも、たしかに二週間前に彼女は僕と寝たのだ・・・・・・」
「僕は喫茶店に入って手帳にボールペンで僕の回りの人間関係を図にして描いてみた。かなり複雑な関係だった。第一次大戦開戦直前の列強関係図みたいだ」
下にはその相関図の内容を書き写させていただきました。
出典:管理人作成(講談社文庫「ダンス・ダンス・ダンス」P205より)
「三人の消えた娼婦と一人の俳優と三人の芸術家と一人の美少女と神経症的なホテルのフロント係の女の子。どう好意的に見てもまともな交友関係とは言えない。アガサ・クリスティーの小説みたいだった」
「『わかった、執事が犯人だ』と僕は言ってみたが、誰も笑わなかった」
下にはアガサ・クリスティ原作「オリエント急行殺人事件」の映画・予告編(2017年公開)を引用させていただきました。予告編でも「執事」が容疑者の一人になっています。名探偵ポワロ(ケネス・ブラナー)の推理は・・・・・・
「最初はキキとメイと五反田君のラインだけだった。それなのに今では牧村拓とジューンのラインまで加わっている。そしてキキとジューンはどこかで繋がっている。ジューンの残していった電話番号とキキの残していった電話番号は同一のものなのだ・・・・・・」
「『これはむずかしいぜ、ワトソン君』と僕はテーブルの上の灰皿に向かって言った。もろん灰皿は何も答えなかった。灰皿は頭がいいから、こういうことには一切関わり合いにならないようにしているのだ」
上には日本では2010年に公開された「シャーロック・ホームズ」の予告編を引用させていただきました。ホームズ(ロバート・ダウニー・Jr)とワトソン君(ジュード・ロウ)との仲のよい(?)やりとりが評判でした。
再び「片想い」を
五月七日にユキが帰ってきて「僕」を遊びに誘います。車は五反田君のマセラティでした。
ユキ「この車どうしたの?」
僕「友達と一時的に交換したんだ」
ユキ「変な車・・・・・・馬鹿みたい」
彼女はドライブ中に気分が悪くなります。
ユキ「帰りたい。Uターンして東京に帰ろう」
僕「ここは東名高速だよ。たとえニキ・ラウダといえどもここでUターンはできない」
ユキ「どこかで下りて」
特殊な感性を持つユキは五反田君のマセラティに「何か嫌な雰囲気がある」と言いました。
下は1984年、F1グランプリでワールドチャンピオンに輝いた年のニキ・ラウダ氏のレース中の写真です。この年はチームメイトのアラン・プロスト氏も2位となり、マクラーレンはコンストラクターズチャンピオンにも輝いています。
出典:twm1340, CC BY-SA 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lauda_McLaren_MP4-2_1984_Dallas_F1.jpg
そして後日、何か映画を見たいというユキを箱根の家まで迎えに行き、小田原の映画館に行くことにします。
「新聞を買って調べてみたが、たいした映画はやっていなかった。二番館で五反田君の出る『片想い』をやっているだけだった」とあります。
「ダンス・ダンス・ダンス」の頃には小田原駅周辺に多くの映画館がありましたが、2003年頃に全て姿を消したとのこと。
下には今年(2024年)にオープンしたばかりの「小田原シネマ館」の写真を引用させていただきました。ここでは、こちらのレトロな建物に入って行く「僕」とユキの姿をイメージしてみましょう。
ユキ「あなたはその映画を見た?」
僕「見た・・・・・・くだらない映画だよ」
ユキ「お友達はなんて言ってるの、その映画について」
僕「フィルムの無駄遣いだと言ってる」
ユキ「でもそれ見てみたいわ」
「やがて映画が始まった。僕は筋を全部知っていたから、ろくに映画なんか見ないで考え事をしていた」
「スクリーンの上ではハンサムな五反田君が授業をしていた。演技とはいえ彼の教え方は立派なものだった。はまぐりの呼吸法についての説明だったが、わかりやすく、親切で、ユーモアにあふれていた」
「やがてキキの出てくるシーンになった。・・・・・・僕は深く息を吸い込んで、スクリーンに意識を集中した・・・・・・」
そして
「気がついたとき、ユキは前屈みになって顔を伏せ、額を前の座席の背もたれの上に載せていた」
異変に気づいた「僕」は彼女を映画館から連れ出し
「国府津の海岸までいった」
とあります。
下には国府津海岸の写真を引用させていただきました。気分の悪くなったユキを堤防に寄りかかって座らせているところをイメージしてみましょう。
出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/24885589&title=%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%8E%9F%E3%80%80%E6%B5%B7%E5%B2%B8
そしてユキは衝撃的なことを語ります。
「はっきりとそれが見えるの。こんなの初めて。あの人が殺したの。映画の中の女の人を絞め殺したの。そしてあの車で死体を運んだの。・・・・・・あなたが一度私を乗せたイタリアの車よ」
犯人は五反田君?
五反田君に真相を確かめるためることを躊躇していると、彼のほうから「僕」のアパートを訪ねてきます。
僕「外に出よう。久し振りにまともな食事がしたい」
五反田君「何処がいいかな。ロレックスをつけた業界の人間に会う恐れがなくて、二人で静かに話ができて、まともなものの食える店・・・・・・全然思いつけないや」
僕「僕も駄目だ。何も思いつけない」
五反田君「オーケー、じゃ逆の考え方をしようじゃないか・・・・・・徹底的にうるさいところに行こう。そうすればかえって二人だけで落ち着いて話ができるんじゃないかな?」
僕「悪くないけど、例えば何処?」
五反田君「シェーキーズ・・・・・・ピッツァでも食べないか?」
下には「ダンス・ダンス・ダンス」と同じ時代の「シェーキーズ」の広告の写真を引用させていただきました。
「シェーキーズは混んでいて、うるさかった。バンド・スタンドがあって、そこでそろいのストライプのシャツを着たディキシーランド・ジャズのバンドが『タイガー・ラグ』を演奏し、ビールを飲みすぎたらしい学生の団体がそれに負けじと声を張り上げていた」
とあります。
「ディキシーランド・ジャズ」とは「20世紀初頭にニューオーリンズで発達したジャズのスタイル(ウィキペディア「ディキシーランド・ジャズ」から引用)」とのこと。下にはタイガー・ラグの演奏を引用させていただきました。
そのような喧噪のなかでピッツァを食べ終えたあとの「僕」と五反田君の会話を抜粋してみましょう。
僕「どうしてキキを殺したの?」
「訊こうと思って訊いたわけではない。それはふと口をついて出てしまったのだ。」
五反田君「僕がキキを殺したのか?いったいどこまでが現実なんだろう。そしてどこからが妄想なんだろう?・・・・・・僕はそれを確認したかった。こうして君とつきあっているうちにそれがわかるんじゃないかという気がした。君が僕にキキのことを最初に尋ねた時から僕はずっとそう思っていたんだ。・・・・・・」
僕「でも、何故君がキキを殺すんだ?意味がないじゃないか」
五反田君「たぶんある種の自己破壊本能だろう。僕には昔からそういうのがあるんだ。一種のストレスだよ。自分自身と、僕が演じている自分自身とのギャップがあるところまで開くと、よくそういうことが起きるんだ。・・・・・・でも僕には確かめようもないんだ。僕が殺したという確証がないんだ。死体もない。シャベルもない。ズボンに土もついてない。・・・・・・どこに埋めたかも覚えてない。たとえ警察に行って自白したとしても誰が信じる?・・・・・・」
僕「忘れよう・・・・・・確証のないことでそんな風に自分を責めるのはよせ・・・・・・君は深刻に考えすぎる。・・・・・・仕事を休んだ方がいいね。・・・・・・僕と一緒にハワイに行こう。ビーチに毎日寝転んで、ピナ・コラーダを飲もう」
五反田君「友達のよしみで、ひとつ頼みがある・・・・・・もう一杯ビールが飲みたい。でも今は立ってあそこまで行く元気がない」
僕がカウンターで二人分のビールを買って戻ってくると、彼の姿はありませんでした。
六人目の犠牲者を出すな!
「死体がまたひとつ増えた。鼠、キキ、メイ、ディック・ノース、そして五反田君。全部で五つだ。残りはひとつ。僕は首を振った。嫌な展開だった。次に何が来るのだろう?次に誰が死ぬのだろう?僕はユミヨシさんのことをふと考えた・・・・・・それはあまりにもひどすぎた。・・・・・・ユキ?・・・・・・あの子はまだ十三なんだ・・・・・・」
「五反田君がマセラティを海に沈めた三日後に僕はユキに電話をかけた」
ユキ「新聞で読んだわ。あなたのお友達、死んだのね」
僕「そう、呪われたマセラティだ。君の言う通りだった・・・・・・ご飯でも食べにいかないか?」
ユキ「二時に人と会う約束があるんだけど、その前だったらいいわ」
食事をした後、二人は周辺をドライブします
ユキ「私、家庭教師につくことにしたの・・・・・・それで今日その人に会うの。女の人。・・・・・・変な話だけど、あの映画見てたら何だか勉強したくなったの」
僕「『片想い』のこと?」
ユキ「たぶんあなたのお友達が先生の役を見たせいだと思う。見てる時は馬鹿みたいだと思ったけど、何か訴えるところがあるみたいね。才能があったのかしら」
「ダンス・ダンス・ダンス」の頃のドラマで有名な先生といえば「熱中時代」の北野広大先生(水谷豊さん)や「3年B組金八先生」の坂本金八先生(武田鉄矢さん)などが挙げられます。上には熱中時代・教師編の画像を引用させていただきました。
ユキ「(五反田君が自殺したのは)私のせいね?」
僕「誰のせいでもない。人が死ぬにはそれなりの理由がある。単純そうに見えても単純じゃない」
ユキ「でもあなたはそのことで私を憎むわ」
僕「憎んだりしない・・・・・・絶対に。二五〇〇パーセントありえない」
ユキ「それが聞きたかったの」
再び札幌へ
僕はユミヨシさんに会うために再び札幌のいるかホテルに行きます。ところが、ホテルのフロントにはユミヨシさんの姿はなく、休暇を取っていて明後日から出勤するとのことでした。ユミヨシさんへの電話連絡をしばらくとってなかったため
「その間に何が起こったかわからない」
と不安な気持ちになります。
無事にユミヨシさんとは再会できますが、ある夜、ユミヨシさんが耳元でこう囁きます。
「ねえ、起きてよ・・・・・・またあの闇がきたのよ」
こちらの続きは「ダンス・ダンス・ダンス」の本文でお楽しみください。
出典:写真AC
https://www.photo-ac.com/main/detail/307532&title=%E5%88%9D%E5%A4%8F%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E5%85%AC%E5%9C%92
新いるかホテルを最初に訪問した頃には大雪が降っていましたが、ラストシーンは上に引用した中島公園のような新緑の景色になっていました。以下には6月の札幌の風景の記述を抜粋させていただきます。
「札幌の六月は素敵な季節だった。雪解けはずっと前に終わり、ほんの数ヵ月前には固く凍えていた大地は今は黒々として、柔らかな生命の息吹をたたえていた。木々は青い葉をいっぱいに茂らせ、清潔で優しい風がその葉を揺らせていた。空は高く透き通り、雲は輪郭をくっきりとさせていた。・・・・・・」
旅行などの情報
シェーキーズ(渋谷店)
五反田君と「僕」が食事をする場所として登場するお店です。1973年にアメリカから上陸、当時あまりなじみのなかったピザを低価格で提供することにより全国展開に成功しました。
一般的なビザと比べて生地が薄く、トッピングの種類はペパロニやダブルチーズ、ウィンナー、エビ&マヨネーズなど豊富にあるので、食べ放題でも飽きることがありません。下に引用させていただいたように五反田君たちが飲んでいたビールを含め、ドリンク類も多彩です。
基本情報
住所:東京都渋谷区宇田川町32-15ビアビル2F
アクセス:JR渋谷駅から徒歩約6分
参考URL:https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130301/13012585/
中島公園・札幌祭り
ダンス・ダンス・ダンスの風景その3などで、ホテル周辺の公園として登場してもらった中島公園は、札幌では大通公園などと並んで有名なスポットです。春の桜や藤、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と季節ごとに異なる景色を楽しめます。
ほかにも、菖蒲池でボート遊びをしたり、日本庭園を巡ったり、明治13年竣工の開拓使直営の洋風ホテル「豊平館(下に引用)」で歴史を感じたりと楽しみ方はさまざまです。
出典:Daigaku2051, Public domain, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:H%C5%8Dheikan.JPG
なお、「僕」が「素敵な季節」といった6月(例年6月14日~16日)には「札幌祭り」の会場となり、屋台などが数多く出店されます。時期を合わせてお出かけになってみてはいかがでしょうか?
基本情報
住所:北海道札幌市中央区中島公園
アクセス:札幌市営地下鉄中島公園駅からすぐ
参考URL:https://www.sapporo.travel/spot/facility/nakajima_park/