村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」の風景(その3)

新いるかホテルの秘密

人生を再出発させようとやってきた「いるかホテル」は経営者が変わり、大資本の手がける巨大なホテルに変貌を遂げていました(ダンス・ダンス・ダンスの風景その2・参照)。その背景に不審を抱いた「僕」はホテルやその周辺で聞き込みをしますが、成果が得られません。そんな時、フロントの女性から声をかけられたことをきっかけに物語が動き始めます。

ホテルでゲームを

巨大なホテルにチェックインすると
「夕方まで僕はホテルの中を見物して時間を潰した」とのこと。「レストランやバーをチェックし、プールやらサウナやらヘルス・クラブやらを覗き、ショッピング・センターに行って本を買ったりした。ロビーをうろつき、ゲーム・センターでパックマンを何ゲームかやった」とあります。

「パックマン」とは大きな口を開けたゲームのメインキャラクターです。そのパックマンを操作し、ゴーストの追跡を避けながらクッキーを全て食べるとステージクリアとなります。

出典:inunami, CC BY 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by/2.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Pac-Man,_Nagoya_City_Museum_2020-08-29.jpg

上には「パックマン」のテーブル筐体の写真を引用させていただきました。「僕」が手前の椅子に座ってゲームに興ずる姿をイメージしておきましょう。

ホテル周辺はスターウォーズの世界

夕方になると「僕」はホテルを出て、周辺を歩き回ります。
「一時間ばかりあてもなく見覚えのある街路から街路へと歩いた」結果、
「昔に比べると、いるかホテルのある地域ははっきりとした変化を見せていた」ことを発見しました。

「何軒かの店は戸を閉ざし、そこに建築予定の札がかかっていた。・・・・・・以前にはなかった新しいタイプの店や建物が、昔ながらの古ぼけた色あいの三階建てのビルや暖簾のかかった大衆食堂やいつもストーブの前で猫が昼寝をしている菓子屋などを押しのけるような格好で次々に現れていた」とも。

下には高層ビルがあまりなかった1966年頃の札幌・中島公園の写真を引用させていただきました。右に見えるのは池に船が滑り落ちる「ウォーターシュート」、「中島子供の国」の人気アトラクションの一つでした。

出典:中島公園の歴史 中島公園パーフェクトガイド
http://nakajimapark.info/rekisi/rekisi1.html

周辺が再開発中ということを実感した以外の収穫はなく、ホテルに戻って26階にあるバーに入ります。
バーテンダーとの世間話の合間に「この辺も変わったね」とホテルについての情報を聞き出そうと試みますが、「このホテルの前は東京のホテルで働いていたので、札幌のことは殆ど何も知らない」との回答でした。

出典:Hiroaki Kaneko, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E5%A4%9C%E6%99%AF(Night_view_of_Sapporo_city)_09_May,_2015_-_panoramio.jpg

上の写真のように「バーの壁は全面ガラス窓になっていて、そこから札幌の夜景が見えた」とのこと。店内には近代的な設備が整えられていて「ここにある何もかもが僕に『スターウォーズ』の宇宙都市を思い起こさせた」という感想を抱きました。

また、「ふたりづれの中年の男が奥まったテーブル席でウィスキーを飲みながらひそひそと声をひそめて話していた」とあり、「ダースヴェーダ―の暗殺計画を練っているのかもしれない」と想像をたくましくしています。

出典:Smuggler’s Run,flickr
https://www.flickr.com/photos/jpellgen/50369908722/

上にはディズニーワールドのスターウォーズのアトラクション「スマグラーズ・ラン」からファルコン号のチェス台の写真を引用しました。中年の男たちが悪だくみをしていたのはこちらのような場所だったかもしれません。

ジェネシスのトレーナーを着た女の子

また、「右手のテーブル席には十二か十三くらいの女の子がウォークマンのヘッドフォンを耳にあてて、ストローで飲み物を飲んでいた。綺麗な子だった。長い髪が不自然なくらいまっすぐで、それがさらりと柔らかくテーブルの上に落ちかかり、まつげが長く、瞳はどことなく痛々しそうな透明さをたたえていた」とあります。

女の子の名前は「ユキ」といい、「ダンス・ダンス・ダンス」では重要な役割を果たすことになります。

また、「ブルージーンズに白いコンヴァースのスニーカーを履き、「GENESIS」というレタリングの入ったトレーナー・シャツを着ていた」とのこと。
「ジェネシス―――また下らない名前のバンドだ。でも彼女がそのネーム入りのシャツを着ていると、それはひどく象徴的な言葉であるように思えてきた。起源」
シャツは上に引用させていただいたような柄だったかもしれません。

進展がなく天候も悪化

次の日、何もやることが思いつかなかった「僕」は、ホテル内の理髪店に向かいます。「メンズ・ビギのシャツを着」たクールな理髪師に
「このホテルが出来る前に同じ名前の小さなホテルがここにあったんだ」
と声をかけてみますが、彼は特に関心を示さず、新しい情報は得られませんでした。

食欲はありませんでしたが昼食をとるためにレストランに入ります。
「雲はぴくりとも動かず、『ガリバー旅行記』に出てくる空に浮かぶ国みたいに、都市の頭上を重く覆っていた」とのこと。
以下には「ガリバー旅行記」の「空に浮かぶ国」を含む挿絵を引用しておきます。

出典:unknownGerd Küveler (reproduction), Public domain, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Wiki_Loves_Jules_Verne_Swift_Gullivers_Reisen_Gelehrteninsel_Laputa_1839_(Gerd_Kueveler).jpg

いるかホテルの調査の進展がなく、天候も悪くなるいくなか「僕」の心は以下のように表現されています。

「地上にある何もかもが灰色に染まって見えた。フォークもサラダもビールもみんな灰色に見えた」

明るい兆しも

ホテルで受付の前を通ると「眼鏡をかけた女の子」が僕を呼び止めます。最初にチェックインの対応をしてくれた女性で、新旧のいるかホテルについて何か事情を知っていそうでした。彼女はホテルのことについて
「仕事が終わったあとで、会ってお話しできませんか?」
とのこと。

「僕」は彼女との約束のお店に早めに到着します。
「五階建てのビルの地下にあるこぢんまりとしたバーで、ドアを開けると程よい音量でジェリー・マリガンの古いレコードがかかっていた。マリガンがまだクルー・カットで、ボタンダウンシャツを着てチェット・ベイカーとかボブ・ブルックマイヤーが入っていたころのバンド」とあります。

上にはジェリー・マリガンがチェット・ベイカーと一緒に演奏した「My Old Flame」という曲を引用させていただきました。

ホテルでの出来事について

「僕はカウンターに座って、ジェリー・マリガンの品の良いソロを聴きながら、J&Bの水割りを時間をかけてゆっくり飲んだ」とのこと。

J&Bは1749年創業の老舗でアメリカのスコッチウイスキー市場では、今でも高いシェアを占めています。下には1960年代のJ&Bの広告の写真を引用しました。

出典:J&B Scotch – 1967,flickr
https://www.flickr.com/photos/rchappo2002/3111387343

「ごめんなさい。仕事がのびちゃったんです」
と少し遅れてやってきた彼女はブラディー・マリーを注文します。以下は二人の会話の抜粋です。

彼女「あなた、取材とかそういう関係の人じゃないですよね?」
と少し警戒しながら・・・・・・
僕「これまでに何か書かれたことはあるの」
彼女「一度、週刊誌にね。汚職まがいのこととか、立ち退き拒否してた人を会社がヤクザか右翼を使って追い出したとか、そういうこと」
僕「それで、そのごたごたに昔のドルフィン・ホテルが絡んでいるわけ?」
彼女「多分そうじゃないかしら。だからマネージャーもそのホテルの名前が出てきて、警戒したんだと思うの、あなたのことを。・・・・・・私それについては詳しいことは知らないんです。ただこのホテルにドルフィン・ホテルっていう名前がついたのは、その前のホテルとの絡みがあったからだって話は聞いたことがあります」
僕「なるほど・・・・・・それ以外に何かドルフィン・ホテルについて耳にしたことはある?」

彼女「怖いんです。・・・・・・あのホテルには、つまりね、何かちょっとおかしいところがあるんです。ちょっとまともじゃないっていうのかな・・・・・・歪んでいるところがあるの」

「僕はウィスキーを飲み干し、おかわりを注文した。そして彼女のためにも二杯めのブラディー・マリーを取った」とのこと。
ブラディー・マリーは下に引用したようなトマトジュースとウォッカのカクテルです。

出典:Richard Allaway, CC BY 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by/2.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bloody_Mary_with_cold_drink_in_restaurant.jpg

彼女はある日の夜中、従業員用の仮眠室があるホテルの十六階で体験した不思議な出来事について話します。会話の途中から抜粋してみましょう。

彼女「・・・・・・今までの感じはわかってもらえたかしら?」
僕「十六階でエレベーターを下りた。真っ暗だった。匂いが違う。静かすぎる。何かおかしい」
彼女「廊下を手探りで進んだの。・・・・・・そしてその先の方に、ぼんやりと光が見えたの。・・・・・・その蝋燭の光はほんの少し開いたドアからこぼれていたわ。・・・・・・うちのホテルにはそんなドアないはずなのよ・・・・・・」

彼女がドアをノックすると
「さら・・・・・・さら・・・・・・さら・・・・・・」
という足音が近づいてきます。
彼女は
「人間の足音じゃない」
と直感しそこから走って逃げたとのことでした。

プロフィールを語る「僕」

彼女はホテルでの恐怖体験を語った後、「僕」についても質問をしました。
「面白くない話だよ」
と前置きし
「三十四で、離婚経験があって、文章を書く半端仕事をして生計を立てている。スバルの中古に乗っている。中古だけれど、カー・ステレオとエアコンがついている」
と答えます。

「僕」のスバルについては「ダンス・ダンス・ダンス」の別の箇所に「知り合いからスバル・レオーネを安く譲ってもらった。ひとつ前のモデルだったが、それほどの距離は走ってなかった」とあります。

上に引用させていただいたのは1971年から1979年にかけて販売された初代レオーネの写真です。「僕」の車もこちらのタイプだったかもしれません。

また「僕」の車は、ダッシュボードの純正パーツ(写真右側)に加えて、カー・ステレオとエアコンも備えていました。

旅行などの情報

バンドTシャツ

今回は旅行情報の替わりに「ダンス・ダンス・ダンス」で「ユキ」が着用していた「バンドTシャツ」の情報を紹介していきましょう。ヴィンテージのバンドTは高値で取引されていますが、ファストファッションブランドの「GU」や「しまむら」などでも手軽に購入できる場合があります。

例えば、下に引用させていただいたのは「しまむら」が2022年に企画したローリング・ストーンズのTシャツです。加工により90年代の雰囲気に仕上げられた優れものでした。今年も新企画がありそうなので期待しましょう。

また、「GU」では下に引用させていただいたような「ローリング・ストーンズ」のTシャツを、デザインを変えてリリースしています(下の投稿は2021年)。なお、今年(2024年)はイギリスのロックバンド「Blur」や「New Order」のTシャツの販売が予定されているので、お近くの店舗で実物をチェックしてみてはいかがでしょうか。

基本情報

関連URL1:https://www.gu-global.com/jp/ja/(GU)
関連URL2:https://www.shimamura.gr.jp/shimamura/(しまむら)