井上靖著「しろばんば」の風景(その5)

沼津の親戚訪問

6月になると洪作は、おぬい婆さんと一緒に沼津へ2泊の旅行に向かいます。目的の一つは「かみき」なる屋号の親戚の家を訪ねることでした。実際に井上靖氏の親戚の家があったところで、その当時は立派な魚店を営んでいました。

すぐそばには今でも交通の要所としてにぎわう御成橋(おなりばし)があり、沼津でも有数の繁華街でした。下に引用させていただいた写真の右側が洪作のころの初代の橋です。湯ヶ島とは別世界のような都会の喧騒に、やや気後れする洪作の姿をイメージしてみましょう。

きらびやかな姉妹

「かみき」は祖母の関連の親戚で、蘭子とれい子なる同年代の姉妹がいました。その当時はやや傾いていたとはいえ裕福な育ちで、2人のわがまま一杯な態度に洪作は驚かされます。

彼女たちに「千本浜」に連れて行ってもらう場面がありますが、洪作がはじめて見る海に感動する場面は印象的で、始めて海をみた日のことを思いだすかもしれません。今では千本浜公園として整備されていて、富士山が綺麗に見える絶景スポットになっています。

初めての買い食い

洪作は海に行った帰り、れい子とともに駄菓子店に入り、生まれて初めてともいえる買い食いをします。そこで、「ところてん」や「みかん水」などのめったに口にしないおやつをおごってもらいました。

「みかん水」は現在ではあまり馴染みがありませんが、昭和の時代には駄菓子屋で普通に置いていた飲み物で、今でも銭湯などでは飲むことができます。さっぱりとした甘さなので、風呂上がりにもぴったりですよ。

都会からの転校生

長編の「しろばんば」もこのあたりから後編に入ります。夏休みも終わりに近いある日、上の家の向かい側にある「帝室林野局 (ていしつりんやきょく)天城出張所」に新しい所長が着任します。「帝室林野局」とは皇室財産であった御料林の管理経営を行うところで、その姉弟が洪作の家に挨拶にやってきます。

二人とも色が白く都会的な雰囲気で、沼津で味わったと同様の引け目を感じることになります。当時の建物は残っていませんが、下には同時期の他エリアにあった出張所を引用させていただきました。姉弟が住んでいたのはこのような建物だったかもしれません。洪作はこの後、姉のアキ子にほのかな慕情をいだくようになります。詳細なストーリーは小説にてお楽しみください。

おぬい婆さんとの最後の旅

天城峠

台風が去り秋がやってくると、下田の実家を訪ねるおぬい婆さんのお供で、洪作も一緒に出かけることになりました。豊橋行きと同じく再び馬車に乗り込み、がたがたと揺られながら山を登っていきます。当時の馬車は天城トンネル付近で休憩を入れました。

ちなみに、「天城山隧道(天城トンネル)」は洪作たちの時代は単に「ずいどう」という名前で呼ばれ、今でも観光用に開放されています。中は夏でもひんやりとしていて、大人でも1人で通るのは怖い雰囲気です。

下田に到着

おぬい婆さんは下田から馬車で数時間の故郷に行きます。故郷にある神社から港を見下ろしながら洪作とともにミカンを食べる場面が印象的です。

下に引用させていただいた写真は、下田漁港の風景なので洪作の見た風景とは違いますが、このように「玩具(おもちゃ)のような船」が見えたとの記述があります。のどかな風景を見ていると、おぬい婆さん同様眠くなってしまいそうです。

下田から帰った洪作には次々と魅力的なキャラクターとの出会いが待っています。次回もお楽しみに!

旅行の情報

千本浜公園

洪作が初めて海をみた場所です。千本松原の散策ルートも整備されていて、周辺には地元の有名詩人・若山牧水の記念館もあります。

[住所]静岡県沼津市本字千本1910-1
[電話番号]055-934-4795(沼津市緑地公園課)
[アクセス] JR沼津駅から東海バスに乗り換え、千本浜公園で下車
[参考サイト]
https://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/sumai/park/kouen/kobetu/senbonhama.htm

天城山隧道

おぬい婆さんと下田に向かう時に途中で一休みした「ずいどう」。川端康成の小説「伊豆の踊子」にも登場するトンネルで周辺には「伊豆の踊子文学碑」などもあります。1905年(明治38年)オープン当時の姿をそのままに伝える貴重なトンネルです。

[住所]静岡県伊豆市湯ヶ島
[電話番号] 0558-85-1056(伊豆市観光協会天城支部)
[アクセス]東名沼津ICから国道136、414号線などを経由
[参考サイト]http://kanko.city.izu.shizuoka.jp/form1.html?pid=2465