宮本輝著「長流の畔」の風景(その3)

夫婦仲を改善しようとするも……

熊吾は房江や伸仁に謝罪し、再び一緒に暮らしたいと考えます。何度もシンエー・モータープールに足を運びますが、房江に拒絶されたり間が悪かったりで状況はいっこうに改善しません。そんななか、追い詰められた房江はある行動に・・・・・・。「長流の畔」で語られる昭和38年末から年始にかけての世情も見ながらストーリーを追っていきます。

ケネディ大統領の事件

「あれから四、五回、足掛け六年暮らしてきた自分たち一家の住まいに行ったが、伸仁は父を拒否していることを全身で示すかのように体中をこわばらせていて、決して目のあわそうとしない」とあります。11月の土曜日の朝、(車の誘導などをしているはずの)伸仁と2人だけで話をするため、シンエー・モータープールに出かけます。

ところが伸仁は居宅としている2階で房江とともにテレビを見ている様子。行ってみると「ケネディ大統領が暗殺されてん」といいます。下に引用させていただいたのは当日のケネディ大統領のダラスでのパレードの様子です。ここではニュースに釘付けになる伸仁の姿と、2人で話ができなかったことを腹立たしく思う熊吾の姿をイメージしてみます。

年末は一緒に過ごそうとするが……

「今夜(12月30日)から正月の三が日は、妻と息子の住むシンエー・モータープールの二階で過ごそうと思った」熊吾は馴染みの寿司屋で握ってもらった寿司を手土産にします。「ほとんどの局はことしを回顧する番組を放送していて、そのどれもがケネディ暗殺の特集だった」とあります。

房江たちに謝りを入れて元の生活に戻りたい熊吾でしたが、房江のかたくなな態度に怒りを抑えきれず「わしはもうほんまに戻ってこんぞ。それでええんじゃな」といって立ち去ることに。テレビでは「事件の当日に観た狙撃の瞬間の映像はなぜかまったく映らず、大統領のパレードが通過したコースと、犯人のオズワルドという青年が待ち構えていたビルの見取り図……」などが流れています。下に引用させていただいたビルを含む現場の映像も放映されていたと思われます。

伸仁の深夜ラジオ

房江にきつい言葉をいってしまった熊吾は、謝るために再度シンエー・モータープールに向かいます。夜の十一時半で「伸仁もお蒲団のなかでラジオを聴いている時間だ。ディスクジョッキーとかいう若者に人気の番組だ」とあります。

ちなみに、当時はオールナイトニッポンの前身でもある「オールナイト・ジョッキー」なる深夜ラジオが流行っていました。下に引用させていただいたのはオールナイトニッポンの初回も担当された糸居五郎氏の貴重な音声です。

ここでは泥酔した房江が外に倒れていると報告を受けた伸仁が、ラジオも止めずに慌てて飛び出していくシーンを想像してみましょう。現場を見た熊吾は責任を感じ、博美の部屋に戻りました。

昭和38年の年末の風景

熊吾が博美の部屋に戻ったため、房江と伸仁は2人で大晦日・正月を迎えることになります。下には昭和38年のNHK紅白歌合戦の貴重なオープニング映像を引用させていただきました。ちなみにこの年の紅白では「男はつらいよ」で大ヒットすることになる渥美清さんが聖火ランナーを演じるなど見どころが多く、80%以上の歴代最高視聴率を記録したとのことです。

「長流の畔」には大晦日の夜のシーンはありませんが、このような映像を見ながら房江と伸仁が2人で静かに過ごす光景をイメージしてみましょう。

房江には暗い衝動が

熊吾が社長として名前を貸していた「松坂板金塗装」は倒産し、手形の取り立て屋がひんぱんにやってくるようになります。そして、伸仁は部屋にいることを悟られないように押し入れの中で勉強をする日々が続きます。不倫が発覚した日から「驚き、嫉妬、悲しみ、あきらめ」と変遷し「いまは、あきらめのなかにいる」房江。「自分の中に暗い衝動がうごめきだしたのを感じた」とあります。

ある想いを抱いて城崎温泉へ向かった房江は電車から円山川の景色が見えてくれると「母に手を引かれて川べりで遊んでいる幼い自分を思い描いた。母の顔は知らない、写真ものこっていない。せめて母の顔だけは知っていたかったな」と思うシーンが印象的です。

下に引用させていただいたのは円山川にいる野生のコウノトリたちの姿です。ある事件(詳細は小説にて)のあと、元気を取り戻しつつある房江が「脚の長い水鳥の餌の捕り方は、腹をすかせた鄙のために脇目もふらずに働く親のけなげな闘い」ととらえ、強く生きていこうと決心する姿をイメージしてみます。

どん底の精神状態から復帰した房江は自立するために就職活動を始めます。また、落ち目の熊吾に追い打ちをかけるようにある事故も!「長流の畔」の風景は次回が最終回となる予定です。小説を想像できる風景を追っていきますのでぜひご一読ください。

旅行の情報

兵庫県立コウノトリの郷公園

房江が円山川を眺める場面ではコウノトリに登場してもらいましたが、昭和38年当時、コウノトリは絶滅の危機に瀕していました。その後、昭和46年に豊岡市内で観測されたのが日本での最後の野生個体となります。

現在では、人工飼育や野外解放により城崎温泉の円山川でも数多くのコウノトリの姿を見かけるようになっています。特に「コウノトリの郷公園」は日本におけるコウノトリの繁殖の中心的な施設で100羽以上を飼育。園内には観察施設もあり、下に引用させていただいたようなかわいいヒナの姿が観察できるのも魅力です。


住所:兵庫県豊岡市祥雲寺128
アクセス:城崎温泉から車で約20分
参考サイト:https://satokouen.jp/

NHK放送博物館

「長流の畔」では昭和38年前後のテレビやラジオの話題が出てきますが、放送の歴史にご興味がある方はNHK放送博物館に行ってみてはいかがでしょうか。下に引用させていただいた紅白の優勝旗などの展示が見られるほか、ニュースキャスターになった気分になれるスタジオや、NHKの過去番組約1万本が視聴できるライブラリーなどもあります。

無料で利用できるのもうれしいポイントです。NHK関連のレアグッズのショップもあるので覗いてみてください。

住所:東京都港区愛宕2-1-1
アクセス:日比谷線・神谷町駅から徒歩約8分
参考サイト:https://www.nhk.or.jp/museum/